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村の子供「お前いつも本読んでて、俺らの陣地に勝手に入りやがって、鬱陶しいんだよ!」
ヘンゼル「うぅっ!」
ヘンゼルはいつも虐められていた。
ただ本を読んでいるだけで。
その姿が、村の女の子達は素敵だといつも見ていた。
鉛色の髪で、紫色の瞳。
地味のように見えて、美しい少年。
そんな彼に、嫉妬していた者は沢山いたであろう。
無理やりすぎた理由を付け加え、自分を正当化する為に相手のせいにする。
━━━『鬱陶しい』:根拠のない出来事を隠せる便利な言葉。
この僕、ヨハネスは反撃をしない。
反撃をしたら、母さんに怒られる。
父さんのせいにされる。
いつかグレーテルにも手を出すのかもしれない。
これは自分を守る為のものだ…。
村の子供「後遺症が残るほどの顔にしてやるよ!」
飛び出る鼻血。
溢れ出る涙。
こんな大飢饉の最中に、何故体力が減ってしまうことを簡単にできるのだろうか。
「あはは!」
遠くから聞こえるグレーテルの声。
この笑顔を守る為に僕はここにいる。
反撃をしたらより体力を消費する。
本当は僕の方が力がある。
何故って、僕は木こりの子供だからだ。
パン屑でさえも大事にしてしまうこの時代だからこそ、力は大事に、いざとなった時に十分使えるように貯めておかなければ。
これが何を意味をするのかなんて、僕にはサッパリ分からない。
これも全部、母さんの為…?
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
勿論、家も僕が安心できる場所では無い。
傷だらけで帰ると、睨みつけながら腕を組んで待っていた母さんの姿があった。
ウルズラ「ふん、惨めったらしい息子。」
全て貴女の為…。
いや、捨てられない為の、自分を守る防御反応なのかもしれない。
貴女への愛は、とうの昔に塵となっていて、今は生存戦略として「愛されている息子」を演じてるだけ。
グレーテルはまだ帰ってこなかった。
まさか…。
ウルズラ「ヘンゼル、私が貴方の全てを、“癒してあげるわ”。」
母さんは僕の腕を引っ張り、自分の部屋に無理やり入らせた。
萎れたベッドの上に座った母さん。
その母さんの膝の上に僕は座らされる。
また始まるんだ…。
母さんは僕の服の隙間から、冷えきった胸を触る。
気色悪い…。
僕は蝋人形でも、愛すべく恋人でもなんでもない。
グレーテルを守る、ヨハネスだ。
太腿をいやらしい触り方で攻めていく。
ウルズラ「ああ私のヘンゼル……。」
ヘンゼル「……っ」
体が震える。
また何か間違えたら髪を引っ張られるんだ…。
怖がりながら、なすがままにされる僕。
母さんは何度も首を触る。
どうやらそこがお気に入りのようだ。
外では物理的に傷つけられ、中では精神的に支配されるこの日常。
いつも仮面を外せない。
永遠に舞台に立たなければならないショーのようだ。
誰かの為に何かをしなければ悪と言われ、仮面を破壊すればマナー違反だと言われ…。
どうやら神様は僕達の味方じゃないようだ。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
当然、永遠に開かれるショーにも、休憩はある。
“ただ、終わりがないだけ”。
僕の仮面に澱粉糊でも塗られているようだ。
仮面が顔にこびりついて剥がれない。
だけど、それでも心が癒される唯一のものがある。
それは、グレーテルことマルガレーテ。
グレーテル「お兄ちゃん!あのねあのね!今日ね、お兄ちゃんの為に花冠を作ったの!…お兄ちゃん、顔大丈夫?」
ヘンゼル「うん、大丈夫だよ。それより、僕の為にわざわざ作ってくれるなんて、グレーテルは本当に良い子だね。」
グレーテルはぱぁっと目を輝かせた。
僕はそんなグレーテルの頭を優しく撫でる。
同じ鉛色の髪だが、瞳は僕とは違って、緑色。
父さん似のようだ。
似ている顔のはずなのに、僕とはまた違った感性、価値観、運命を持っているようだった。
ただ、こんな幸せの前で、仮面はより外してはいけない。
何故なら、ボロボロになったこのツギハギだらけの僕の顔を、綺麗なお顔のグレーテルに見せたら、一瞬で幸せに罅が入ってしまうのだから。
幸せ以上に隠さなければならない自分の影。
光が強い分、影も濃くなるものだ。
グレーテルのことも、“魔女狩り”から守らなきゃだな。
大事なものほど、脆くすぐに壊れるものだ。
大切なものほど、開いた傷口がすぐには閉じないものだ。
美しいものほど、穢れてしまった代償が大きいものだ。
僕はグレーテルのような美しい瞳を持っていない。
見ている世界も、見方も全く違う。
僕はただの肉塊なのだ。
そんなことを考えているうちに、母さんは、グレーテルの顔をボーッとして見ていた僕を睨んだ。
そして僕とグレーテルの手を引いて、夜ご飯も食わせずに寝室に入れた。
冷たい空気が額に出来た傷を撫でる。
グレーテルはいつの間にかベッドの中にいて、ぐっすりと眠っていた。
ヘンゼル「…グレーテルは良いな。」
眠るグレーテルの手を優しく握った。
温かい。
僕とは違って。
可愛らしいグレーテルは、今頃どんな夢を見ているのかな。
またおかしのくにのおひめさまになったゆめかな?
