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「……アノテラ嬢、あなたも災難でしたね」
「……ええ、ラルード様こそ」
客室から出た私は、ラルード様とそのような会話を交わした。
奇妙な感覚である。彼とは今日初めて出会ったばかりなのに、既に分かり合えているような気がしてしまう。
「しかし事前にある程度ことが予想できた僕と違って、あなたは予想外の方向から婚約破棄を食らった訳でしょう?」
「ラルード様は、やはり何が起こるか予想できていたのですね? まあ、婚約者から別の家に呼ばれたらそうなりますか?」
「ええ、それもロナメア嬢は僕にわざわざガラルト様のザルパード子爵家と言ってきましたからね……」
「ええ……」
ロナメア嬢の言動に、私は驚いてしまった。
そんな言い方をすれば、他に男がいると言っているようなものだ。
しかしそれはなんというか、非常に納得できるものだった。先程までの彼女を考えると、そんなことも言い出しそうなのである。
「しかしながら、相手にも婚約者がいるとは思っていませんでした」
「ああ、そうだったんですか」
「前々から、彼女が怪しいとは思っていたんですけれどね……アノテラ嬢はどうでしたか?」
「え? えっと……いいえ、特に怪しいとは思いませんでした」
ラルード様の口振り的に、あの二人は結構前から関係を持っていたようだ。
しかし、私はまったく気付いていなかった。というか、ガラルト様と何を話したか、正直あまり覚えていない。
「正直な所、ガラルト様は中々に難儀な人でして……その、話がすごく長いんです」
「話が長い?」
「だから、一々会話を覚えていないというか……聞き流さないとやってられなかったんです」
ガラルト様は、非常にプライドが高い人で、いつも自慢話をしていた。
そんな彼との会話は、基本的にいつも聞き流していた。精神衛生上、その方が良かったのだ。
故に、私はガラルト様の変化などは知らない。いや、もしかしたら彼が隠すのが上手いだけだったのかもしれないが。
「そうですか。それは少し不思議ですね」
「不思議? 何がですか?」
「いえ、ここだけの話、ロナメア嬢も中々にこだわりが強い方なのです。そんな彼女が、彼と上手くやっているのが少し不思議で……」
「そうなんですか……まあ、人と人との相性なんてわかりませんからね」
「……確かにそうですね」
ガラルト様とロナメア嬢は、とても親しそうにしていた。きっと、二人にしかわからない何かがあるのだろう。恋愛とはそういうものである気もするし、私達があれこれ予想しても無駄なような気がする。
というか、二人のことなんて考えている場合ではないだろう。私もラルード様も、自分達のことを考えなければならないのだ。
「ラルード様は、これからどうされるんですか?」
「どうされる、とは?」
「婚約破棄されてしまったでしょう?」
「ああ、そのことですか……」
そこで私は、参考までにラルード様のことを聞いてみることにした。
正直、これからお互いに大変だと思う。婚約というものは、一朝一夕でできるものではない。これまで積み重なってきたものが崩れたという事実は、結構重大だ。
「どうするべきかは、色々と考えています。ただ、今回の婚約がなくなってしまったという事実は大きいですね。エンティリア伯爵家にとって大きな損失です。もっとも、それは向こうも同じであると思いますが……」
「今回の件は、多分あの二人の独断ですよね?」
「そうなのではないでしょうか。そうでなければ、家の方から話を通すでしょうし……」
やはりラルード様の方も大変そうである。この急な婚約破棄には、それ程の威力があるのだ。
それは、向こうの家にとってもそのはずである。いやガラルト様のザルパード子爵家にとっては、伯爵家との縁ができたことは嬉しいことなのだろうか。
「次の婚約者が、早急に見つかってくれるといいのですがね……なんというか、今回の件で僕の心証というものもなんとなく落ちるでしょう?」
「ああ、そうですね。こちらが被害者であっても、あらぬ噂が流れますから……」
「ままならないものですね」
婚約破棄されたということは、私達にとって結構不利な要素であった。
例えば、こちらに問題があったから婚約破棄されたのではないかと疑われたりするかもしれない。実際にそういう噂を聞いたこともあるし、本当に辛い状況である。
「どこかに誰かいい人がいればいいんですけどね……」
「……もしもよろしかったら」
「はい?」
「もしもよろしかったら、私なんてどうですか?」
悩むラルード様に、私はふとそんなことを言ってみた。
それは冗談半分の交渉である。私にとって、相手は伯爵家の令息だ。その縁談を持って帰ることができれば、大きな収穫である。駄目元でも聞いてみる価値があると思ったのである。
「……なるほど、それはいいかもしれませんね」
「え?」
そんな私に、ラルード様は予想外の返答を返してきた。
思わず私は、変な声を出してしまう。好意的な言葉が返ってくるなんて、まったく思っていなかったからである。
「僕達は、同じ傷を負った者同士です。なんというか、上手くやっていけると思いませんか?」
「そ、それはそうですけど……私は、子爵家の令嬢ですよ」
「別に構いませんよ。父と母も文句は言わないでしょう。こんな状況ですから、いい相手が見つかったと喜んでくれるかもしれません」
「そ、そうですか……」
ラルード様は、私以上にこの縁談に乗り気だった。
そんな彼を見て、私は困惑してしまう。騙されたりしていないだろうか。
そんな風な不安を胸に、私はラルード様との縁談を持ち帰ることになったのだった。