何も、我々は幸せなど求めない。
この血塗られた手に触れられ、幸せになる者などいない。もはやすべてが手遅れなのだ。
毎日毎日、頭がおかしくなりそうだ。
頭の真上を掠る銃弾。爆弾の強烈な爆音。恐怖、飢え、憎しみ、悲しみ、諦め…隣には、仲間の死体がまるで石ころのように転がっている。嗚呼、神よ。我々はなんのために生き、何のために死ぬのか。神が応えられぬのなら、一体誰が解るのだというのか。我々は、一体…
どうするべきなのだ。
「おい…おい、起きろ」
頭に強い衝撃が与えられ、無理やり目が覚める。まだ覚醒しきっていない頭を整理しようと周りを見渡すと、友人の顔が目に入った。
「お前、よく眠れるな、こんな中で…」
どこかで大きな爆発音が鳴る。友人の体が大きく跳ね、アサルトライフルを抱きしめて体を縮こませた。
「…眠っている間に死ねたら、幸運だろ」
俺は友人の言葉に返答したつもりだが、友人から帰ってくる言葉はない。ただ、誰かの名前をぶつぶつと呟き続けている。こいつはもうダメだ。自分も早く準備をしよう。
窓からそっと外を見渡すが、特に光景は変わっていない。ただ、少し遠くの山が崩れたぐらいだろうか?あそこは、少し前まで美しい川で有名だった。家族とも行ったことがある、確か…
「なんでそんなに強くあれるんだ」
思い出に浸っていたら友人に記憶を遮られ、舌打ちをしそうになるが必死に堪える。
「何がだよ」
「全てだよ。…お前は、何も怖がっていないだろうに」
友人は、自分を何か変なものでも見る目で見つめる。こいつは、時々変なことを言い出す。前も、空が赤いだとか、鐘の音が聞こえただとか一人でぶつぶつ言っていた。そんな奴の言葉を真に受けるはずもなく、目を逸そらした。
「全てに恐がる暇がない」
そう、そんな暇などないのだ。家族が死に、仲間も失い、恋人と離れ、自分は戦場のど真ん中にいる。こんな最中、何に恐がればいいのだ。
「俺は、お前が怖い」
友人の声が震える。目線を向けると、ピクリと身体を振るわせる。
「お前は何を考えているんだ」
嗚呼、心底くだらない。なぜ自分がこんな弱虫の為に時間を費やさなければならないのだ。
「…お前と生き残ることだよ」
立ち上がり、柱に埋め込まれた大きなレバーに向かって歩く。割れたガラスや散らばった紙、紙に染み込んだ血、様々な音が奏でるメロディが部屋に響く。
「じゃあ、なんだ。お前は恐怖以外に感じることがないのか?」
友人に問いかけると、友人は静かに答えた。
「いや…あるさ。これで、幸せになれる」
先ほどまでの彼はどこに行ったのやら、恍惚とした笑みを浮かべて地面を見つめている。まぁ、元気が戻ったのなら何よりだ。
友人に背を向けボタンを押すと、ビーと甲高い音が響き渡る。これは、下にいる他の友人たちへの質問の合図だ。「生きているか」ただそれだけの質問。それだけのために、数ヶ月を費やしてこのボタンを作った。我ながら、女々しいと思
バン
前まで、戦場でよく聞いていた音が部屋に響き渡る。続いて、何かの水滴が飛び散る音。カタン、と銃が地面に倒れる音。ドサリ、何か大きなものが地面に倒れ込む音。
「…それがお前の幸せか」
振り向き友人の顔を見ると、幸せそうに頭から血を流していた。
コメント
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友人の名が出てこないのが、物語として洗練されてる感じがしてすこ