氷麗と出会ってはや1ヶ月。
最初、日本語を教えるのは大変だと思っていたが氷麗は物覚えがかなり良い様で
1度軽く教えた後詰まった所を少し教えたら完璧に覚えてしまう(その記憶力を分けて欲しい…)
そのお陰でか出会った当初のイントネーションはもう余り聞かなくなり少し物寂しい
最近は神社では無くカフェでも少し話す様にもなってちょっとした勉強会をしている
まぁけど実際に勉強よりも大変なのは別にある
「優!今日のアイスは何?」
そう、勉強が終わる度に氷麗がアイスをたかって来るのだ
別にアイスをたかって来るのは良いが全部僕の自腹。
たまには氷麗が買えば良いと思ってしまうが
美味しそうにアイスを食べている様子を見ると何と無く許してしまう。
そんな事を考えつつソーダ味の棒付きアイスをかじった。
「最近少しづつ暖かくなり掛けてるよね、もう少しで春かな」
「春…、桜?」
「うん、あ、氷麗、桜って見た事無い?綺麗だよ薄ピンクの花弁とか、
此処にも桜の木があるから満開になったら綺麗だろうなぁ」
「…桜…見てみたい」
そう言った氷麗の表情は帽子に隠れてよく見えなかったが僕は気にもとめ無かった
「そっか、なら春になったらお花見でもする?」
そう僕が言った時氷麗の食べていたアイスが棒から ぼとり と落ちた
水色の液がスカートに染みて滲んで居る。
早めにシミ取りをした方が良いのではと思い氷麗にハンカチを渡そうとして
氷麗の顔を見上げた時、
僕はギョッとしてしまった。
氷麗が泣いていたのだ。
ただ誰かが泣いていたら驚くのに
大粒の涙を零れ落ちさせている氷麗の目は潤んでも赤くなってもいない
悲しみも、何も感じさせない目だった
本当にただ水が目から出ているだけとしか言えない光景で呆気にとられていると
氷麗が僕の顔に手を伸ばして耳にこう囁いた
「私…今年は今日で最後なの、ごめんね。優
愛してる」
その言葉を最後に雪は止み、氷麗が僕の目の前から消えた
そこには氷麗が居た所に大きな水溜まりが1つと
目を引く氷麗が愛用していたつばの大きい白色の帽子が残っていた
まるでまだ眠っている様なふらついた足取りで家に帰った
家に着いて、母親の声もほぼ聞かずに僕は部屋のドアの鍵をかけ、ベッドに飛び込んだ。
そして、その時初めて涙が頬を伝うのを感じた
今日が最後?
つまりもう会えないって事?
アイスを一緒に食べられないって事?
そんな当たり前の、だけど僕にとって大切な事が無くなった事を思い出し
心にぽっかり穴が空いた気がしてしょうが無い
外見は何処か近寄り難い、だけど心はすっごく暖かくて
少し意地っ張りだけど好物を目の前にすると目がキラキラして笑顔になる
賢くて優しい女の子。それが氷麗だ。
彼女と出会って1ヶ月しかないが、彼女は僕の中ではかけがいの無い大切な子だ
この気持ちが友情か、又はその他の感情かも分からないが
1つ言えるのは僕は氷麗と一緒に食べるアイスが何よりも好きだと言う事だけだ
そんな事を思っていると氷麗の言葉を思い出し、僕はある事に気が付いた
(今年は今日で最後…って事は…来年になったらまた会えるって事か…?)
