『君を忘れた日がない』
赤×水《All赤side》
高校2年の春。
教室の窓から見える桜の花弁が、まるでスローモーションみたいに落ちていく。
何もかもが、ずっと続くように思えた。
隣の席で笑う水。
幼馴染で、昔から良く知っている筈なのに。
気が付けば、”触れる度”、”視線を向ける度”に、
俺の心臓は騒がしくなる。
水「赤ちゃ ~ ん…、ここの数式、何だっけ…?」
赤「また忘れたの ~ ?笑」
水「……てへッ、」
赤「もぉ ~ ……、笑……ほら、こ ~ やれば簡単でしょ?」
水「んわッ、ほんとに助かった…‼︎やっぱ赤ちゃん凄いねっ‼︎✨」
何て、目を輝かせながら俺の腕をぽんっと叩く。
赤「……ッ、」
その何気ないスキンシップでさえも、
俺からしてみれば全部特別。
好きだって気持ち、言葉にしたことはないけれど、
水にバレそうになるくらい、俺は好きって感情を抑える事が出来なかった。
___でも、あの夏の日。
水「ねッ、赤ちゃん……僕、好きな人出来たかもッ、…」
赤「………はッ……、」
あっさり告げられたその言葉に、俺は頭の理解が追い付かない。
苦しくて、笑えなくて、正直過去1辛くて。
それでも『そっか』って返すしかなかった。
水「でね、その人の事で相談したくて……赤ちゃん、恋愛詳しいじゃん……?」
赤「……詳しくなんて、ないけど」
水「ん ~ ん、赤ちゃんっていつも僕の事分かってくれるから…、頼りになるって言うか……」
頼られる事が、こんなにも苦しいなんて思わなかった。
水の笑顔を守りたい。
そんなん当たり前だけど、その笑顔は俺に向けられるものじゃなくて。
“別の誰かの為”って思う度、酷く辛い感情が心の中に入り乱れる。
だけど好きだった。
堪らなく愛おしかった。
俺の想いはずっと届かない。
どれだけ手を伸ばしても、声を掛けても、
君の目線の先にいるのは、絶対俺じゃなかったんだ。
辛い。
苦しい。
もう辞めてしまいたい。
幾らそう思っても、簡単に人を嫌いにはなれないようで。
唯、ほんのちょっとで良い。
少しで良いから、君が俺の方を向いてくれますように…。
_水に好きな人の相談をされた日から、何日が経っただろうか。
何回泣いたかすらも覚えていない。
あれから少しずつアピールするようになった俺。
いつもより近くで話した。
『疲れてる?』なんて声をかけたりした。
ちょっと差し入れをしたり、
『水の好きな物、いっぱい知ってるよ』なんて、さりげなく伝えてみたり。
それでも。
水は全く気が付く気配がない。
まるで俺の恋心にだけフィルターをかけたように、
無防備に笑って、
俺の心に何度も踏み込んできた。
──そして、ある日。
水「……赤ちゃん、僕…今度告白するって決めたんだ、…」
目の前が一瞬、真っ白になった。
赤「そっかッ……そうなんだ」
水「うんッ。…緊張するけど、赤ちゃんには1番に言いたかったの」
赤「……俺じゃ、だめ?」
口が勝手に動いた。
ずっと抑えてきた気持ちが、まるで堤防を越えて溢れたみたいに。
水が驚いた顔をしてる。
そして、少しだけ悲しそうに笑った。
水「ごめん……赤ちゃんの事、大切な親友って思ってたから…気付けなかった……っ」
なんで水が謝るんだよ。
本当は、俺が謝るべきなのに。
__これが俺の恋物語に幕を閉じた出来事だった。
……そんな筈もなく。
いつも何処かで水の姿を探して、
やっぱり好きなんだなぁ……って自分で再認識して、
でも一緒に居たら苦しくて。
その繰り返し。
卒業式でさえ水の背中を目で追ってたけど、
結局何も言えずに終わった。
それでも。
俺達は大学に入った後も連絡を取り合えていた。
他愛もない話ばかりだったけど、
水の声が俺の生き甲斐だったんだ。
水は結局、高校の好きだった相手には告白出来なかったらしい。
今も恋人が居ないんだとかなんとか。
……なら、まだ可能性あるのか?
