テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

ドリスと別れて修道院から帰ってきても、クラーラはずっと恋と愛について考えていた。


(私がエアハルトさんを想っているのは、恋? それとも、愛?)


エアハルトがスープの香りに引き寄せられて修道院を訪ねて来た当初に、クラーラが感じていたふわふわする気持ちは、単なる淡い憧れで恋に近かったと思う。


(それならば、今はどうなんだろう?)


そもそも見返りは、最初から求めていなかった。

こっそりと慕うだけで、幸せだったからだ。

それが思いがけずエアハルトから告白されて、クラーラは天にも昇る心地になった。


(院長先生に背中を押してもらって、エアハルトさんに相応しくなりたくて、一歩ずつ前へ進んでいたら今の私になったのよ。もしかしたら私は、恋から愛への、発展途上にいるのかもしれない)


きっと、そうだ。

クラーラの瞳に、希望の灯がともる。


「これからもエアハルトさんを想って、この気持ちを愛へ育てればいいんだわ」


でも、どうやって?

クラーラの出した恋文は、ようやく船便に乗ったばかりだ。


「もっと私は、違う行動をするべきなのかしら?」


ジッとしていても物事が動かないのは、すでに学んだ。

そしてエアハルトの隣に立ちたい今のクラーラには、一歩を踏み出す勇気がある。


「こんなときは、相談よ。私には、心強い味方がいるんだから!」


◇◆◇◆


「それで? 私が呼ばれたの?」


侍女の差し出す香り高いお茶を受け取りながら、イライザはぽかんと口を開けた。


「レッスンの日でもないのに、何事かと思ったじゃない。恋の相談だなんて、クラーラもまだまだね!」


ふふん、と鼻で笑ったイライザに、クラーラの期待は高まる。

この様子なら、イライザは恋の百戦錬磨かもしれない。

身を乗り出しているクラーラへ、いつものイライザ節が炸裂した。


「遠く離れた相手を想う気持ちを、ちまちま愛に育てたいなんて、まどろっこしいのよ!」


クラーラの後ろでは、侍女たちもイライザの回答に耳を澄ませている。


「さっさと会いに行けばいいじゃない! 男女が離れていると、熱が冷めることもあるんだからね!」

「熱が、冷める!?」

「人間なんだから、そこは仕方がないわよ。誰だって新しいものに目を奪われたり、心がソワソワしたり、魔が差したりするでしょう?」

「……エアハルトさんは、そんな方ではないと思います!」


エアハルトの気持ちの変化を、疑ったことは一度もない。

音信不通にさえならなければ、クラーラは何年でもエアハルトの帰りを待っただろう。


「でも今のままじゃ、足踏みしてるみたいで不安だから相談したんじゃないの? 会いに行きたいって、お義兄さまにお願いしてみたらどう?」

「海を渡って、私がキースリング国へ?」

「クラーラが勝手に次の船便に忍び込むよりも、お義兄さまはよっぽど許してくれるわよ?」

「し、忍び込むなんて……」


そんなことしません、と慌てふためくクラーラへ、イライザが意地悪く笑う。


「本当に? この間クラーラが出した恋文に、なんの返信もなかったらどうする? 思い余ってやってしまわないと、断言できるの?」

「っ……!」


絶対に大丈夫だと思っていた道が塞がっていたとき、人はパニックを起こさずにいられるだろうか。

悩みだしたクラーラを、イライザが笑う。


「すでにクラーラは、私が用意した鬼のような課題もやり遂げて、私財を寄付しまくる孤児院の慰問も終えて、あとはパーティを待つばかりなんだから。自由に動ける今を、利用するといいわ」

「でも……お兄さまに迷惑がかかるのでは?」

「何を言っているのよ! 兄というのは、妹の我がままを常に待ち構えているのよ? 定期的に甘えてあげないと、ションボリする存在なんだから!」


クラーラが不在の間、いかにしてイライザがベンジャミンを元気づけたか、レクチャーが始まった。


「ここで注意が必要なのは、お姉さまよ! お姉さまは尊敬に値するほど、融通が利かないわ!」

「つまり、反対されるってことですか?」

「要求が理にかなっていて、納得すれば大丈夫なんだけどね。姉というのは兄に比べて、難関不落なのよ」

「難関不落……」


クラーラがごくりと喉を鳴らす。


「とにかく駄目もとで、お願いしてみてもいいと思うわ。だけど用意できるのなら、説得材料を準備しておくのね!」

「ありがとうございます! 策を練ってみます!」


イライザに相談したことで、八方ふさがりだったクラーラの展望は開けた。


(船便が帰ってくるまでに、もう少し時間がある。エアハルトさんからの返信がなかった場合を想定して、どうしたら渡航を許してもらえるか考えてみよう)


