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✦ 翌朝:姫子が純の前で“言いかけてやめる”瞬間
翌朝。
姫子はいつもより少し早く会社に着いた。
昨日の夢のことが頭から離れない。
影が近づいてきた理由。
きのこちゃんが止めた理由。
そして──
影が自分に向けて動いた瞬間の、あの感覚。
(……森川さんに、何か言わなきゃいけない気がする)
でも、何を言えばいいのか分からない。
純がオフィスに入ってきた。
姫子は思わず立ち上がった。
「あの……森川さん」
純が振り向く。
姫子は言葉を探した。
「昨日……その……」
言いかけて、
胸の奥がざわついた。
(夢のことなんて……言えるわけない)
姫子は視線を落とした。
「……いえ、なんでもないです」
純は少しだけ驚いたように姫子を見たが、
それ以上は何も聞かなかった。
「そう。じゃあ、今日の作業だけど──」
純が仕事の話に戻る。
姫子は頷きながらも、
胸の奥のざわつきが消えなかった。
(……言えなかった)
でも、
言わなかったことが逆に、
夢の中の影を強く思い出させた。
その夜。
姫子はまた、あの森にいた。
きのこちゃんは、いつもの場所にいなかった。
「……きのこちゃん?」
返事はない。
代わりに、
森の奥から淡い光が揺れた。
姫子は光に引き寄せられるように歩き出した。
昨日と同じ場所。
光の中心に、影が立っていた。
昨日よりもはっきりしている。
輪郭が、ほとんど人の形になっている。
姫子が近づくと、
影も一歩、姫子の方へ踏み出した。
姫子は息を呑んだ。
「……どうして、私に……?」
影は答えない。
でも、胸の奥に直接響くような感覚があった。
言葉ではなく、
“気持ち”だけが伝わってくる。
──探していた。
姫子は目を見開いた。
「……探してた?」
影はもう一歩近づいた。
光が揺れ、影の輪郭がさらに明確になる。
姫子は胸が熱くなるのを感じた。
「誰を……?」
影は、
姫子のすぐ目の前まで来た。
そして、
触れられる距離で、
静かに“答え”を伝えてきた。
──君を。
姫子の心臓が跳ねた。
その瞬間、
森の奥からきのこちゃんの声が響いた。
「姫子ちゃん、戻って!」
光が弾け、
影が消えた。
姫子は手を伸ばしたが、
何も掴めなかった。
きのこちゃんが駆け寄ってきた。
「……まだ早いよ」
「今の……森川さん……?」
きのこちゃんは答えなかった。
ただ、姫子の手をそっと握った。
「姫子ちゃんが近づいたから、あの人も近づいたんだよ」
「……どうして、私を探してたの?」
「それは──」
きのこちゃんは言葉を飲み込んだ。
「姫子ちゃんが、現実で気づく時が来るよ」
姫子は胸の奥が震えるのを感じた。
影(純)が姫子に近づこうとした理由は──
“探していたから”。
それだけは、確かだった。