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恋人からいつかのように唐突に別れを告げられてから三日後、世界はリアムやその恋人の苦悩など何一つ知らないと言いたげに晴れ渡り、上空を流れゆく雲も秋色に染まりつつあるがまだまだ夏の顔を覗かせて悠々と地上を見下ろしていた。
あの夜の衝撃からまださすがに立ち直れなかったリアムは、結局あの後いてもいいと言われた恋人の家から自宅に戻ったのだが、鍵を開けたまま自宅に戻ることも出来ず、玄関先のカギなどを纏めて置いてあるケースの中からスペアキーを発見し、帰ってきたら返すからと言い訳じみたことを残してそれを拝借して隣の自宅に戻ったのだ。
そして、広いベッドの隅で小さく体を丸め、何故こんな事になったのかを一晩中考え込んでしまっていたが、どんな状況でも朝は必ず訪れる為、自宅に持ち帰ったスペアキーで隣の家の玄関を開けて人の気配を感じないのを確かめて鍵を掛けた後、出勤していたのだ。
三日間悩んだその結果を目の下にクマという形で表してしまい、心身が感じている不調からいつもと比べれば元気のない様子で出勤していた。
毎朝気持ちがいいほどの笑顔で出勤し、診察が始まるまでの短い時間に他愛もない話をしてスタッフらとリラックスした時間を持っていたリアムだったが、この三日はそんな気持ちになれず、周囲の心配と疑問の視線を広い背中-悲しいことに今はとても小さく見えている-で弾き返していた。
そんなリアムの様子に院長でありリアムを責任をもって育てると宣言し、以前働いていた病院からヘッドハンティングしたホーキンスが一体どうしたのかしらと、長年彼女の右腕であり今でもこのクリニックの事務方の責任者を務めている女性、ソフィア・ホワイトに告げると、確かに心配してしまう顔色だとホーキンスとは真逆の、ふくよかな顔に同じ心配の色を浮かべる。
「ランチタイムに話を聞いた方が良いかしら」
様子がおかしくなってそろそろ三日ほど経つが後で話を聞いたほうがいいかしらとカルテを纏めているファイルを胸に心配そうに己を見るホワイトに、もし可能なら聞いてほしいと伝え、そろそろ診察の準備をしなければとリアムが診察をする隣の診察室の様子を、奥で繋がっている廊下に視線を投げかけて一つ伸びをしたホーキンスは、表情を優秀な事務長に切り替えた旧友のホワイトの背中に、彼の様子をと言葉は短くてもリアムの事を案じている言葉を伝え、彼女がファイルを肩越しに見せたのを了承の合図と受け取り、ランチタイムまでの診察に臨むのだった。
いつもならばランチボックスを持ってきて、他のスタッフと一緒だったりクリニックの裏を流れる川の川岸に置いたベンチで一人ランチを食べているリアムだったが、この三日間はロクに食べることも考えられなかったように今日のランチの事も頭の中から消え去っていて、一緒に食べないかと誘われて初めてランチを持ってきていない事、それどころか朝食も食べていないのに空腹を感じていない事に気付く程だった。
その様子にさすがにスタッフらもおかしいと感じたのか、何かあったのか、良ければ相談に乗ると事務方で唯一の男性スタッフであるヘンリーがリアムの広い背中をポンと叩き、本当にどうしたと心配そうに顔を覗き込む。
ヘンリーのその気遣いは本当に嬉しくて、ありがとうと返すものの、恋人に突然別れを告げられたとは言えず、まだ考えが纏まっていない、話が出来るようになれば話すからと返すのが精いっぱいで、その様子が更に同僚達を心配させているとは気付けなかったリアムは、ランチタイムの休憩を川岸のベンチで過ごそうと決め、裏にいるから何かあったら呼んでくれと無理やり浮かべた笑顔でヘンリーに手を上げて踵を返す。
「どうだったかしら」
己の上司であるホワイトが手招きしている事に気付いてそちらに向かったヘンリーは、どうだったと問われて重苦しい溜息を吐く。
