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祠の奥、土の下から響く湿った音――
ズズ……ズズズ……グチュ、グチュ……
それは、まるで“何かが自力で地中を這い上がってくる”ような気配だった。
「……港、急いで!」
紗理奈は港の腕を掴んで引き上げようとする。
だが、港の目は祠の奥、闇の奥底にある“何か”を見つめていた。
「……パパ……どこ……?」
再び、その声が響く。
声は――樹人のものだった。
確かに、息子の声だった。
「……樹人……?」
港が一歩、祠の奥へ足を踏み出そうとしたそのとき――
“何か”が祠の底から顔を覗かせた。
それは、確かに樹人の姿をしていた。
赤いTシャツ、短い髪、いつも寝癖を気にしていた小さな額。
だが、何かが――違っていた。
顔は笑っていた。
だがその口元は、異様に裂けていた。
歯の列が多すぎる。
奥の奥にまで、歯が続いていた。
まるで“飲み込む”ためだけに存在している口のように。
「……パパ、ボクね、ちゃんとまじない言ったんだよ」
「ホントニナーレ、ってね」
港の背筋に冷たいものが走る。
その“樹人”は、ゆっくりと這い出てきた。
足の関節が逆に曲がり、骨が軋む音が辺りに響く。
「港っ!!」
紗理奈が叫び、港を引き倒すようにして祠の外へ逃げ出す。
後ろから、**“それ”**が追いかけてきた。
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朽ちた家屋をすり抜けながら、二人は必死に駆けた。
背後では、樹人の声を模した異形の叫びが、森中に響き渡る。
「ママもいない! パパもいない! だから、ボクがホントになってあげる!!」
港の心が裂けそうだった。
それは、確かに“息子の声”だったから。
けれど――あれは、息子ではない。
やがて、二人は村の端にある崩れた校舎跡へと逃げ込んだ。
「……はあ、はあ……ここ、どこ……?」
「旧校舎……昔の分校よ。まだ祠が禁忌になる前、“教育”に使われてた場所……記録で見たことある」
中は荒れていたが、鉄扉はまだ使えた。急いで中に入り、扉を閉め、机や棚で塞ぐ。
しばらく、外の音はなかった。
沈黙の中、港が呟いた。
「……じゃあ、あれは“まじない”で生まれた、偽物の樹人……?」
「……そう。けど、それだけじゃない。あれは――**誰かの望みの“形”**をしてるの」
「誰かの……?」
紗理奈は鞄から先ほどのノートを取り出した。
「あの子は、“見たい形”になって現れる」
「でもそれは、目を閉じて、耳をふさいで、何も見なかった時だけの話。
真実を直視した時――“あの子”の顔がほどけた」
「……つまり、“誰かが見たい姿”を想ってる限り、あれは“家族”になれるんだ」
港は思い出していた。
あの日、冗談半分で教えたまじない。
息子の無垢な目が、自分を信じて問いかけた。
「ねぇパパ、トカゲの尻尾を埋めたら、トカゲが生えてくるの?」
「そうだよ。でも、ある呪文を唱えないとダメなんだ」
――あれは、たった一言の冗談だった。
けれど、それが種になった。
信じる心が、異形を呼ぶ。
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「……ねえ、港。話してなかったことがある」
紗理奈は言った。
「私、南さんと一度だけ、この村のことを話したことがあるの。
南さん、ここに“来たことがある”って言ってた」
港は言葉を失った。
「高校時代……“自分が誰かの代わりかもしれない”って言ってた。
“誰かの顔で生きてるような気がする”って……」
「それって……南も……?」
「わからない。でも、港。もし本当に――南さんも“作られたもの”だったら?
その血を受け継ぐ樹人くんに、同じことが起きる可能性もある」
「――!」
港の脳裏に、これまでの出来事がフラッシュバックする。
・南の異様な死に方
・棺の中の死体が“別人のよう”だったこと
・樹人が母の声を“間違わなかった”こと
「港……覚悟を決めて。
この呪いの根は、あんたの家族の“始まり”にあるかもしれない」
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港はノートの最後のページに書かれた一文に気づいた。
「“似たもの”は、最初の“偽物”の記憶から生まれる。
だから“本物”が何だったか、誰も知らない。
それが一番怖いことだ。」