いやこんどはどうぶつとおはなしができるおひめさまになったゆめかな?
ふふっ、そのゆめのなかにぼくがでてきたりして。
解き忘れた三つ編みの髪を、僕はそっと解いてあげた。
今夜もいつものように、頭を優しく撫でる。
グレーテルはその温かさを受け入れるように、口角を少し上げた。
そんな幸せな空気を吸っていたその時、突然部屋の外から父さんと母さんの争う声が聞こえた。
ゲオルグ「『口減らし』だと…?そんなこと出来るわけないじゃないか!私は毎日あの子達の笑顔を見る為に、重い薪を大雨の中運んでいたんだ!」
ウルズラ「なら、四人とも順番ずつに死ねと?冷静になりなさい。」
ゲオルグ「冷静になれるわけないじゃないか!なんでそんなことを簡単に口にできるんだ!」
ウルズラ「黙りなさい、この薄情者!明日捨てなければ、私の首を今ここで、その汚い手で強く握ることね!」
ゲオルグ「……っ。」
いつの日かはそうなると分かっていた。
だけど、何故か胸が苦しい。
グレーテルの笑顔をもう見れないからか?
父さんに裏切られたからか?
いや…これからの自分の未来への心配だ。
その時、ガシャン!と音が鳴った。
父さんが大事にしてた壺が割れた音だ。
そしてその音を追うように、机がひっくり返された音もした。
母さんの怒鳴り声、父さんの泣き叫ぶ声。
僕は何を信じればいいのだろうか。
大好きな母さんは悪魔みたいになっちゃって、大好きな父さんはそんな母さんに暴力をふるう。
彼らの息子の僕、ヘンゼルは大好きなグレーテルの前では頼もしいお兄ちゃんでいなくちゃならなくって……。
どうしてこうなっちゃったんだろうね、グレーテル。
その時、村の人の声が聞こえ、それと同時に扉が勢いよく開いた音がした。
大勢の人が集まっているようだ。
僕は布団を頭まで被り、その中へ潜り込んだ。
「聞いたか! 今の音を! 悪魔が暴れ出した合図だ!」
よく抱っこをしてくれた村長さんの声。
「おいゲオルグ、そこをどけ! その女を差し出せ! 毎日呪文のような夫婦喧嘩を聞かされ、今日はいよいよ家を壊し始めたか。」
いつも僕らに優しく微笑んでくれた隣人さんの声。
「この村の飢えも、作物が枯れたのも、全部お前が家の中で悪魔を飼っているせいだ!」
グレーテルが誕生日の時に美味しいケーキを作ってくれた近所の奥さん。
そして、次に続く言葉は━━━━━
「ウルズラ、お前は魔女だ!」
皆一斉に言った。
“魔女”。
僕は驚きのあまり寝室から飛び出てしまった。
そこには、膝を着いた母さんの姿と、手から血を流した父さんの姿があった。
ヨハネス「父さん……?母さん……。」
声が震えた。
その声を聞いて、村の人達は胸を突かれたかのように目を見開いた。
ゲオルグ「ヘンゼル……。」
喉仏がせわしなく上下し、ひりついた空気を求めている。
落ち着け僕……!
落ち着くんだヨハネス……!
こんな動きをするとより怪しまれるかもしれない!
体が言うことを聞いてくれない。
目からは瞼が抑えきれなかったであろう涙が溢れ出てきた。
声も出せず、ただ頬を伝う熱い滴が、顎の先から床に吸い込まれていく。
その時、村長さんが重たい口を開いた。
村長「ああ可哀想に…。この女の呪いのせいで狂っているのだな。」
は……?