「恋人とケンカでもしたのかな」
「そんな感じがするわね」
形式上必要だからと提出してもらった経歴書からではなく、ランチを一緒にしたり、ここのクリニックの不文律になっているティータイムの雑談でリアムの家族構成を把握しているホワイトが血色の良い頬にふくよかな手を宛がい、リアムの恋人との間で何かあったのかとヘンリーが呟くと、ホワイトも同意する言葉を告げる。
「少し、話をしてくるわ」
「仕事終わりに飲みに行かないかって言って欲しい」
「ええ、伝えておくわ」
一見上品な初老の女性に見えるホワイトだが、その芯の部分はホーキンスも一目置く程の剛毅さを持っていて、ヘンリーがリアムを案じている言葉を伝えると、その言葉もしっかりと伝えるからと頷き、裏口から出て行ったリアムを追いかけるようにホワイトも出ていくのだった。
水面に映る雲が形を変えて空と川を流れていく様をぼんやりと見ていたリアムは、隣良いかしらとやんわりとした声に問われたことにすぐに反応できなかったが、足元に落ちた影から他の人ではなく己に投げかけられた言葉だと気付いて顔を上げる。
「…ソフィー」
「ランチを食べないなんて珍しいじゃない」
身体を鍛えることを趣味に、その一助となる食事にも十分気を配っているあなたが食事を抜くなんてと、リアムの隣に少し距離を置いて腰を下ろしたホワイトに苦笑され、確かにそうかもしれないと同じ苦笑を返すが、何かあったのかと問われて肩を揺らしてしまう。
「ヘンリーには話せないようだったけど、私にも無理かしら」
その、まるで己の家族に語り掛けるようにリアムに向き直る彼女の言葉と表情に、三日前から続いていた緊張と不安がぷつりと音を立てて切れてしまったようで、己の腿に手をつき、広げた足の間で手を組んだリアムが暗い声で何があったのかを告げる。
恋人の家庭環境や過去については色々あってと言葉を濁したが、その中でとても悲しい言葉を聞いたこと、それを否定しても信じてもらえなかった事が悲しかったと、己の心の中で抜けない棘のように刺さっていた気持ちを口にすると、ほんの少しだけ気持ちが楽になる。
そんなリアムの告白を真正面から受け止めたホワイトだったが、信じてもらえなかったことは悲しい事ねと寄り添うような言葉と暖かな手に腕を撫でられてこくんと頭を上下させたリアムに軽く目を伏せる。
「あなたの彼は家庭の事情が複雑そうね」
「ああ・・・俺は、家族の仲は良い方だからお前に何がわかるって言われた気がした」
あの夜、自分に両親はいないと断言した時の顔は今まで見たこともないほど冷たいもので、幼い頃に事情があってひとりシドニーに移住した件以外では今でも定期的に連絡を取ったりクリスマスや誕生日にはプレゼントを贈っている家族仲の良いお前には分からないとその表情で否定された気がしていたリアムにホワイトが寂しそうに一つ頷き、確かにあなたは幸運だと思う、でもだからといって彼のことを知ろうとする姿勢は認めてほしいわねと、リアムが具現化することのできなかった感情を言い当てた為、その言葉に首を軋ませるようなゆっくりさでリアムが顔を向ける。
「分からないことと分かろうとしないことは随分違うわよね」
「・・・そう、思う」
「ええ。でもきっと、あなたの彼はそんなことは十分解っているんじゃないかしら」
ホワイトが何を言いたいのか思考の先を読めずにリアムがくっきりと眉を寄せると、子供や甥を見る顔で彼女がもう一度頷く。
「あなたは辛い人の気持ちを推し量ることの出来る人だし、相手を思って真っ直ぐに意見を言える人」
この年まで生きてきたけれど、あなたのような真っ直ぐな人には数えるほどしか出会ったことがないと笑う彼女の顔をまじまじと見つめたリアムだったが、ふっくらとした頬に手をあてがいホワイトがやるせないさそうに息を吐く。
「真っ直ぐな人ってね、そうありたいと願う人にとっては毒にもなるのよ」