そんな淡い期待を抱きながらも、過ぎていく日々。
そして──大学2年の夏。
水「中学の同窓会やるって‼︎赤ちゃん行く ~ ?」
水から届いたメッセージに、心臓が跳ねる。
あの日伝えたままで終わった想い。
如何しても、まだ終われなかった。
久しぶりのネクタイの締め方に手間取って、
何とか形になった頃には家を出る時間を5分ほど過ぎていた。
赤「……ま、いっか」
軽く前髪を整え、玄関を出る。
水に会えるって知ったあの日から、心が晴れやかで仕方がない。
“会ってどうしたい”ってわけでもなく、
唯、またあの元気の姿を見たかっただけ。
駅前の居酒屋に着いた時には、もう半分以上集まっていた。
それぞれの変化に驚きながら、昔話に花が咲く。
そして、ふと。
水「……ぁっ、赤ちゃん‼︎こっちこっち‼︎」
その声で振り向くと、入口に立っていたのは、
あの頃と何も変わらない笑顔だった。
いや、多分。
少しだけ大人になったかな。
だけど、俺の知ってる水のままでなんか安心した。
赤「久しぶり、元気だった?」
水「うんッ!」
水「なんか赤ちゃん、変わってないねッ…笑」
赤「……いじってる???」
水「い ~ や?いじってないよぉ ~ っ?笑」
赤「いやそれいじってるやつじゃんッ…‼︎」
たったそれだけの会話。
それだけなのに、胸がぎゅっと締め付けられる。
……やっぱり、まだ好きなんだな、俺。
賑やかな同窓会も終盤、何気なく視線を向けると、
水が1人でコートを羽織っているのが見えた。
赤「水、もう帰る?」
水「うん、ちょっと早めに」
赤「俺も丁度帰るんだけど……駅まで、一緒に行かない?」
水は少し驚いたように俺を見たけれど、
またすぐにあの可愛い笑顔。
水「…‼︎うんっ‼︎」
あの時の道を、また一緒に歩いている。
こんな風に、普通に並んで歩いて、
もう一度水と笑い合える日が来るなんて、
昔の俺じゃ想像も出来なかったと思う。
高校生の頃__……
水は、ずっと”あの人”の事を見てた。
純粋で真っ直ぐな目で。
俺じゃなく、別の誰かに恋をしていた。
そして、俺はただ横で、それを知っているだけの存在に過ぎない。
そんな日々を、ずっと…変えられないまま、卒業を迎えた。
水「……やっぱ懐かしいね、この道‼︎笑」
赤「ほんとそれ‼︎帰りにコンビニ寄ってさ、2人でアイス買って……、」
水「赤ちゃんは必ずチョコミント選んでた!」
赤「水はバニラばっか食べてたよねっ…笑」
笑い合う会話の中、突然、水の足が止まった。
俺も止まり横を見ると、水は少しだけ俯いている。
赤「……どしたの、?」
水「………あのさ」
赤「ん ~ ッ……?」
数秒、沈黙が落ちた。
冷たい風が2人の間をそっと撫でる。
水「……今も、僕の事……すき、でいてくれてる……?」
――息が詰まった。
耳鳴りのように、会場の余韻が遠くで反響している。
それなのに、ここだけ時が止まったみたいだった。
赤「……そんなのッ…、」
少しだけ目を伏せて、俺は小さく笑った。
この想いを何年抱えてきたかなんて、水には知られたくなった。
赤「……忘れられるわけ、ないよ…」
水「……っ、」
赤「…水があの人の事を好きだなんて分かってた。何で俺じゃないんだろって…ッ、」
赤「……大好きだった、ずっと……ずっと水しか見てなかった」
水「……僕ッ…告白もしてないくせに、ずっと”諦めきれてない”って気持ち残しててッ、…」
水「赤ちゃんの気持ち、ちゃんと見ようとしなかった……」
赤「いいよ、そんなの」
俺は水の肩に手を置いた。
それだけで、少し震えていたのが分かる。
赤「……やっと、好きな人の事忘れられたんでしょ…、?」
水「うん……っ」
あくまで水の場合だけど、”好きな人を忘れられた”って、
簡単に言って”好きな人を諦めた”に近い。
水自身、相当辛いと思う。
忘れるのにも時間かかったんだろうなって。
でもその状況、俺は少しラッキーだなって思っちゃう部分もある。
こんな俺、自分から見ても最低としか言えない。
赤「……水が俺の事、少しでも”好きかもしれない”って思ってくれるならッ、…」
赤「それだけで……、ずっと待ってた意味がある」
水「赤、ちゃッ……」
赤「…高校の頃、何度”好き”って喉まで出かけたかもう分かんないよッ……笑」
赤「でも今は……、好きって言っていい…?」
水がそっと俺を見た。
俺はその目を真っ直ぐ見返す。
赤「好きだよ。今も、これからも、水が笑ってる限り、ずっと大好きだよ……」
言葉が終わる頃には、水の目から、ぽろっと涙が落ちた。
水「……ばかっ、」
赤「…これからはさ、ずっと隣に居ていい、?」
水「……うんッ、ちゃんと隣に居て…?」
夜空は変わらずに広くて、冷たい風が頬を撫でるのに。
こんなにあったかいのは、多分、水が隣にいるからだ。
__俺は、また水に恋をする。