何を言って━━━━。
その時、村の人達は母さんが逃げないように髪を強く引っ張り、手足を縛って担ぎあげた。
指の自由を奪うように、親指同士もきつく縛り上げられる母さん。
村の人A「魔女を地面に立たせないように気を付けろよ。魔女は、大地に触れていたらそこから魔術の力を得たり、悪魔の助けを借りたりして逃げ出してしまうからな。」
村の人B「あぁ、子供が可哀想だ。でも、毒蛇の子供は、小さくてもやはり毒蛇であるからな。警戒しておこう。」
……っ。
本当の悪魔はお前らだ。
別に母さんを庇いたい訳でも助けたい訳でもない。
だけど、お前達はそのうち“女の子であるグレーテルも魔女だと叫ぶ”だろう。
罪のないグレーテルに手を出すことだけは絶対に許さない。
━━━集団的狂気と教条主義的独断。
社会の閉塞や天災という不可抗力に対し、その責を特定個人へ転嫁すべく、「異端」という虚妄を捏造し、合法的殺戮を正当化した歴史的瑕疵。
秩序の美名に隠れ、無辜の民を炎へと放り投げた、醜悪なる文明の敗北。
━━━━━━これが、魔女狩りの真の顔だ。
……正義とはこのことなのだろうか。
悪魔だって見たこともないくせに。
本当にいたという証拠すらないくせに。
ただの思い込みだよ、こんなの。
色々と考えていたが、母さんの悲鳴によってかき消された。
ウルズラ「私じゃない!神にかけて誓うわ!!私は魔女じゃない!!」
母さんは必死に無実を訴えていた。
しかし、その言葉に応えるように、村の人達は次々と罵声をあげる。
村の人A「悪魔がそう言わせているのだ!」
村の人B「無実なら神が助けてくれるはずだ。」
村の人C「なら隣人の不幸をどう説明するのよ。」
ウルズラ「それでも私じゃないわ!!」
……無駄だよ、母さん。
奴らはもう、答えを決めている。
お前の潔白が証明されることなんて、この「システム」の中には存在しないんだ。
母さんの潔白を証明できる唯一の存在であるはずの神様は、あいにく、この村の『空腹』を黙認することで、お前を火刑台へ送ることに同意してしまったらしい。
薬草に詳しくて、医者がいないこの農村で長いこと支えてきた母さん。
“食べちゃいけない薬草”も教えてくれたんだっけ。
でも今となっては自分自身が“毒草”になっているじゃないか。
僕は、その草を食べる芋虫だったのかな。
連行されてった母さんが見えなくなっていくまで、父さんはジッと見ていた。
血が流れ出る拳を震わせながら。
ヘンゼル「父さんっ…。」
ゲオルグ「…お前はもう寝ていなさい。」
初めて父さんの怖い顔を見た僕は小さく震えた。
そして涙を拭きながら寝室へと戻る。
グレーテルはあの騒ぎがあってもぐっすりと眠っていた。
…僕はやっと母さんから解放されたのかな。
あぁ神様。
どうかグレーテルだけは、幸せな人生を送らせてあげて下さい。
安心して眠れて、みんな喜んでグレーテルを受け入れて、食卓は毎日美味しい物で溢れている。
そんな、美しくて綺麗な御伽の世界にいさせてあげて下さい。
“グレーテル、僕らはあんな大人の人にならないように気を付けていようね”。
そう考えると、僕も静かに瞼を閉じた
静かな雨音に包まれながら…。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
翌朝になると、何故かグレーテルが僕の腕の中にいた。
暖かい…。
グレーテル「お兄ちゃん大好き!」
ヘンゼル「うぅん…グレーテル…?」
グレーテル「あのねあのね!夢の中でね!お兄ちゃんが王子様になってたんだ!」
ヘンゼル「…え、僕が?」
グレーテル「うん!それでね、アタシの薬指に結婚指輪を嵌めてくれたの!」
ヘンゼル「え?てことは、僕達は夢で結婚したってこと?」
グレーテル「うん!だからアタシもお兄ちゃんのこと大好き!」
ヘンゼル「あはは…僕もだよ、プリンセス・グレーテル。」
グレーテル「わーい!」
グレーテルは抱きしめる力をより強くした。
昨日の騒ぎの後とは思えない程微笑ましい会話。
やっぱりグレーテルは僕が守らなきゃだ。
その時、父さんが誰かと話している声がした。