「毒・・・!?」
ポイズンという単語に鋭く反応したリアムに穏やかさを失わない顔でホワイトがもう一度頷き、あなたの真っ直ぐさ、正直さはきっと彼にとってすごく眩しいものだったと思うと続けられて茫然自失につぶやいてしまう。
「眩しい・・・」
「ええ。・・・闇を見てきた、そこで生きてきた人にとって強すぎる光は毒に感じてしまうのよ」
穏やかで上品さを失わないホワイト横顔をまじまじと見つめたリアムだったが、ふとその言葉に込められた感情に気づき、あなたも闇を知っているのかと問いかけると、言葉にされた肯定は返ってこなかったが、リアムを見つめる目元に答えが浮かんでいて、これ以上聞き出すのは野暮かなと、己の好奇心から己の倍近くの時を生きてきた人の過去を暴く危険に気付いて制止するように肩を竦めると、本当にあなたは良く気のつく良い子だと、誰が聞いても出来の良い子供を誉める親の顔でホワイトが笑う。
「だからもしかするとあなたの彼も、強い光に眩しくなったのかもしれないわね」
「そうかも・・・でも、何かが違う気もする」
俺自身が真っ直ぐでそれが人に苦痛を与えていた事を教えてもらえて嬉しいけれど、何かが違う気がすると、ホワイトの目を真っ直ぐに見つめながら口にすると、彼女の目が少し驚きに見開かれて今回のようなことは初めてかと問いかけた為、それに首を左右に振って返したリアムだったが、何かに気付いたように限界まで目を見張る。
「リアム?」
「・・・分かった、怖かったんだ・・・!」
「怖い? あなたが?」
「いや、そうじゃない・・・」
以前も同じように急に、本当に不意に別れを告げられたことがあったが、その時と同じだと気付き、広げた足の間で組んでいた手を解き掌に拳をぶつけてしまう。
「何にかは分からないけど・・・怖かった」
何かに怯えて咄嗟に別れを告げたのだと、今ここにいない恋人の昨日の気持ちをほぼ正確に理解したリアムの言葉にホワイトが別れたいほどの恐怖と小さく呟き、あなたを失うのが怖いのかしら、でもそれならどうして別れを自ら選ぶのか理解できないわとため息を吐く彼女に向き直ったリアムは、驚く彼女に軽く頭を下げて唇の両端を持ち上げる。
その笑顔はまだまだ翳りを帯びたものだったが、今朝から比べれば遥かに明るさを増していて、まるで分厚い雲の隙間から差し込む一条の光のようだとホワイトが感心してしまうほどだった。
「サンクス、ソフィー!」
これで別れの言葉が意味のないものだと分かったと、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべるリアムにホワイトも釣られて笑みを浮かべ、あなたが沈んでいるとクリニックの空気が重くなるのと笑って立ち上がり、ああ、雲も少なくなって晴れてきたわねと目を細める。
「・・・ティータイムに追求されるわよ」
「・・・お手柔らかにお願いしたいな」
「ふふ、どうかしら。あ、そうだわ。ヘンリーが今夜よかったら飲みに行かないかって」
ここにくる前にも心配そうな顔で己を案じてくれた同僚に内心感謝の言葉を告げたリアムは、今日は無理だけど明日なら大丈夫だから後で話をすると同じく立ち上がって伸びをするとホワイトの顔に満足そうな笑みが浮かぶ。
「そうね」
「さて、昼からの仕事も頑張るか・・・」
そう呟いて青色が増えてきた空を見上げた時、鍛えられている腹筋の奥から盛大な音が鳴り響き、まあと目と口を丸くするホワイトにさすがに羞恥から顔中を赤くしたリアムは、ティータイムまで我慢すれば今日はタルトを持ってきているから私の分も食べなさいと、すっかりリアムを息子のような扱いをし始めたホワイトが呆れやら感心やらの笑みを浮かべ、ただただ恐縮して大きな体を小さくしてしまうのだった。
