ブルッと体を震わせながら外に出た。この時間帯はいくつかの街灯が道を照らすくらいで、朝と呼ぶには少し早い。
白い息を吐きながら道を歩く。人も通らない静かな道。
どうしても色々なことを考えてしまう。
なんでこんな朝早くから仕事に行かないといけないんだよ、とか、もっとダラダラしていたい、とか。
ずっとこんなしょうもない人生なのかな、とか。
そんなくだらないことばっかり。
もうこの道を引き返して家に帰ってしまおうかと思うこともある。まあ、結局そんなことはできずにしぶしぶ会社へ行くわけだが。
ようやく朝日が顔を出し始めた頃、足元に何かがぶつかった。
チラリと確認すると、のり巻きが転がっている。
珍しいこともあるものだと思いながら再び歩みを進めた。
ん、待って。のり巻き?のり巻き!?今、のり巻き落ちてた!?
慌てて来た道を引き返す。
冷静に考えてのり巻きが道端に落ちているはずがない。最近寝不足が続いているからその影響だろう。そう思いつつ目線を足元に向けた。
星のように輝く白米。
朝日が反射したのかと思うほど真っ赤な具。
それらを包み込む海苔はまるで宙。
見間違いなどではなかった。これはのり巻きである。
傷ひとつない一本ののり巻きをジッと見つめる。
なんて不幸なのだろう。人に食べてもらうことも叶わず、何も成し遂げられないまま一生を終えてしまうとは。
たとえどんな高価なものでも、床に落ちたらその価値は大きく下がる。人間も一緒だ。落ちぶれてしまえば存在価値など無くなる。そして、そこから這い上がるのは難しい。
なんて、のり巻きによく分からない同情をしてその場を去ろうとした。
瞬間、1羽の鳩が降り立ちのり巻きをつつき始める。ただひたすら食べ続けている。
その姿を見て、やっと思い出した。
視点が変われば、価値も変わるに決まっている。
人から見ればこののり巻きはただのゴミだ。しかし、鳩からしてみれば最高級の食事かもしれない。つまり、のり巻きの価値は変わらずに存在し続けるのだ。
無理にその場所で価値を生み出す必要はない。
自分に価値が無いと感じるなら、自分の価値が生まれる環境にいけばいい。必ずどこかにあるはずなのだから。
なんだか心が軽い。
今日はいつもよりも仕事が頑張れそうだ。
すっかり明るくなった空を見上げ、大きく一歩を踏み出した。
※のり巻きが落ちていただけです
コメント
31件
ありがとうございます。 ただ、社会人がのりまきと鳩を眺めているだけなのに元気が出ました。
おもしろすぎww 海苔巻きが、、、ただの海苔巻きが、、、普通は物語にのらない海苔巻きが、、、 面白くなってる!!!!!!!! 君天才w