テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「ひー、ふー、みー、……うんうん。良い感じに貯まってきたな」
某日、晴れ。
依頼を受けに冒険者ギルドへ行く道すがら、俺は財布の中身を数える。
ここ数週間、競魔でスることも、女に騙されることも無かったおかげで、パーティーの資金は順調に右肩上がりだ。
お金が貯まると余裕が出てくるというものか、一緒に歩いている仲間たちの空気も、心なしか明るい。
「いーねいーね。おっさんが浪費する前に、みんなの装備を新調しよっか」
「さんせ〜い!」
ベルミリオの提案に、ニーグルが両手を上げる。
「ははは、信用ねえなあ」
「あるわけねえだろ」
「うす」
さて、そうと決まれば方向転換。
俺たちはギルドの方ではなく、装備屋のある方へと向かう。
冒険者は、基本的にひとところには留まらない。
馴染みのギルドがある場所を本拠地とし、そこを中心として各所を巡りながら、依頼をこなして飯を食う……というのが定番だ。
何なら本拠地すら持たず、完全に自由に飛び回るパーティーもそこそこ居るという。
そのため、一定以上の規模の町なら、どこにでも宿屋と装備屋がある。
それは無論、俺たちが今いるこの町も例外ではない。
通りからわかりやすい位置に建てられた装備屋へ、俺たちは足を踏み入れた。
「あーしはグローブ買おっかな。かなりほつれてきてるんだよね」
「私は靴かな〜。踵が擦り減ってきててさあ」
「うーん、私は特に新調するほどの物は無いので……剣の耐魔術加工をし直してもらうことにします」
店は武器、防具はもちろん、日用品に近い補助具なんかも売っており、品揃えが豊富だった。
しかも加工所まで併設されており、今まで見てきた装備屋の中でもかなり手厚い構えだ。
「どうすっかなー。俺もそこまで、壊れてる物は無いし……」
「では防具を買うのがよろしいかと。カレムさんは基本後衛ですが、前に出ることもありましょう。軽く胸部や手足を保護するものを装備しておくのは、必要なことだと思われます」
「お……おう。なら、そうしようかな……」
すかさず助言を差し込んできたアルバに若干引きつつも、俺は頷く。
こいつわけわかんなくて怖いけど、俺に関する分析は正確だからな……。
自分より自分のこと理解されてるのがそもそも怖いけど……。
さておき、俺たちは各々装備を整え、店を出る。
有り難いことにさほど代金は高くなく、財布にはまだいくらかお金が残る形となった。
「よーし! そんじゃ、気合入れて行くぞ!」
俺たちは軽い足取りで、改めて冒険者ギルドへと向かう。
ギルドの掲示板には、いつも通り依頼の紙がびっしりと貼り付けられていた。
「せっかくだし、魔獣退治の依頼がいーなー」
見るからにワクワクしたふうに、ニーグルが言う。
「だな。さて、手頃な依頼は……」
俺は視線を巡らせ、魔獣退治の依頼を探す。
しかし。
「……あれ?」
無い。
端から端まで見ても、無い。
Dランク対象の依頼だけでなく、C〜Aランク対象の依頼の中にも、「魔獣退治」の文言はどこにも見当たらなかった。
「完売? 珍しいね」
ベルミリオが首を傾げる。
そう、冒険者と言えばこれ! と行っても過言ではないほど、魔獣退治は冒険者に向けられる依頼の大部分を占めている。
それは冒険者の起源――魔獣が現れ始めた頃、魔獣退治を生業とする者が現れ始めた――からしても、当たり前で、変わらない常識だった。
だから、依頼の掲示板から魔獣退治関連のものが全く消えるというのは、激レアも激レア……というか、俺自身初めて見る現象なのだ。
それにしても、いったいなぜ……。
「魔獣が居ないんですよ」
横から飛んできたムースの声に、俺たちは顔を上げる。
真っ先に疑問を口にしたのは、ベルミリオだった。
「居ない、って?」
「言葉の通りです。どこにも居ないんですよ、どこにも」
溜め息まじりにムースは言う。
カウンターで頬杖をつき、気だるさをこれでもかと醸している。
