テラーノベル
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組長の屋敷へ到着すると、玄関の扉が開くや否や小さな足音が勢いよく駆け寄ってきた。
「パパ! ういちゃん!!」
満面の笑みを浮かべた希海が真っ先に二人へ飛びついて行く。
「希海」
「希海くん」
離れていて寂しかったのだろう。
希海は昴と羽衣子の手を取ると、離すまいとぎゅっと小さな手で握り締めた。
昴はそんな希海の頭を優しく撫でると羽衣子へ視線を向けた。
「羽衣子、俺は組長のところへ顔を出してくる。少しの間、希海を頼む」
「は、はい」
そう言い残すと、昴は屋敷の奥にある書斎へ向かっていく。
「希海、羽衣子ちゃん。二人はこっちの部屋に行こうか」
乙哉に案内されるまま別室へ向かいながら、羽衣子はどこか落ち着かない様子で口を開く。
「広瀬さん……その、組長さんは私のことをご存知なんでしょうか?」
その問いに乙哉はあっさりと頷いた。
「もちろん。昴さんも希海もよく話してるからね」
「そうなんですね……それなら、ご挨拶をしたほうが……」
「それなら多分、昴さんとの話が終わったら組長のほうから顔を見せに来ると思うから」
「えっ……?」
羽衣子の表情が強張るのを見た乙哉は苦笑しながら続けた。
「大丈夫。組長って聞くと怖そうに思うかもしれないけど、そんな人じゃないよ。姐さんも今は出掛けてるみたいだけど、そのうち戻ってくるはずだから、ちゃんと挨拶できると思う」
「そ、そうなんですね……。でも、やっぱり少し緊張します……」
「はは、それも無理ないね。けどまあ、そんなに構えなくても大丈夫だよ」
「はい……」
組長の屋敷へ足を踏み入れただけでも十分に緊張していた羽衣子だったが後ほど本人と顔を合わせることになると聞き、その胸の鼓動は更に速くなるけれど、
「ういちゃん! いっしょにおえかきしよ!」
画用紙とクレヨンを抱えた希海が無邪気な笑顔で駆け寄って来たことで緊張の糸は少しずつ解けていき、
「うん、そうだね。一緒に描こうか」
羽衣子は自然と笑みを浮かべて希海の隣へ腰を下ろした。
一方その頃、組長の書斎を訪れた昴は静かに一礼する。
「失礼します」
机の向こうに座る組長は昴の姿を見るなり穏やかに口を開いた。
「昴、無事で何よりだ」
「色々とありがとうございました」
「そんなことは気にするな。今回の件は流石に黙っちゃいられなかったからな。稲見組の組長とは話をつけた。今後についての取り決めも済ませてある」
そう告げると更に言葉を続けていく。
「高遠と吾妻は事務所の地下に入れてある。お前も直接聞きたいことがあるだろう。後で会ってこい」
「はい」
「それから高遠のことだが……稲見組の若頭暗殺を企てていた件も明るみに出てな。仲間もまだ居るだろうから協力を仰ぐ為にも奴の身柄は柳生会へ引き渡すことも考えている」
「それが一番良いかもしれません。奴は調子に乗り過ぎていますから」
「ああ」
組長は一度言葉を切ると、今度は想汰について話をする。
「吾妻の処遇は、お前に一任する」
「……俺に、ですか」
「奴は彼女の兄貴なんだろう? どうするかは、お前自身で決めろ」
その言葉を受けた昴は静かに頷いた。
「……はい。ありがとうございます」
組長の信頼と覚悟を受け止めながら、昴はこれから自ら下す決断の重さを改めて考えることになった。
羽衣子が希海と遊んでいると、一人の女性が二人の居る部屋へ静かに歩み寄ってきた。
年の頃は五十代後半、落ち着いた色合いの着物を上品に着こなし、柔らかな笑みを浮かべている。
どこか品のある女性だということは分かるものの、その正体までは見当もつかなかった。
「貴方が羽衣子さん? 昴と希海がいつもお世話になっているみたいで」
突然声を掛けられた羽衣子は戸惑ったように目を瞬かせる。
「えっと、あの……?」
その反応を見た女性は小さく笑った。
「あら、ごめんなさい、自己紹介がまだだったわね」
そう言うと優雅に一礼する。
「私は真野 登紀子。七鳳組組長、真野 亮治の妻ですわ」
その一言を聞いた瞬間、穏やかな物腰の奥に秘められた揺るぎない威厳と長年極道の妻として一家を支えてきた者だけが持つ風格が不思議とはっきりと感じられた羽衣子は姿勢を正しながら、
「あっ、は、初めまして! 私は吾妻 羽衣子と申します」
#年の差
水無月 京
836
鷹槻れん

34,723
鷹槻れん

60,493
#強引
慌てて頭を下げる羽衣子に登紀子は優しく目を細めた。
「話には聞いていたけれど、本当に可愛らしい娘さんね」
「い、いえ、そんな……」
照れて頬を染める羽衣子の横で希海が嬉しそうに声を上げる。
「ばぁば! ういちゃん、かわいーよ!」
「ふふ、そうねぇ。羽衣子ちゃんはとっても可愛いわね」
二人が顔を見合わせて笑い合うその和やかな空気に羽衣子も思わず笑みを零した。
そんな時、組長との話を終えた昴がやって来た。
「登紀子さん。こちらにいらしたんですか」
「ええ、ついさっき買い物から戻ったのよ。そうしたら、乙哉から羽衣子ちゃんが来ているって聞いたから挨拶にと思ってね」
「そうでしたか」
「それよりも昴、貴方怪我したって聞いたけど大丈夫なの?」
「ええ、大したことはないです」
「それなら良いけど、貴方には希海も羽衣子ちゃんもいるのだから、無茶だけはしたら駄目よ」
「はい、分かってます」
「お昼はもう食べたの?」
「いえ、まだ……」
「それなら食べていきなさい。羽衣子ちゃんも是非」
「あ、は、はい……」
登紀子の言葉に曖昧に頷く羽衣子はチラリと昴を見ると、
「折角だから、いただいてから帰ろう」
昴も頷いたことで、二人は組長宅で昼食を食べることになった。
コメント
1件
うわあ、ついに組長宅で羽衣子が家族の輪の中に入っていくシーンですね。登紀子さんの品のある雰囲気とか、「ばぁば」って呼ぶ希海の可愛さにほっこりしました。それでいて、昴に想汰の処遇を一任する場面の重みがすごい。組織と個人の心の間で決断しなきゃいけない昴の立場がひしひしと伝わってきました。和やかな昼食の空気の裏にある、これからの選択が気になります。