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#近未来
鳳蓮荘
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スユキ
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あとがき
その1.長編小説:完璧ヒルズ:後編について
このストーリーは前編小説の「完璧ヒルズ:前編」の悪役を主人公にして時系列を前作と同じにしたものです。
これが完璧ヒルズ:後編です。
なぜそのようなストーリーにしたのかと言うと、主人公と悪役は表裏一体だからです。
私作者自身はただのかっこいい主人公だけを描写するのではなく、前作の悪役を続編で主人公にすることによって、読者の方々にいろいろな解釈を持っていただくことができると思ったからです。
私自身は「ただの主人公が正義のヒーローを気取って勧善懲悪的なストーリーにせず、登場人物の生き方や中身を丁寧に描けるようなストーリーにしたい。」このスタンスで小説を書きたい思いがあるだけなのです。
手の細かい動きや五感を意識した文章等です。
私は絵を描くのを苦手としており、漫画家志望ではございません。ですが、内面や背景を深掘りすることで勧善懲悪な物語にしたくない思いがあるからです。
その2.今作の悪役、完璧完全神の回想シーン
に出てきた旧優生保護法(※現在は母体保護法)と 強制不妊手術(※現在は廃止されており、禁止されている)について
私作者自身はただ歴史や文化にこだわっている訳ではなく当時日本の福祉における私作者が生まれる前の闇制度にどのように向き合うか考えました。
ただのその特定の法律用語だけを目に通すのではなく、自分がもしその時代に実際に生まれ、その制度に苦しめられて生きづらかったらどのような生きづらい気持ちを抱えていたのか考えました。
当事者でない私がどのように投影していくか非常に難しい決断でもありましたが、自分の内面と照らし合わせようと試みました。
つまり、過去の歴史の勉強とは自分の背景や気持ちと深く向き合うための材料でもあることです。そうすることで**『本質』**とは何かを理解できるのではないかと思いました。
ですから読者を不快にさせたいわけではなく、この社会の歪みと人間の業の本質を一緒に見つめてほしい思いで書きました。
その3.作者の分身について
今作に出てきたバーナム・いおりと言う男性キャラクターは、実は私男性作者の分身なのです。
その4.正義とは
私は善悪を白黒はっきりつけるような勧善懲悪が好きではありません。
なぜなら**『正義の反対は悪ではなく別の正義』**だという自覚を持たないと、多角的な視点を持つことができないと考えているからです。
正義の本質とは自分の信念にあるのではないかと考えています。
ですが、一歩間違えると自分が正義だと思っていたとしても、相手からすれば悪だとみなされてしまうという負の側面があるからです。
なので、正義について研究するために過去の歴史を勉強するだけでなく、他の作品でも主人公と悪役の正義とは表裏一体だと考えました。
それこそ正義の反対は別の正義ではないのかと言及しています。
読者の皆様にお伝えいたします。
この小説を通して、歴史を学ぶことは自分の内面、背景とどのように向き合って人に寄り添っていくか一緒に考えてみませんか?
正解なんてありません。人それぞれ育った環境や価値観は全く異なる十人十色ですから。
無意識の偏見(バイアス)とは
私たちは人間社会で生きている中で、自分が気づかず、物の見方や捉え方が偏ってしまうことがあるのではないでしょうか。つまり誰しもがこの無意識の偏見に囚われていると言えます。
これは性別、属性、外見に対する思い込みが有力だと思っており、例えば『ハーフ顔の人はハーフの人たちみたいにみんな明るい性格』等です。
それを持つこと自体誰しもが、私たちが持っているバイアスですが、それが時に知らず知らずに他人を傷つけてしまうことがあると言うことです。
難しいですが、対処法としては一度自分を客観視してみること、自分の意見に偏りがないかどうか、立ち止まって疑ってみることが大事だと考えています。なぜこの話をしたのかと言うと、社会が歪んでしまう一つの原因としてはこの無意識な偏見も関わっていると考察したからです。
私男性作者自身、男らしさや女らしさにとても生きづらい思いをしたことがあります。
確かに生物学的性別は男性はXY、女性はXXという染色体は遺伝的根拠に基づいていますのでそれを否定したり変えたりすることは決してできませんが、
自分らしさやアイデンティティを持って、自由の裏には責任があることを自覚して今を生きませんか?
それから前藤欐矢華は自分の背丈より少し大きい完璧粉砕刀を持ち、クナイや撒菱を操れるのは女のロマンを体現するために考えた試みでもあります。
なぜ私男性作者が小説を書くのか。何のために小説を書くのか。 これについてお話しいたします。 それは私作者自身の複雑な内面を投影したいのもありますし、自分のこの醜い内面を投影することによって、本質的なドス黒い残酷でグロテスクな歴史とは何かを考えるためです。
前編と後編を一つの作品としてご覧になり、いかがでしたか?主人公と悪役の視点が別のカメラを変えれば違った視点になるのではないでしょうか?前編はバッドエンドだったかもしれません…ですが、後編はどんな展開だったのかはみなさんの解釈にお任せいたします。
私はただのハッピーエンドにしたくはない思いで書いたつもりです。
これで以上になります。
ご清聴ありがとうございました。
コメント
9件
黒屋ムラサキさん、第28話「あとがき」、じっくり読ませていただきました。 「正義の反対は悪ではなく別の正義」――このフレーズ、すごく響きました。前編と後編で主人公と悪役を入れ替える構成、まさにその“カメラを変えれば見える景色が違う”を体現しているんですね。無意識の偏見の話も、自分を客観視するきっかけをくれる大切な視点だと思います。 作者さんの内面と向き合う誠実さが伝わってくる、とても考えさせられるあとがきでした。作品のテーマに真摯に向き合う姿勢、素敵です。続きも楽しみにしていますね。