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――――あの後、先生がきて授業は終わりを迎えた。
勝利の余韻はまだ冷めない。
気分の高揚が収まらない。
あの場所でまだ戦っているかのような錯覚さえ覚える。
きっと、この熱を持っているのは僕だけではないはずだ。
この熱を抱えたまま、僕たちは更衣室にて汗を拭いていた。
「今日はお疲れ様」
長椅子に腰を下ろして、そう切り出したのは桐吾だった。
それに応えるように康太が、
「あーもー。思い返すと、やっぱ悔しいわ。もっと上手くできたっていうか……」
「あればかりは仕方がないよ。康太はあんなに強い相手を正面から押さえ込んでくれたんだ。逆に自分を誇っていいと思うよ」
桐吾のいうことは、まさにその通りだ。
時間的にはそこまで長くなくても、あそこまでの強敵を目の前に1人で耐え忍んでいた。
それはもはや、今回の演習において一番の功労者といえる。
その言葉を聞いた康太は、
「ありがとよ。あー! 燃えてきた。燃えてきた! 俺、先に帰るな。んじゃっ!」
と、急いで着替え終え、僕たちの返答を待つことなく更衣室を飛び出していった。
「あっはは。あれは、悔しさ未だ拭えず。といった感じだったね」
「康太のことだから、この後走り込みとかしちゃいそうだ」
「わかる。簡単に想像できる」
そんな笑い話を広げつつ、制服に着替え、袋に服を入れ終えた。
前回同様で、後の授業はなく放課後になって帰宅するだけ。
僕たちも更衣室を後にして、下駄箱に向かい始めた。
「そういえば、ここ数日言おうか迷っていたんだけど」
「なに?」
「えっと、そこまで重要ってわけじゃないんだけど、月刀さんのことでね」
そういえば、一度だけ気になった。
結月も名字に【刀】が入っている。
偶然、と思っていたけど桐吾からその話が出るということは、やはり偶然ではないということか。
「以前、というかかなり小さい頃、親戚の集まりに参加したとき初めて会ったんだけど、こう……なんというか、今とは性格……印象が真逆だった」
「へえ。今の結月を見たら、かなり疑わしいけどね」
「そうなんだ。だから、最初みたときかなり困惑しちゃってね、この話を切り出せなかったんだ」
「別に、親戚だったなんてそんなに重要なことでもないし、気にしなくていいんじゃない?」
「うん……」
僕の返しに納得いってないのか、靴を取り出しながらの返事は何かを思わせるものだった。
それでも、これ以上深堀したところで何も生まないから、聞き返すことはない。
外履きへと履き替え外に出た僕たちは立ち止まり、
「僕は反対側の門からだから。今日はお疲れ様。志信――これからもよろしくね」
その言葉と共に桐吾は手を差し伸べてきた。
――握手の合図。
そんなことは見ればわかる。でも、でも……
他人とこうして握手をするなんていつぶりだろうか。
いや、記憶にないのではなく、初めてだ……
そんなことを考えていると、
「どうかしたの? 別に、取って食うつもりなんてないよ」
「――――う、うん。……だよね。ごめん、ちょっと考え事してた」
僕は、そうはぐらかして、優しくも暖かい手と握手を交わした。
「これからもよろしく――」
なんら不思議ではない行為。
でも僕は、なんて言葉を口に出せばいいのかわからなかった。
次になんて言えばいいのかも、
「それじゃ、またね」
そう言うと、桐吾は背を向けて歩き始めた。
僕はその背に向かい、
「う……うん、また学校で」
すんなりと言葉が出てこなかった。出せなかった。
誰かにこんな言葉をかけたことがなく、言葉が詰まってしまった。
僕は、去りゆく桐吾の背中を見て、わかったことがある。
気兼ねなく接することができる関係――「またね」。なんて言葉を交わせる関係……。
仲間……いや、これが『友達』……か。
初めて込み上げてくる温かい気持ちに、薄っすらと視界が歪んだ。
目頭が熱くなる感覚を夕陽のせいにして、踵を返して帰路に就いた――。