クラーラの味方はイライザだけではない。

さっそくその夜、フリッツへ手紙を書いた。


◇◆◇◆


同じ頃、キースリング国では――。


「クラーラからの手紙が途絶えた」


掃き出し窓からバルコニーへ出て、エアハルトは青空へ続く水平線の向こうに眼をこらす。

方角的には、その先にオルコット王国があるのだが、遠くて今は影も形も見えない。


「いつまでも帰らない俺に、クラーラが愛想をつかしたのならばいい。だが、そうでないとしたら……」


エアハルトは、暗がりで橙色に輝いていたクラーラの瞳を思い出す。

王家の星――クラーラはその体に流れる高貴な血を隠し、見習いシスターとして修道院に匿われていた。


「クラーラの性格上、別れの挨拶もなしに、俺を切り捨てるとは思えない。ということは、クラーラの身に異変が起きて、手紙が出せない現状にあるということだ」


相変わらず、フリッツからの報告書も届かない。

配達事業がどう転ぼうが、包み隠さず連絡を入れると約束していたのに。


「オルコット王国で、一体なにが起きている?」


ぐっと、手すりを握る手に力がこもる。


「こんなところで、大人しくしている訳にはいかない。俺はクラーラを護ると決めたんだ」


すうっと息を吸うと、エアハルトは海の向こうへ届けとばかりに吠えた。


「クラーラ! 愛している!」


どこかで、カシャンと繊細な物が落ちて、壊れた音がした。

エアハルトはそれに気づかず、クラーラへ思いの丈を叫ぶ。


「クラーラ! 必ず助けに行くから!」


バルコニーの下を通っていた使用人たちが、驚いてエアハルトを見上げていた。


「もう一度、クラーラに愛を請いたい! 待っていてくれ!」


吐き出してスッキリした顔つきになったエアハルトは、くるりと踵を返す。

そしてあてがわれていた客室の扉を、思い切りよく開けた。


「ひっ!?」


部屋の外には、警備の騎士が立っていたが、エアハルトはその横を堂々と通り抜ける。


「エアハルトさま、どちらへ……?」


その騎士はヨゼフィーネの命令で、エアハルトが王城から出て行かないよう、監視する役目を任されていた。

どんどん歩いていくエアハルトを止めようと手を伸ばしたが、それよりも早くエアハルトが走り出してしまう。


「話をつけに行ってくる!」


辺境伯領で鍛えられたエアハルトの筋肉は、並大抵ではない。

王城の現役の騎士だって、その脚力には追い付けなかった。


「お待ちください! 部屋にお戻りください!」


縋る騎士を残し、エアハルトは廊下を全力で駆けた。


(ヨゼフィーネさまから申し込まれた婚約だったから、断りを入れるのもヨゼフィーネさまへするのが礼儀だと思っていたが、もう呑気にしてはいられない。この婚約に対して条件をつけた、国王陛下に直談判だ)


これまでエアハルトは、何度も婚約の申し出を断ろうと試みた。

そのたびに、ヨゼフィーネつきの侍女長から、話を遮られていた。

一度、侍女長の隙をついて、二人きりの時に話を持ち出したが、急にヨゼフィーネが胸を押さえて苦しみだしてしまった。

慌ててヨゼフィーネを寝台へつれていったが、その後、カンカンに怒った侍女長からしこたま叱られた。


「姫さまの体の負担になる話をしないでくださいと、言った意味が分からなかったんですか!?」


それ以来、エアハルトはまんじりともせずに過ごしていた。

なるべく騒動は起こさないよう振る舞っていたが、もう我慢の限界だ。

エアハルトの心はクラーラを求めて止まない。


「城なんてのは、上に行くほど偉い人がいるものだ」


疲れを知らないエアハルトは、翼のように広がる階段を見つけて駆け上がる。

オペラグラスを投げ捨てたヨゼフィーネが、クラーラへの愛の告白を聞いて、怒り狂っているとも知らずに。

ひとりぼっちになった王女が辿り着いた先は、隣国の✕✕との溺愛婚でした

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

0

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