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第一章┊︎恋は盲目
一年五組、一番後ろの窓際の席に、彼はいる。
私の生きる価値、それが彼だ。
彼は私の後輩で、名前は楪穂高。楪の誕生日は六月二十二日。血液型はO型。身長は百五十三センチで、体重は四十六キログラム。出席番号は二十七番。楪の大体の情報は、もう既に調べ済みだ。ただ、最近―今年の初夏頃から推しになったため、まだまだ知らないことだらけだ。
今は二時限目、数学の授業中だが、楪のことばかり考えてしまう。今日はまだ楪に会えていない。というのも、家が近かったら楪が登校する時間を見計らって後をついて行くことも出来るのだが、家が正反対のところにあり、だいぶ距離もあるため断念せざるを得なかった。
「多項式の加法・減法は―」
数学は一番苦手な教科だ。だから、いつも現実逃避する。おかげで話にならないテストの点を取っている。私に比べて楪は頭がいい。それも、他クラスに広まるほどに―
「じゃあ、問二の問題を―椿」
「えっ」
「解けるか?」
授業をしっかり聞いておらず、問二がどんな問題かすらもわからない。そんな時、隣の席の橘蒼が小声で声をかけてくれる。
「そこの答え、½xだよ」
「えっと、½xです」
「その通り!」
先生が笑顔で問二の解説をしている。
黒板に字を書いている先生を横目に、私は橘の肩をぽんぽんと叩く。
「ん?どうした?」
「さっきは答えを教えてくれてありがとう」
「あー!そんなの全然いいよ、でも、しっかり授業は聞いておけよ!」
橘が茶化すように言った。
そして、私たちは授業にもどる。もどると言っても、私は別に授業には元から参加してないんだけど。
私はチラッと橘の横顔を盗み見る。小学校が同じだった橘蒼。鼻が高くて、髪もサラサラ。それに加えて頭も良くて運動神経もいいなんて完璧だな、なんて考えていたところでチャイムがなった。日直が号令をかけて、授業が終わる。2時限目の後は二十分間の休み時間が待っている。別に特にやることもないので机に突っ伏して寝ようといていた所に、友達の岬千鶴に声をかけられる。
「ねぇねぇ」
「……なに?」
「寝ているところを邪魔しちゃってごめんね、よかったら一緒に一年生の教室行かない?」
「え?何組?」
「それはもちろん―五組だよ!」
一年五組は楪がいる教室。行かない訳にはいかない。
「わかった、今すぐ行こう」
「楪くんのこととなるとすぐに行動に移すよね」
岬千鶴―ちづが呆れるように言う。ちづは小学生から今までずっと仲がいい。そのため、私が楪のことを推していることも知っている。ちづとはなんでも打ち明けることが出来る仲だと思っていて、友達というより親友と言った方が近いかもしれない。
「そうと決まればすいちゃん!早く行くよ!」
「え、う、うん!」
ちづに手首を掴まれ引っ張られながら一年生の校舎へと入っていく。そこで、私はとある疑問をちづに投げかけた。
「ていうかさ、ちづはなんで一年五組に行こうと思ったの?もしかして、ただ楪くんを見るだけ?」
「あ〜、えーと、丁度一年五組に私の部活の後輩がいてね、伝えないといけないことがあったから行かないといけなくなったんだよね」
「だからそのついでとして楪くんを見るために私を連れてきたわけか」
「そういうこと!」
こんなふうに話をしていたら、あっという間に一年五組の教室に着いてしまった。教室を覗いてみると、窓際の一番後ろの席にいるはずの楪がいない。
「楪くんいないみたい」
私がそう言った瞬間―
「せーんぱい!!」
「!!」
楪が私を脅かしてきた。
「え?楪くんいたの!?」
「オレの教室の前にせんぱいがいたから脅かしてやろーと思って」
その言葉で私の顔が一気に赤くなる。
「ん、せんぱい顔赤いけど大丈夫?」
助けを求めようとちづのほうを見ると、もう同じ部活の後輩と話し始めていた。
「別になんでもない!」
思わずムキになってそう答える。
すると、楪は意味ありげな笑みで、
「ふーん?」
と言うのだった。
丁度その時予鈴がなったので、楪とわかれ私とちづは急いで二年生の教室に戻った。
別れ際、楪が私に
「またきてね、せんぱい」
と言ったので、私は興奮状態だった。
ちづからは
「イチャイチャできてよかったね」
と言われてしまって、更に顔が熱くなるのだった。