何を話しているかまでは聞き取れなかった。
けれど、そのおかげで昨日のことを思い出した。
父さんはいつだって母さんの言いなりだ。
僕らを捨てる可能性が十分ある。
いや、もうとっくに決めているだろう。
僕はそっとグレーテルの方を向いた。
ヘンゼル「いいかい、グレーテル。“僕が斧を引きずっている間は、鼻歌を歌っておいてくれ”。」
グレーテル「鼻歌?」
ヘンゼル「うん。お前の鼻歌はとても美しいからね、斧の嫌な音を消して欲しいんだ。王子様のお願い、OKしてくれる?」
グレーテル「うん!色んなお歌沢山歌うね、王子様!」
ヘンゼル「良い子だ、プリンセス・グレーテル。」
そういうと、僕は窓を開けた。
グレーテル「お兄ちゃん何処へ行くの?」
ヘンゼル「しーっ。グレーテルに似合う指輪を探してくるんだよ。」
グレーテル「わあ!本当に?嬉しい!」
ヘンゼル「このことは誰にも言ってはいけないよ。僕達だけの秘密だ。」
グレーテル「うん!」
僕はグレーテルに微笑むと、すぐさま窓から外へ飛び降りた。
この辺に“石英”があるはずだ。
僕は只管“月夜に光る石”を探す。
ここならいじめっ子達に見つからないし、父さんも僕がまさか石を集めているなんて考えもしないだろうね。
“僕が用意した、月光下の終わりのないロングラン公演”。
驚いてくれるかな。
僕はポケットいっぱいに石をいれた。
これを道しるべにしよう。
窓から戻ってくるとグレーテルはいつも通り髪を三つ編みを結んでいた。
グレーテル「お兄ちゃん!指輪本当に持ってきたの?」
ヘンゼル「うん。でも種まきに使おう。」
グレーテル「種まき?」
ヘンゼル「光る花は見たことないだろう?」
グレーテル「…見れるの?!」
ヘンゼル「うん、今夜が満月だったらね。」
グレーテル「わあ、素敵!お兄ちゃんロマンチックだよ!」
ヘンゼル「そうかな?」
グレーテル「うん!だから、もっと女の子達と話していたら、婚約者候補沢山できてたと思うなぁ!」
ヘンゼル「そんなことはないよ。…それに沢山はちょっとやだよ。」
グレーテル「もう〜、お兄ちゃんったら鉄壁男〜!まあ将来お兄ちゃんと結婚するのはアタシだもんね!」
ヘンゼル「それ、明日には忘れてるだろうけどね…。」
少し呆れながらも、僕はグレーテルの三つ編みを手伝ってあげた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
太陽が力尽き、影が長く伸びきった頃、父さんの掠れた声が僕たちを呼んだ。
食卓はいつもより豪華だった。
これが最後の晩餐みたいなものか。
グレーテルは目を輝かせて嬉しがった。
グレーテル「わあ、今日はご馳走だね!今日一日中何も食べてないから、お腹ペコペコだよ!パパ、ありがとう!」
ゲオルグ「…ああ。」
ヘンゼル「………。」
僕はテーブルの下でグレーテルと手を繋いだ。
絶対にこの子を守るんだ。
生きてここに帰ってくるんだ。
僕は決意しながらも、キノコしか入っていない味の薄いスープを啜った。
グレーテル「美味しいね、お兄ちゃん!」
ヘンゼル「うん…。」
スープを全部飲み込むと、ある物を父さんは僕に渡した。
…黒パンだ。
ヘンゼル「ありがとう、父さん…。でもお腹いっぱいだから、これは後で食べるね。」
僕はパンをポケットにいれた。
石英が落ちなきゃ良いけど…。
隣を見ると、グレーテルはもう全部食べ終わっていた。
父さんは大きなため息をついて立ち上がった。
ゲオルグ「…お前達、ちょっと父さんの手伝いをしてくれないか?」
グレーテル「え?でもお皿洗わないとママに━━━。」
ゲオルグ「いいから黙って俺の言うことだけを聞け!!!」
父さんは皿を壁へと投げ、テーブルを叩いた。
グレーテルは目を見開いて僕の手をギュッと握った。
…震えている。
僕は咄嗟にグレーテルの前に出た。
今の父さんの精神状態はかなり危険だ。
グレーテルが攻撃されるかもしれない。
だけど父さんはそういうと、またため息をついて扉を開けた。
ゲオルグ「…今夜は、月夜のいい夜だ。」
━━つづく。