「今日お兄ちゃんが女の人と歩いているの見たの」その一言でお兄ちゃんの目は大きく揺れ、私を押さえていた手が緩む。お兄ちゃんの肩を押してゆっくり体を起こし私たちは向き合う。
私が何を言うのか戸惑った様子を見せるお兄ちゃん。元々冷静であろうとしていた私はその表情を見てより冷静になれた。
冷静に強く、自分を貫けるそんな気持ちを持った私の中に一匹の狼が生まれる。
それは自身がそうありたいと私が生んだ心象。
このころはまだ、狼でおおかみちゃんではないけど私の原型が産声を上げた瞬間。
「ねえお兄ちゃん。麻琴はね、お兄ちゃんに幸せになって欲しいの。だからね、世間でいう普通のお付き合いをして、普通に結婚してほしいの」
私が話すのをお兄ちゃんは黙ってただ見つめ、なんと言葉を続けるのか不安そうな表情をする。
「それに麻琴ね、やってみたいことができたの。お兄ちゃんに麻琴のこと応援して欲しいなって」
瞬きもせず私を見つめるお兄ちゃんの頬に手を触れ、そのままゆっくりと唇に指を這わせる。今まで見せたことのないお兄ちゃんの瞳には怯えが見え隠れする。
今まで従順に従っていた私が見せたことのない行動をしたことで、動けないお兄ちゃんは狩れる小動物のようで私の中の狼が舌なめずりをする。
この人は弱い。
強く出た者に反抗できない。
そして主人と認めたら犬のような従順さを持っている。
「麻琴はお兄ちゃんの幸せを願ってるよ。お兄ちゃんも、もちろん麻琴の幸せを願ってるよね?」
お兄ちゃんの唇を指で軽く摘まみ微笑む私の問いに、お兄ちゃんはゆっくり頷く。
「お兄ちゃんがお昼に女の人と歩いていたのは、お兄ちゃんが麻琴ではなく女の人を選び、それが普通だと思ってたから。そこに幸せがあると知っていたから」
「い、いやあの人とは付き合ってはっ……」
私は少し強目に唇を握るとお兄ちゃんは黙ってしまう。
「いいから黙って聞いて。お兄ちゃんは実家を継ぎ結婚して幸せな家庭を築くの。それを麻琴に見せるのが、お兄ちゃんがこれからやるべきことで、麻琴を幸せにする方法なの。いい?」
何度も頷くお兄ちゃんを見て私は優しく微笑む。
「もちろん、ぜ~んぶ麻琴のためにね」
唇を引っ張りグッと顔を近付けると、パッと明るく何かを期待した表情になるが、私が意地悪な笑みを浮かべて唇を押すと悲しそうな顔になる。
「分かった?」
もう一度訪ねるとお兄ちゃんは大きく頷く。
「よくできました」
そう言って頭を撫でるとお兄ちゃんは嬉しそうな顔をする。
このとき、お兄ちゃんの中で麻琴が中心となり、私とお兄ちゃんの捕食する者とされる者の立場は逆転する。
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