そう思った瞬間僕は飛び起きた。
幾ら冗談好きでも変な嘘は付かない氷麗だ。
きっとまた会えるはずだ。
するとみるみるうちに体の芯が熱くなるのを感じてベッドから飛び起きた
氷麗にまた会えるまでに…氷麗が見たいと言った桜を準備しなくては
流石に木や枝はダメだから
花弁を集めよう、出来るだけ綺麗で、形が整った物を____
1年
10年
50年
何年も…何十年待っても氷麗は来なかった。
季節が周り、また寒い大寒波の冬が来た
雪が降って一面の銀世界となっている。
結婚もして子供も居るのに幸せな生活を送っているのに、
どうして僕はまだ毎年神社にアイスを2個と、桜の花弁を挟んだ栞と白い帽子を1つ持って立っている
帰ろう、そう思った時
「優」と僕の名前を呼ぶ待ち焦がれた優しい声が聞こえた。
僕が後ろを振り向くと、日傘を持ってあの日と変わらない姿の氷麗が居た。
「つ、氷麗?」
「あらま、おじいちゃんになっちゃってる。あ、帽子持っててくれたの?」
そう言い氷麗は唖然としている僕の手から帽子を受け取り
目元を隠す様に帽子を深く被ると「少しお話しよっか」と言い
近くの…あの日も座っていたベンチを指差した
僕はベンチに座り、アイスをお供に氷麗に質問を交えて談笑をした
あの日と変わらない…そんな他愛も無い話を
僕のアイスが残り一口程になった時氷麗が口を開いた
「優、今幸せ?」
僕は少し躊躇ったものの素直に幸せだと伝えると氷麗は満足そうに笑い
アイスのカップを僕に渡した。
「ご馳走様」
そう言って立ち上がった時、僕は咄嗟に氷麗の手首を掴んでしまった
その時(冷たい…)と思った
氷麗の体温がまるで氷に触れている程…人では無い程だ
「……私ね、ずっと優に悪いと思ってたの。
アイスを毎日ねだって日本語を教えろ〜!って強引に言って、それなのに優は私に優しくしてくれた。」
だからね、本当の最後だから優に私の正体を教えてあげる。と氷麗が笑った
「私、雪なの。厳密に言えば今降ってる…雪の化身って奴かな。今日みたいな寒い日は長くいれけど暖かくなっちゃったら溶けて消えちゃうの。因みに、最初日本語が変だったのは元々は外国に居たからだよ。」
くすりと笑い氷麗は空を見上げた
「この栞、もらうね。綺麗な花弁…ドライフラワー?本物を見てみたい気もするけど、まぁ良いよ」
そう言う氷麗の表情は帽子と髪に隠れている
僕はなんて言ったらいいのか分からず馬鹿みたいな事しか絞り出せない。
「つ、氷麗…、君は…一体…なんなんだよ…」
「何って…雪の化身よ」
「なら、なんで僕に近付いたんだよ…あとアイスも…」
「…優しかったから、かな」
そう言う氷麗はこちらを見ず何処か遠くを眺めて、寂しげな雰囲気を纏っている
「たまたま話し掛けただけってのも理由なんだけど、とにかく…優しかったの。凄く」
何を言っているのか分からず僕が唖然としていると氷麗がこちらを向いた
次の瞬間、あの時と同じ大雪が降り氷麗の帽子が飛んだ。その時に氷麗の表情がよく見えた
(あ…泣いてる)
あの時と違う、水が出ているだけじゃない。泣いている。だけど口元は微笑んでいて…綺麗だ
「…じゃあね、さよなら優」
…嫌だ、嫌だ…また会えなくなる?そんなの…
「さよならじゃなくって、またね…でしょ?
アイス、また準備しとくね」
「…______」
気が付いたら氷麗は消えていた。
そこにはまた水溜まりと帽子が残っていた。
最後に氷麗が何か言っていたが、聞こえなかったな…
まぁ、良い
渡したい物は渡せたのだから
手に持っていた食べかけのアイスはもう溶けきっていてドロドロだ。
(氷麗と一緒に溶けたのかな…)
そんな事を思い、僕はその溶けきったアイスを飲んだ。
甘く濃厚な味が口に広がったのを感じて歩き出した。
来年も再来年もアイスが無いからと文句を言われては大変だ
(いつでも…アイスを食べに来て良いからね…氷麗)
「氷菓と一緒に溶けた君と僕」END
コメント
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まさか雪だったとは…… 予想外過ぎる…… 題名の意味が話と繋がってるとは…… めっちゃ楽しめました!! 有難う御座います!!