コメント
0件
「リズ……!!」
その姿を見た途端、涙が溢れた。窓際を離れ、彼女に駆け寄る。
「よかった、やっと見つけた……」
「レナ……」
どこか虚な感じで、私の名前を呼んだ。
「捜しに来てくれたんだ」
「そうだよ。いっぱい捜したんだから……!」
しゃくりを上げる私に、彼女は何も答えない。ただぼんやりと突っ立ている。
「リズ……?」
「……助けて」
掠れた声がポツリと漏れた。
「助けて、レナ……怖いよ……!」
彼女の声が震える。同時に体も大きく震え出した。まるで氷の世界に放り投げられたかのように、歯がカチカチと音を立てる。
「私、私……!どうなるの!?どうなっちゃうの!!」
「リズ……!」
震えるリズの体を抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫よ」
言い聞かせても、私の声は聞こえていない。畳み掛けて言い募った。
「助けて、レナ。お願い、助けて。助けて、助けて!!」
彼女の肩をきつく掴む。私がここにいることを思い出して欲しかった。
「私がいるわ!必ず助けるから」
方法なんてわからないが、本気だ。その声にふと顔を上げて私を見た。
「……ほんと?ほんとに?」
「本当。約束する」
ゆっくりはっきりそう言って、頷かせる。それを見て、ようやく彼女の体から力が抜けた。
「……ありがとう、レナ」
しがみついて、抱きしめ返す。さっきまでの痙攣は収まっていたものの、小さく震えていた。涙声で何度も繰り返す。
「ありがとう、ありがとう、レナ……ありがとう……」
「お礼なんていらないわ。友達だもん当たり前でしょう?」
その言葉を聞いた途端、彼女の震えが止まった。
「そう……だよね」
顔を見上げて、ホッとした笑みを浮かべーー
「あたしたち、友達だもんね?」
目が赤く光る。
「!!」
どくん。心臓が大きく揺れた。耳の奥にフレディの声が蘇る。ーー入蝕されている。どくん。声が出ない。ーー関わるな。息ができない。どくん。
「どうしたの、レナ?助けてくれるのよねえ?」
リズの口からズルっと舌が伸びた。赤く血管の浮き出た舌。ーーヒトの膜を被っているにすぎない。
「!!」
反射的に体を離そうとした。けれど、それよりも床に押し倒す方が一瞬早い。がつんと頭が石床に叩きつけられた。一瞬景色が消える。
「痛ッ……!!」
「助けてくれるって言ったじゃない!友達だって言ったじゃない!」
馬乗りになったリズが叫んだ。何度も肩を揺さぶられ、何度も頭が床にぶつかる。痛い!!頭が割れてしまう!
「や、やめ……やめて、リズ!!」
ふと私を痛めつける手が止まった。けれど手は床に押し倒したままだ。
「ねえ、助けてくれるって言ったよね?私、レナにお願いがあるの」
「!?」
赤い目がぐるりと回った。
「血をちょうだい」
ーーああ。ヒトの膜が。剥がれ落ちていく。
「あんたの血はすごく美味しそう!分かるのよ。きっと砂糖漬けのスミレみたいに甘い味がするんだわ!」
「だ、だめよ。……しっかりして」
それは最後の一線だ。越えてしまったら、きっともう戻れない。お願い。ヒトでいて。リズでいて。
「ね、一緒に……お医者さんに行こ……もしかしたら方法が……」
「医者!?」
私の提案を聞くと、彼女は体を反らして笑った。
「あはははは!ほんとにレナってバカね!!あたしを助けてくれるのは、もう血だけなの!!この飢えを、痛みを忘れさせてくれるのは!あたし、もう分かってる!!」
その声は絶望に満ちている。
リズは頭がいい。自分の変化を状況をちゃんと把握できている。だけど、それでも血を求めずにはいられない。……吸血鬼になるって、冥使になるって、そういうことなんだ。私に何が言える?その苦しみは、到底わからない。
「本当にもう、それしか……ないの?私がリズにしてあげること……」
「ないわ!」
嘲笑って、切り捨てるように即答した。
「…………」
私は目を閉じた。お母さん、アーウィン、マシュー。心の中で大切な人たちのことをそっと思う。ーーごめんなさい。
「……いいよ」
「えっ?」
面食らった顔をした。足りない言葉を補って、もう一度答える。
「いいよ。私の血をあげる」
「は……な、何を言って……」
こんな時なのに、私は少しおかしくなった。変なの。どうしてリズが狼狽えるの?
「だって約束したじゃない、助けるって。血を上げることでしか助けられないなら、私そうする」
「あ……あんた、分かってるの!?血を吸われたらあんたもこうなるのよ?化け物になるのよ!?」
「うん」
「うんって……バカじゃないの!?バカじゃないのッ!?何を考えているのよ!!もう嫌!!付き合い切れない!!あんたってほんと……バカじゃないの!?」
他に言葉が見つからないのか、何度もバカじゃないのを繰り返した。バカを連呼されて、少し微妙な気持ちになる。精一杯考えたつもりなのに……。
「バカかもしれないけど……私はたくさんもらったから。せめてものお返し」
「もらったって……そんな、私は別に……そんなすごいものあげた覚えなんて……」
迷うように口ごもった。私が何をもらったことにそんな感謝をしているのか、一生懸命探っているみたいだ。思わず微笑む。ああ、やっぱり気づいてなかったんだ。でもね、リズは確かにたくさんくれたんだよ。
「私がベッドに出られない日が続くと、リズはしょっちゅう遊びに来て色んなこと話してくれたじゃない」
「それがなんだって言うのよ……そんなの……大したことじゃ……」
「私には大したことだったの」
脳裏に自分の部屋が浮かんだ。ふかふかのベッド。枕元の熊のぬいぐるみ。柔らかな光を投げる、レースのカーテン。居心地のいい私のお城。安全で、閉じられた小さなお城。
「私、ベッドから出られなくても寂しくなんかなかったよ。リズが色々なこと話してくれるとね、ちゃんと私にもそれが見えたから」
ベッドの中、彼女を通して外の世界に触れていた。リズを通して見る世界はいつだって鮮やかで力強くて、優しさに溢れていた。そしてそのまま、私の世界を形作る一つのかけらだった。それが消えてしまうということは、私の一部が欠けるということ。私の美しい世界が消えてしまうこと。
「大好きなリズ。血を吸われるのは怖いけど……お化けになるのはもっと怖いけど。でもリズが一緒なら平気だって思えるの」
今この時になっても、思い出せば心を満たすのは幸福な気持ち。
「だから血くらいあげてもいい。そうしたらもう、リズを一人になんかしない。そんな風に泣かせたりしない。私たち、これからもずっと一緒にいられるよね?」
誕生日、蝋燭を囲んで約束した。私たち友達だって。これからもずっと。