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久しぶりにメリーゴーランドに乗った。
乗った感想としては、プラスチックって意外と硬いんだなぁという情緒もクソもないものだった。そんな斜に構えた俺とは違って上機嫌なニーナちゃんに向き直る。
「どうだった? ニーナちゃん」
「楽しかったわ!」
そう笑顔で返されると、俺としても思わず笑顔になってしまう。
ニーナちゃんはよく笑うようになった。
1年前の彼女を知っているからこそ、俺は強くそう思う。
イレーナさんから拒絶され、慣れない日本にやってきて、それでもイレーナさんに認められるために俺に勝とうとしていたニーナちゃんを、俺は知っている。
だから、ニーナちゃんが笑うと俺も笑顔になってしまうのだ。
「次は何にする?」
「そうね。あの回るやつに乗ってみたいの」
ニーナちゃんが指差したのはコーヒーカップ。
コーヒーカップと言えば、前世で乗った時は何も知らないまま、アホみたいに回転させてしまい気持ち悪くなった記憶がある。少しトラウマだ。
「うん。良いけど、あんまり回さないでね」
「回す……?」
首を傾げるニーナちゃん。
乗れば分かるだろうということで、俺はそれに答えず順番待ちの列に並んだ。
軽快な音楽に合わせてカラフルなコーヒーカップが、くるくると回る。
それを列の外から眺めていると、ニーナちゃんがじぃっと前の方を見ていることに気がついた。
「どうしたの?」
「…………」
モンスターの手がかりでも見つけたのかと思った俺はニーナちゃんにそう聞いてみたのだが、返答はなし。
ただ、ぼーっとしたかったのかな、と思っていたら急にはっとしたような表情になって俺の方を振り向いた。
「ううん。なんでも無いわ」
そして、静かに首を横に振った。
ニーナちゃんの反応的にモンスターがいたわけでは無さそうだが、それでも少し気になったので、さっきまでの視線の先を追いかけたが普通の家族連れしか見つからなかった。
もしかしてイレーナさんと来たかったのかなと思ったが、俺の心配なんてなんのその。
軽やかな音楽が止まると同時にコーヒーカップが止まったのを見たニーナちゃんは、俺の手を引いた。
「行きましょ、イツキ」
「え? うん。そうだね」
その代わり身の速さに俺は驚きながらも、ニーナちゃんに連れられてコーヒーカップに乗り込んだ。
乗り込んでそうそう、真ん中にあるハンドルを銀色のハンドルを指差した。
「これ何?」
「あ、それ回転するやつ……」
「ふうん?」
ニーナちゃんは何とも言えない声を漏らす。
そして始まる軽快な音楽。
ゆっくりと動き始めるコーヒーカップ。
ニーナちゃんは興味本位でハンドルに手をかけて、
「回していいかしら」
「……ゆっくりね」
俺がやや小さい声でそう答えると、ニーナちゃんはハンドルをぐるりと回す。
「わっ! 回ったわ!」
「うん。ゆっくりお願いね」
「イツキ! これ、全力で回すとどうなるの?」
「大変なことになるよ」
俺の忠告はなんのその。
ニーナちゃんはそのハンドルを思いっきりぶん回した。
ゆっくり回してって言ったじゃん!?
しかし、ニーナちゃんはまだ7歳。
7歳の子の興味心を言葉だけで止められるのであれば苦労はしないのである。
俺は半端なく回転するコーヒーカップの中で、ただひたすらニーナちゃんを見た。
視界が激しく動く時は視線を固定すれば良いんだ。昔に見たゲーム実況で学んだ。
つまりは酔い止めニーナちゃんである。
そんなコーヒーカップの楽しい時間が終わるや否や、ニーナちゃんは真顔でうなずいた。
「面白かったわね」
「そ、そうだね……」
まぁ、結論から言うと吐くほどは回らなかった。
普段の特訓のおかげで三半規管が鍛えられたのか、前世で見たゲーム実況の知識が活きたのか分からないが、まぁ両方だと思っておこう。
だが、これで苦手なアトラクションはクリア。
次は何に乗りたがるだろうと思っていると、ニーナちゃんはすっかり回転コーヒーカップにハマってしまったみたいで、なんとおかわりを要求。
断れるはずもなく、もう一度コーヒーカップに乗り込んだ。
世の中のお父さんはみんなこんな気持ちなのかなぁ、と思った。
2回目のコーヒーカップから下りると、3回目を要求されるよりも先に俺はニーナちゃんに対して先制。
「……ちょっとおやつ食べない?」
「良いわよ。でも何があるの?」
「向こうにチュロスがあったよ」
俺が指さした先には、遊園地だったらどこにでも置いてあるような売店。
さっき列に並んでいるときに見つけていた店だ。
これに誘うことでニーナちゃんの興味をそらす作戦である。