「原因は王国の調査隊が探っていますが、魔族の仕業だって専らの噂です」
「魔族……」
俺は固唾を飲む。
魔族と言ったら、大昔から人間と対立を続けてきた種族だ。
奴らは北の果てにある無間山脈の更に向こうに魔国という国を構え、隙あらばこちらへ攻め込もうとする。
魔獣も元々は魔国に生息するものだったが、とある戦争の際に魔族が軍用利用した内の一部が、こちらの国――人国に定着してしまい今に至る。
魔族の主張は常にこうだ。
「源水晶を寄越せ」。
源水晶とは、いわば人国の心臓だ。
膨大な魔力エネルギーの源泉であり、そのエネルギーは国中に供給されている。
人国の王宮付近の山に在るそれを、要するに魔族は奪おうとしているのだ。
無論、人間側としてはそんな要求には応えられるはずもない。
そんなわけで、人間と魔族はずっと衝突し続けているのである。
「不穏ですね」
珍しく険しい顔で、アルバが呟く。
いかにこいつが意味不明な人間だとしても、さすがに魔族の脅威については理解しているらしい。
「魔族は謀略に長けています。警戒するに越したことは無いでしょう」
「ああ。しっかし、どうしたもんかな……」
俺は溜め息を吐く。
装備を新調してせっかく気分が上がっていたところなのに、興ざめ通り越して嫌な感じだ。
それは他の3人も同じようで、みんな渋い顔をしていた。
「とにかく、やれる依頼やるしかないっしょ」
「まあそうだな」
ベルミリオの言葉に、俺は頷く。
そして「魔獣」の「ま」の字も無い掲示板を、腕組みをして見上げるのであった。
***
「ざこざこ依頼、つまんな~い」
夕暮れの空に、不服そうなニーグルの声が響く。
結局、俺たちが選んだ依頼は「某村近辺の巡回」。
普段ならこういう依頼は、そこそこ魔獣や野盗との戦いが発生するものだが、今回はどちらも無かった。
平和で、かつ報酬も貰えるのだから、悪いことではない。
しかしまあ、やりごたえは皆無に等しい。
「やだなあ。もし魔族と戦争なんてことになったら、ちょー最悪」
物憂げにベルミリオが言う。
それは俺だってそうだ。
何なら、ほとんどみんなそう思ってるだろう。
読んだり聞いたりする「戦争」は、いつでもロクなもんじゃない。
戦場に出るのは騎士たちだが、影響は一般市民のところにまで届くという。
「しかし一般人……まして冒険者などが何か思ったところで、何にもなりませんよ。政は貴族や王族に任せましょう。私たちはただ、いつも通り過ごすだけです」
アルバは冷静に言葉を紡ぐ。
尤もだ。
魔国との接触や交渉を含め、政治というものは貴族と王族がやるもの。
俺たちみたいなのがああだこうだ喚いたとしても、暴徒として牢にぶち込まれるのが関の山だ。
実際、どうしたら魔族が余計なことをするのを防げるかとか、全く思い付かないし。
まして凄い戦略や人智を超えた力で国を救う! なんて、身の丈に合わないとかいう次元じゃない。
そうだったらなあ、と思わなくはないが。
「もし、そこの方々」
「ん?」
不意に可憐な声がして、俺は振り向く。
見れば、木陰に1人の少女が立っていた。
ぼろを纏ったその少女は、しかし美しい金色の長髪と、水晶のような瞳を、夕焼けに輝かせている。
眉を下げた表情が示すところは、「困っている」に他ならない。
俺は襟を正して彼女に歩み寄った。
「なんだ、お嬢さん」
「わたくし、旅の行商人なのですが……そこで落石に遭い、馬車が倒れてしまいましたの。もし良ければ、助けてくださいませんこと?」
少女は首を傾げ、上目遣いで俺に言う。
「おお! そういうことなら、勿論――」
「おい!!」
突然、後ろから小突かれ、俺はつんのめる。
振り返ればベルミリオが目をこれでもかと吊り上げていた。
「またカモられるつもりかよ、おっさん」
「こ、今度は違うって! 絶対! だって金銭要求してきてないし!」
俺は小声で反論する。
そう、この少女は今までの女たちとは違う。
絶対に、本当に困っているに決まっている!