午後のティータイム、ホワイトの言葉通りテーブルにはタルトとそれに合う紅茶やコーヒーと共に、リアムの午前中までの沈みまくった様子が載せられ、本人はただひたすら眉尻を下げてホワイトに助けを求めていたが、そんなリアムの様子に助け舟を出したのは、タルトが美味しくてもう一つ食べてしまいそうだと笑っていたホーキンスだった。
「もう何某かの答えは出たのかしら?」
「俺と彼に関しては答えが出た」
三日前の夜の言葉はやはり彼の過ちであり、己の配慮のなさでもあったと素直に認めたリアムだったが、ただ分からないことがあるからそれを聞くつもりだと続けると、皆の視線に好奇心が滲み始め、このままでは根掘り葉掘り聞き出されてしまう恐怖を覚えてこれ以上は話せないけれど、多分もうすぐ今まで通りになる、心配をかけたと軽く頭を下げる。
「あなたが答えを出したのならそれでいいことよ」
後は頑張りなさいと励ましているにしては厳しく聞こえる言葉にも素直にリアムは頷き、そんな様子をホワイトも安堵の表情で見守っているのだった。
そんなティータイムを終えて今日の最後の患者の診察を終えたリアムは、いつもなら少し居残りをしてホーキンスと話し込んだりするが今日は帰ると皆に宣言して廊下に飛び出すが、そこでヘンリーとばったり出くわす。
「ヘンリー、明日飲みに行く店、考えておいてくれ」
「・・・! ああ、前から行きたかった店があるからそこに行こう」
今朝とは打って変わった明るい声で明日の予定を教えられてヘンリーも自然と顔を輝かせ、慌ただしくスタッフ専用のドアから出ていく広い背中を見送る。
「本当に答えを見つけたようよ」
「ソフィー」
ランチタイムにリアムと話をしてくると、いつもと様子の違うリアムから何かを聞き出そうと買って出てくれたホワイトの安堵したような声にヘンリーも頷き、明日飲みに行った時に何か話が出れば聞いてきますが、きっとあの様子だと俺の出番はなさそうですねと笑う。
「何もなくても飲みにいくだけでも良いじゃない」
私も久しぶりにディアナを誘ってバーにでも行こうかしらと背後を振り返ってにっこりと笑みを浮かべると、そっとドアが開く音が聞こえるが小さな咳払いの声がドアが閉まる寸前に聞こえてくる。
「良いなぁ」
二人なら良い店を知ってそうだ、今度気になる人と一緒に行く時に知っておきたいから教えてくれと笑うヘンリーにそうねと頷いたホワイトは、今日もお疲れ様と労いの言葉をかけ、ロッカールームへと向かう。
その背中にヘンリーも満更ではない顔で頷き、同じくロッカールームへと向かうのだった。
ヘンリーとの飲み会の約束にまた少し心が軽くなったリアムは、その気持ちのまま愛車に乗り込み、スマホを取り出して手早くメッセージを送る。
程なくしてメッセージではなく着信を告げる音が愛車のスピーカーから聞こえ、アイドリングをしながら通話に応える。
「ハロ」
『リアム? どうした?』
スピーカーを通して聞こえてくる声は三日前に聞いた悲しい声と瓜二つだったが、今は悲しさなど微塵も感じられないハリのある声だった。
背格好や顔立ちだけではなく声もそっくりだと感心しつつ急に悪いと一つ詫び、単刀直入に聞くがライトマイヤーとは誰だと疑問を投げかけて沈黙を受け取ってしまう。
「イチロー?」
『・・・ライトマイヤーがそっちに行ったのか?』
リアムの呼びかけにスピーカーの向こうで重苦しい溜息が落ちるが、リアムが何かを返す前にやっと納得出来たと苦笑されてどういうことだと首を傾げると、慶一朗と連絡が取れなくなったと教えられて目を見張ってしまう。
「イチローにも連絡をしなくなったのか!?」
お前たち双子はたとえ腕を捥がれようが何をしようがお互いに連絡を取り合っていると思っていたのにと、付き合い出して一年の間に理解した二人の関係性を思い浮かべつつ心なしか呆然と返すと、ライトマイヤーがそっちに行ったのというのなら理解できると溜息混じりに返される。
「そのライトマイヤーって誰だ?」
