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いてあたりまえ。
俺の思ってることは解ってて欲しいし、お前が思ってることも誰より解っていたい。
かけがえのないひと。
アクセルとブレーキのかんけい。
ゆいいつあまえられるメンバー。
けっきょく、いちばんだいじなひと。
…でも、
【そう 思っているの はお前 だけ だろ】
ひやりと、寒気に似た不快感で目を開く。頭上には、薄暗い見慣れた事務所の天井。
ソファに横になったところまでは覚えているが、いつの間にか寝落ちしてたらしい。
疲れと睡魔から、まだぼうっとする頭で辺りを見回すと、ちょうど部屋から出て行こうとする、これもまた見慣れた背中が視界に映った。
「仁人」
思わず名前を呼ぶと、そいつは肩を跳ねさせ、うわびっくりしたと言ってこちらを振り返る。
「あれ、起きた?ごめんごめん、しくじったわ」
完全に気配消したつもりだったんだけど。少しだけバツの悪そうな顔で苦笑いしながら、仁人は未だソファに寝転んだままの俺の側へ寄ってきた。
「なに」
「……」
「え、呼ばんかったっけさっき」
「……」
「はぁ?」
無言を貫く俺を見下ろしながら、仁人は眉間と額に皺を寄せ、怪訝な顔で首を傾げる。
「何、寝ぼけてんの?もしもーし」
返事がないことを不審に思ったのか、仁人は俺の顔の前でひらひらと左手を振った。
俺はその左手を条件反射ですかさず掴んで、自分の頭の下へと、腕枕よろしく引き込む。
「お、えぇ!?」
俺に引き摺られ、仁人はバランスを崩しソファの傍にゴンと少々痛めな音を立てて膝を付く。
「いっった!おま…ちったぁ力加減をさぁ!」
わぁわぁ喚くのも無視して、仁人の腕を離さないよう両手で掴み直し、ごろんと横向きに寝返りを打って、目を閉じる。
俺がここに来た時、確かに照明は着いていて明るかった。でも、目を覚ました時には消えていた。まただ。きっと、また俺を気遣ってゆっくり休めるよう、自分の楽屋でもあるはずなのに、本当は自分も休みたいだろうに、なるべく気配を消して、出て行こうとしていた。
簡単には言い表せない、どうしようもない気持ちが湧き上がってきて、不覚にもなんだか泣きそうになる。
疲れてるけどしんどいけどくるしいけど、まだまだ無理できるし頑張れるし頑張りたい。
(…そう。俺、今寝ぼけてんの。疲れてんの。)
だから、こんくらい、許してもらっていい?
不意に利き手を引っ張られたもんだから、予備動作なしに床に着いた両膝がじんじんと痛い。
しかし、この痛みを引き起こした張本人は、我関せずな顔で俺の左前腕を枕にして、再び目を閉じてしまった。
「おい、ちょっと。さのさ〜ん?」
呼び掛けてもがんとして目を開けようとはしない勇斗に聞こえるよう、深い溜め息をつく。
目を閉じていても眼球が動いている様子から、起きているのは明らかで。
俺は今度は本人に聞こえないよう、胸の内だけで溜め息を吐いた。
(…なんなんだこいつ。)
自分から距離詰めるのはOK。でも相手から来られるのはNGなややこしい奴。
長年の経験から導き出した法則を破ることにはなるが、俺はそっと、空いている右手で勇斗の髪を漉くように撫でる。
一瞬ぴくりと反応したが、予想外に俺の右手は振り払われることなく、勇斗はされるがまま目を閉じ続けた。
「珍し。嫌がんないんだ」
「………」
まるで意地を張る子供のように、ぎゅっと目をつぶる勇斗の顔を見下ろしながら、微笑ましさと同時に、じわじわと、不安が湧き上がる。
お前、こんならしくない振る舞いをしてしまう程、追い詰められてんじゃないの。
気持ち的にも体力的にも、きついでしょ。
俺らの為とはいえ、働き過ぎなんじゃない。
無理はいいけど無茶はしないでよ。
俺、心配なんだけど、お前が。
このまま燃え尽きてなくなんじゃないかって。
お願いだから、頼むからやめてくれよ。
お前いなくなったら、俺どうしたらいいんだよ。
ぐるぐると、頭を過ぎる思考を振り払う。
解る。そうじゃない。
そうじゃないんだよな、勇斗。
「頑張ってるねぇはやちゃん」
「……」
「甘えたくなっちゃったかぁ」
「……」
「アレでしょ、また結婚したくなったっしょ」
とうとう堪えきれなくなったのか、勇斗はぶはっと吹き出し、顔をくしゃくしゃにして笑う。
「お前さぁ、」
呆れたように爆笑する勇斗に釣られて、俺も笑う。
そうだよ。
お前はそうやって、笑っててよ。
いてあたりまえ。
お前が思ってることは誰より解っていたいし、俺の思ってることも解ってて欲しい。
お前は掛け替えのない人で、俺はブレーキで、お前はアクセル。だから解るよ。きっとブレーキを踏むのは、今じゃない。
お前以上に大切なひとなんて、俺にはいないんだから。
それだけは、どうか解っていて。
end.