そして、俺の読み通りニーナちゃんは俺の提案に乗ってくれたので、場所を移動。
今回の仕事にあたって黒服のお兄さんを通じて、アカネさんからお小遣いを貰もらっている。『経費になるから好きに使え』と言われて手渡されたお小遣いだが完全に使い所に困っていたので、ここで使おうと思う。
俺はニーナちゃんと一緒に並んで、軽食を買った。
ニーナちゃんはチュロス。
俺は好物のカレーパンが無かったからオレンジジュースにした。
遊園地ってカレーパンって売ってないんだ。
ちょっとショック。
というわけで、俺たちは空いているベンチに腰掛けて2人でのんびりしながら休憩することにした。ベンチに座るや否や、さっそくニーナちゃんがチュロスに口をつける。
「美味しい?」
「……うん」
ニーナちゃんはこくりと頷く。
俺もそれを見ながらオレンジジュースを口に含んだ。
甘い。美味しい。
こうやってノンビリしていると、俺たちが仕事しに来たことを忘れてしまいそうになる。
けれど、意識しなければならない。
俺たちはモンスターを倒しにきたのだ。
少しだけ気を取り直して俺は周囲を見回す。
子供だけで遊んでいればやってくるというピンクのウサギの着ぐるみ。
だが周りを見れば歩く人たちは、みな親子連れ。
子どもだけでいるのは俺たちだけだ。
いつ狙われてもおかしくはない。油断は大敵だ。
俺がそうやって周囲に気を配っている間に、ニーナちゃんはもそもそとチュロスを食べる。
ニーナちゃんを待たせないように俺もオレンジジュースを急いで口に含んだ。
飲み終わるタイミングをニーナちゃんの食べる速度に合わせているとすぐにプラスチックカップの中が空になった。どうやらお腹が空いていたっぽい。
空になったカップを近くにあったゴミ箱に捨てていると、ニーナちゃんが尋ねてきた。
「ね、イツキは乗りたいものないの?」
「僕?」
「だって私の好きなことばっかりじゃない」
「そうかな。でも、僕も楽しいよ」
俺がそういうと、ニーナちゃんは不機嫌そうにちょっと頬を膨ふくらませた。
「イツキが乗りたいものに乗ってないから、モンスターが出てきてないかもしれないじゃない」
「そんなことあるかな」
「あるかもしれないでしょ。相手はモンスターなんだから」
ニーナちゃんにそう言われて思わず俺はちょっと考えてしまったが、確かにそれは一理あるかもしれない。
何しろモンスターが出てくる条件には様々なものがある。
今回の『子どもたちだけで遊んでいる』というのがあくまで条件の1つでしかないというのは十分に考えられることだ。
俺は自分の乗りたいものを少しだけ考えて、一番奥にある一番大きなアトラクションを指差した。
いや、アトラクションと言うべきなのかは分からない。
だって俺が指差したのは観覧車だったからだ。
「僕、あれ乗ってみたい」
「観覧車? 良いわよ、行きましょ」
ジェットコースターは絶叫系だから怖いし、そもそもあれは身長制限があったから乗れないはずだ。メリーゴーランドも、コーヒーカップもさっき遊んだ。ゴーカートはニーナちゃんと一緒に遊べないだろうし、他のアトラクションもこの遊園地だと絶叫系が多い。
だから、俺は消去法的に観覧車を選んだのだ。
後はモンスターが出ていたら上から見たときに分かりやすいかも、という祓魔師的な考え方もあるにはある。
というわけで、2人で観覧車に向かった。
観覧車の列はそこまで並んでおらず俺たちの順番はすぐに回ってきて、そのままニーナちゃんと2人で乗り込む。
狭くて、ゆっくりと揺れるカゴの中。
鉄臭さと、砂糖の甘い匂いが少しだけ漂っていた。
もしかしたら誰かこの中でお菓子食べたのかもしれない。
ガチャン、と窓の外から鍵が閉まるのと同時にゆっくりと上に上がっていく感覚。
4人乗りのボックス席に、俺たちは対面で座り合う。
モンスターが見つかるかもと思って窓の外を眺めていると、ニーナちゃんがぽつりと口を開いた。
「なんだか、前にもこんなことをした気がするわ」
「前?」
ニーナちゃんの言葉に首を傾げた俺だったが、言い出しっぺの彼女もまた記憶の奥底を探るように首を傾げる。
「そうなの。昔、『仕事』で遊園地に来た気が……」
そこまで言いかけた瞬間に、ふっと窓を何かが覆った。
一瞬、雲が太陽を隠したのかと思ったが、それで理性を納得させるよりも先に俺の身体が反射的に動く。
『子どもの特権を知っているかい。ボウヤ』
そこにいたのはピンクの着ぐるみ。
ボロボロの姿で、片手にはこれまたピンクの風船。それが、2つ。
外に立つ場所なんて無いのに、モンスターは窓の外に立っている。
いや、浮・か・ん・で・い・る・のだ。
その状態のまま、ウサギのヌイグルミは柔らかい声を放つ。
『それはね、夢を見ることさ』