もし良かったら教えてくれと告げるがすぐさま返事はなく、ああと何かに気付いたリアムがステアリングを一つノックして情けないことだがと、三日前の夜の出来事を掻い摘んで説明をする。
『別れた・・・!?』
「ああ・・・俺としては、前と同じで急に怖くなっただけだと思っているけどな」
そういえばあの時は何故急に別れ話をされたのかと思い出した時、リアムの中でまだ抜けない棘のように引っ掛かっていた言葉が抜け落ちる。
『お前がいつかいなくなる、それが怖い』
あの時、己の腕の中で小さな小さな声で本心を吐露した慶一朗の姿を思い出し、ついで己の腕にうっすらと残っている歯型へと目をやる。
そこに薄く残る歯型は叫び続ける慶一朗を止めるためにリアムが己の腕を突っ込んだ結果、歯が当たって切れてしまったのだが、その傷を見てまたあの時のように失う恐怖を思い出したのだとすれば。
そこまで思考がたどり着いた時、どうしたと問われていることに気付いて顔を上げる。
「イチロー、ケイはもしかして極度に失うことを恐れている?」
『・・・ああ、その通りだ』
俺が大阪の家から世界へと引っ張り出したが、中学高校とずっと一緒で、同級生たちからは双子というよりは親子のようだと揶揄われていたと教えられて愛車の天井に長い息を吐きかける。
『何かあればすぐに暴れて部屋にあるものを壊すくせに、それが失くなるのが怖いといつも言っていた』
慶一朗を誰よりも知る双子の兄の言葉にただ無言で頷くしか出来なかったリアムが、ならその恐怖を取り去るか薄くさせれば良いのかとフロントガラスの向こうに広がる夕焼けに顔を向けて問いかければ、ああという短い答えが返ってくる。
『ライトマイヤーがそっちに行ったのが三日前なら・・・日本に来た後だな』
「そっちにも行ったのか?」
『突然学校に来た』
かなり驚いた事、元気そうだから安心してあの人に報告できると言っていたと、まるで唾棄すべき男だと言いたげな声で総一朗がライトマイヤーの来訪について伝えるが、あの人と聞いた時、リアムの中で最も大きな棘のように突き刺さっていた言葉が蘇る。
俺に親はいない、あの女は総一朗の母親だとの言葉を伝えるべきか悩んだリアムだったが、隠していても仕方がないと腹を括り、ライトマイヤーが病院に来たらしいその夜に慶一朗から聞かされたことを伝えると、驚きに息を呑む音にリアムが目を伏せる。
『・・・まだ、そう思ってるのか』
慶一朗が笑いながら告げた言葉に衝撃を受けたらしい総一朗の声にリアムが無言で頷くが、極度の怖がりだと分かれば大丈夫だと力強く返し、どういうことだと問われて見えないのに声と同じような強い笑みを浮かべる。
「別れを選択したのはケイの間違いだったって教えれば良いだけだ」
そしてその後、お前の体はもうお前だけのものだからとそちらも教えれば良いと笑い、スピーカーの向こうに再度息を飲ませてしまう。
「ダンケ、イチロー」
ケイには悪いが俺は別れるつもりも別れたつもりもないとも笑ってこれで展望が見えたと頷くリアムに、日本で心配している総一朗があいつを頼むと小さな声で懇願してくる。
その声にもちろんと素直に返したリアムは、もし上手くいかなかったらまた連絡をするから対策方法を教えてくれと朗らかに懇願し、呆気に取られたような声にああと頷かれてもう一度礼を言って通話を終える。
「────良し!」
やはりどう考えても別れを選択したのは慶一朗の過ちだとしか思えず、ならばいつかのようにちゃんと向かい合ってお互いの心の奥底の感情を伝えよう、そしてそれがほんの一割程度しか伝わらなかったとしてもそれに絶望するのではなく、前を向いて歩けるように心を寄せていこうと決めると、腹の虫の盛大な音に空腹をようやく覚え、今から帰ると誰に告げるでもなく呟き、ステアリングを握ってシフトレバーを操作するとアクセルを踏み込むのだった。
自宅に向けて愛車を走らせるリアムの顔は、今朝とは別人のように晴れやかだった。