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一年を過ぎた吉日―――私と壱都さんは結婚式の日を迎えた。

もちろん、壱都さんの立場上、仕事関係の招待客も大勢いて、親しい人だけというわけにはいかなかった。

私は二人だけの式でも十分だったのだけど、井垣グループの社長で白河家の三男という肩書は私が思った以上にすごいものだった。

結婚式費用の額を見た時は卒倒しそうになったけど、これくらいはやらないといけないと白河のお祖父さんから言われてしまった。

チャペルに始まり、ホテルでの披露宴。

その後は電飾したクルーズ船の船上で二次会をし、次の日まで周遊してからまた港に戻り、解散。

貸し切った船は高級クルーズ船で招待客の宿泊もできるようになっており、楽しんでもらうためにレストランやカジノ、音楽の演奏まで準備されている。


「朝早くから準備しているから、疲れたでしょう」


「少しだけ。でも、これからですから」


新婦の控え室に来てくれたのは壱都さんと籍をいれてからも、私をなにかと気にかけてくれている習い事の先生達だった。


「ウェディングドレス、とても似合っているわ」


「綺麗で壱都さんがびっくりするんじゃないかしら」


「いいわねぇ、ドレス。私達の時は着物がほとんどでしたからね」


親族のいない私が習い事の先生達に親族として参加していただけないかとお願いに行くと、すごく喜んでくれた。

先生達から私に生花の大きなブーケがプレゼントされた。

そのブーケはドレスの色と同じ白い花でカサブランカとカスミソウ、バラに緑の葉が差し込まれたブーケ。

さらにスズランのミニブーケをテーブルごとに作って、飾ってくれた。

ピアノの先生が旦那様からプロポーズの時にプレゼントされたのがスズランだったからと言っていた。

今日も先生は胸元にスズランのブローチをそっと身につけている。


「朱加里さんのドレスはフランス製のウェディングドレスなんですってね」


「壱都さんが選んだんですよ」


ドレスのカタログが大量に届いたのには驚いた。

私に選んでと言ったけど、選びきれず、カタログの山にぐったりと倒れていると壱都さんが気に入ったものをいくつか選んで、その中から私が気に入ったものにした。

ドレスはオフショルダーになっており、後ろには大きなリボン、細かく編まれたレースは見事で素人の私でさえ、素晴らしいと思った。


「それにしても、結婚式までに片付いてよかったこと」


「そうですね。私も迷いましたけど―――」


お祖父さんの遺言が認められて、遺言書は有効となり、遺言通りになった。

いくらか現金を相続した父達だけど、警察に捕まった紗耶香さんは保釈金を支払い、父はアルコール依存症のため入院、芙由江さんは浪費癖が治らず、ため込んだ借金でお金は全部なくなってしまったと聞いた。

当然、井垣の家に三人は住むことはできなくなり、今は芙由江さんの実家にお世話になっているらしい。


「井垣の家にやっと戻られてよかった」


「お屋敷の灯が消えたままだと、寂しいですからね」


「きっとお祖父様もお喜びですよ」


「そうだといいんですけど」


「こんなにいい天気になったんですよ。きっと祝福していますよ」


朝まで雨が降っていたのに式の前になると、不思議と雨が止んだ。

窓の外は天気がよく、白い窓枠からは風で緑の木々が揺れているのが見えた。


「そろそろ、お式が始まりますね。私達は席に座りましょうか」


先生達はまるで女学生のようだった。

イキイキとして、楽しそうにお喋りをしながら、控室から出て行った。


「花嫁さん、時間ですよ」


「はい」


ドアを開け、案内されると白河のお祖父さんが待っていた。

バージンロードを白河のお祖父さんにお願いした時は驚かれたけど、壱都さんにはあの祖父を驚かせるのは朱加里くらいだと言われてしまった。

そんな驚くことだった?

その白河のお祖父さんは老いを感じさせないしっかりとした足取りをしていて、壱都さんが見たらまた『当分死なないな』と悪態をつく様子が目に浮かぶ。

なぜか、二人は会うと似た者同士なのに気が合わない。


「馬子にも衣装だな」


「ありがとうございます。正装がよく似合ってますね」


白河のお祖父さんの正装姿は貫禄がある。


「花嫁に言われても嬉しくない。結婚式で花嫁に勝るものはいないだろう」


遠回しの褒め言葉に私は微笑んだ。


「複雑な気持ちだが、井垣が悔しがっていると思うと悪くないな」


チャペルの扉が開いた。

両側の高い窓からは光が降り注ぎ、扉を開けた先には壱都さんがいて、手を差し伸べていた。

そして、私の名前を呼ぶ。


「朱加里」


あの日、私を井垣の家から連れ去った時と同じ笑顔で壱都さんはまた私をこの先へと連れて行ってくれる―――明るい未来へと。


【了】

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