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通された個室で、事のあらましを大体説明し終わると、興味があるんだかないんだか、頬杖をついて聞いていた和氣は顔を上げた。
「ふむ。なるほどね」
「ところで―――」
林は大窓から見える河川敷を見下ろしながら言った。
「ここって、喫茶店?ですよね?」
言うと和氣も窓の外を眺めながら答えた。
「もと、ね。俺が買い取って、スタジオに直したの」
「なるほど」
見回すと、この個室のテーブルも椅子もやはり喫茶店のそれだった。
「喫茶店をラジオ局に……」
「そんなにこだわらないから。コミュニティラジオの箱なんて」
「――箱」
「そ。収録ができればそれでいい。ただの箱だよ」
「―――」
自分が一昨日、家について篠崎に好きか聞かれた際出た答えが、和氣の口から出てきたことに、林は少し面食らった。
「プレゼントだってなんだって、大事なのは箱じゃなくて、中身でしょー?」
言いながら和氣は手首にかけてあったヘアゴムで、自分の髪の毛を雑に結んだ。
「でもね、俺。遅かれ早かれ、君は辞めるだろうなって思ってたよ」
「え」
「向いてないもん。絶対」
「――――」
4年間一緒にいた紫雨や、県内ナンバーワンの売り上げを誇る篠崎に言われるのとはわけが違う。
たった一度会って、ほんの少し話しただけの人間になぜそんなことを言われなければならないのか。
林はなんだか腹が立ってきた。
「……それでは、ピンチヒッターの役目は終わったと思うので、僕はこれで―――」
「なんで」
立ち上がろうとした林を先が見つめた。
「なんで向いてないと思ったか。聞かないの?」
「―――」
林は上げかけた腰をまた椅子に沈めた。
「地味だから、ですか?営業にしては」
「んふふ」
和氣は否定も肯定もせず笑う。
「暗そうだから、ですか?」
「うーん」
またどっちつかずの相槌を打つ。
「俺に魅力がないから、ですか?」
「――――」
和氣は立ち上がり、林の隣の椅子に座った。
「住宅営業ってさ。特殊だよね?」
「特殊?」
「そう。他の営業と全然違う。……なんて言えばいいのかなー」
和氣が楽しそうに林を覗き込んでくる。
大柄で筋肉質。
スーツなどとても似合いそうもなく、どっちかっていうとK-1選手のような外見に、林はわずかに身を引いた。
「住宅営業ってさ。役者じゃん」
「役者?」
意外な言葉に思わず首をひねる。
「そ。お客様が主役なんて、建前建前!営業が主役で客は観客だよ」
「―――そんなこと」
(ないと思うけど……)
「だってさ、客はみんな、騙されたがってるんだもん」
「―――騙されたがってる?」
「数年前、エコ住宅補助金ってあったでしょ」
「ああ、ありましたね」
「そん時、取材したのよね。ハウスメーカーの営業とお施主さんを。そこで感じたんだけど」
和氣はまるで馬鹿にするように言った。
「お施主さんってさ、営業のこと褒めるのよ。それはもう、嘘臭いくらい褒めちぎるの。〇〇店長さんだから安心して任せられてぇー、●●課長さんのカリスマ性に負けてぇー、□□さん、やり手だったからぁー」
言わんとしていることがわからず、林はその褐色の顔を見つめた。
「つまり。客じゃなく、ファンなのよね」
「―――ファン?」
「そう。惚れてんの。営業に。べた惚れ」
「――――」
紫雨の客を思い浮かべる。
確かに彼らは紫雨のファンだった。
紫雨の顔を見ると、顔を綻ばせ、彼の腕を叩いたり、その顔を見上げたり、頷いたり、笑ったり。
「そりゃあそうだよね。自分が失敗したと思いたくないもの」
和氣が続ける。
「一生に一度の買い物。自分が成功したと思いたいもん」
「――――」
「だから、ファンになんの。自分の選択を肯定したいがために」
和氣は意地の悪そうな顔で林を見下ろした。
「住宅営業に向いている人間てのは、気持ちよーく客を騙してくれる、主役級の役者だけだよ」
「…………」
言い方はムカつくが。
言葉の選び方もしゃくに障るが。
確かにその通りだ。
展示場は舞台。
俺たちは役者。
これは誰が言った言葉だったろうか。
その主役を張れる人間たちだけが――――。
ファンたちに一生に一度の高価な買い物をさせられる。
「その点、君は」
和氣が林の鼻に人差し指を置いた。
「モブだ」
「――――」
「ラジオの進行を意識して、答えがわかっているのに、新谷君に主役を譲った。自分は声を立てず、気配を消して、存在を絶った」
「地味で、存在感がなくて、いてもいなくても誰も気にしない人」
「――――」
今度こそ立ち上がろうと足に力を入れたが、和氣に鼻を抑えられているため、立つに立てない。
「君に住宅営業は無理だったろうね。一番向いてないといっても過言ではない」
「そうですか、よくわかり――――」
「でも!!」
和氣が叫んだ口からつばが飛び散る。
「ことラジオにおいては、その特性は、長所だ!」
「――――長所?」
「長所も長所!長所どころか逸材だ!」
和氣が林の手を握る。
「存在感を消し、瞬時に主役を見極める。主役が演じやすいように配慮ができる。その上空気を読んで、次の流れがわかる!」
切れ長の脇の目が大きく開かれる。
「さっき、葬儀屋スタッフの言葉の前にボリュームを上げたね!見てたぞぉー!これから“イイコト”を言うってのがわかったからやったんでしょ?無意識に!」
「―――」
興奮した和氣に圧倒される。
そんなこと、しただろうか。
記憶にない。
「やはり俺の目に狂いはなかった。君にはラジオ制作の才能がある!」
「ラジオ……制作……?」
林は暑苦しい手に自分の手を握られながら眉をひそめた。
「林君!俺は君が欲しい。喉から手が出るほどに!!」
欲しい?
俺が?
この地味で読書と勉強くらいしか取り柄のない俺が?
喉から手が出るほどに?
JUMPは急激な変化
林は、きらきらと輝く和氣の瞳を見ながら、紫雨の金色の瞳を思い出していた。