「ついてった先で、いかつい男どもが待ち構えてるかもしんないだろ! ボコボコにされて身ぐるみ剥がれるぞ!」
「別にそれは……俺だけならともかく、お前らも居るなら大丈夫だろ?」
俺がそう言えば、ぬるりとアルバが割って入ってくる。
「その通りです。私がお傍に付いている限り、カレムさんのことは――」
「いーんじゃない? 私も、戦えるなら歓迎だよ」
ナイス、ニーグル。
またアルバの不気味な演説を聞く羽目になるところだった。
「もー……。はいはい、わかった。好きにしたら?」
多数決で負けたからか、参った、とでもいうふうに、ベルミリオは頭をかく。
「やった!」
俺は小さくガッツポーズをする。
そして再び襟を正し、最大限「頼れる大人」の風を吹かせ、少女に向き直った。
「待たせたなお嬢さん。馬車のところへ案内してくれ」
「はい。こちらですわ」
少女は踵を返し、しずしずと歩き出す。
現場はどうもこことは離れた場所にあるらしい。
俺たちを引き連れた彼女は、木々の合間を縫うように進んでいく。
そうしていくらか行くと、さっきまで居たのとは別の道に出た。
崖に沿うように伸びるその道の最中では、少女の言った通り、馬車が横転していた。
「おお、これは派手にいったな……」
俺は慎重に、馬車に近付く。
近くには大小さまざまな石が転がっており、確かに落石があったようだ。
幸いにも馬は無事なようで、ただ起き上がることができずに、困り果てた様子だった。
「せーので起こそう」
「りょーかい」
俺たち4人は馬車に手をかける。
これまた幸いにも、馬車はそう大きくなく、荷台に積まれていたであろう物品もそこらに散らばっていて、今の馬車にそう重量は無いようだった。
「せー……のっ!」
掛け声と共に、俺たちは一斉に力を入れる。
ぐわん、と勢いが付き、馬車は上手い具合に起き上がった。
「よしっ」
「ふう、やったね」
乗り気ではなかったベルミリオも、安堵したような声色で言う。
うんうん、やはり人助けは良いものだ。
「まあ! ありがとうございます。助かりましたわ」
少女は嬉しそうに手を叩く。
その笑顔だけで、気力も体力もムンムン回復する。
「お礼はいかほど?」
またも可愛らしい上目遣いで、少女は問うてくる。
しかし俺の答えは一つだ。
「いや、礼なんていいさ。その代わり、お嬢さんも困ってる人を見かけた時は、できる範囲で助けてやってくれ」
「カッコつけてんじゃねーぞおっさん」
「いいだろ別に! この状況の人から金せびれってか!?」
「そこまでは言ってないし」
ベルミリオは半笑いで言う。
ちくしょう、馬鹿にしやがってこいつ。
「ま、気を付けなよお嬢ちゃん。行商人やるなら、力のある奴を最低2人は連れ歩いた方がいい」
気を取り直して、俺は再び少女に語る。
が。
「……お嬢さん?」
なぜか少女は、にわかにうつむき、肩を震わせ始めた。
なんだ、感動で泣いちまったのか?
それとも緊張の糸が解けて、体調が悪くなってきたとか?
俺は不安になり、彼女の顔を覗き込む。
するとその刹那。
「おーっほっほっほ! やりましたわ!!」
少女はバッと顔を上げ、手を口元にやりながら、高らかに笑い出した。
何!?
マジでどうしたんだ!?
「お、おい……」
困惑する俺だったが、少女は構わずひとしきり笑うと、今度は片手を天高く突き上げた。
「皆、おいでなさい! わたくしの求めていた人材が! 遂に現れましたわ~!」
するとそれを合図に、茂みや崖の上、果ては地面の下なんかから、ぞろぞろと人が現れる。
そいつらはみんな執事服やメイド服を着ており、やけに身のこなしが軽やかだった。
「え? は? 何!?」
彼らはあっという間に俺たちを取り囲む。
何なら気付けば、手には明らかに俺たちを縛り上げる用である縄をも持っていた。
「ごめんあそばせ! あなたたちには、ちょこっと大人しくついてきていただきますわ」
少女は堂々と語る。
それから一呼吸置き、ひときわ大きな声で言った。
「このわたくし! 公爵令嬢、ラケシス・モイライに!!」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
海の紅月くらげさん
#女主人公