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雪が降る寒い日、私は父に引き取られた―――
私に父がいたと知ったのは母の葬式の日だった。
母の友人がどこから連絡をとったのか、私の父だと名乗る人がやってきて、名刺を見せた。
「子供ができていたとは知らなかった。こちらの社会的な立場もある。面倒は見てやるが、それ以上は期待しないでくれ」
私は父のその言葉に自分が歓迎されない子であることを悟った。
そして、父の子として引き取られるのではなく、厄介者として扱われることも。
「はい……」
「ものわかりが良くて助かる」
ものわかりがいいのではない。
期待してないだけだった。
いつも過剰に期待はしないようにしている。
母は私を育てるのに忙しくて、学校の行事は一度もきてくれなかったし、アパートに帰っても一人。
今も私は一人。
母が亡くなるまで、いたことすら知らなかった父を父とは思えず、ほとんど他人のような存在でしかない。
「妻と娘がいる。わきまえて接してくれよ」
誰も庇ってくれる人はなく、言われるがままに私は静かにうなずいた。
少ない荷物をまとめ、父に連れられてやってきたのは大きなお屋敷だった。
「朱加里お嬢様。坂の下から坂の上まで全部、井垣の土地なんですよ」
「おい。お嬢様なんて呼ぶな。それから、よけいなことを口にするな。財産が欲しいと言い出したらどうする」
「は、はあ。申し訳ございません」
運転手さんは父の叱責に身を小さくさせた。
フロントガラスに雪が落ちては消えるのを眺め、心を無にした。
黙っていることが賢いのだと自分に言い聞かせて。
玄関に車が横付けされると、私に声をかけることもなく、車を降りて、お屋敷の中へと入っていってしまった。
入ってもいいのだろうかと、しばし玄関先に立っていると運転手さんがやってきて、優しく言ってくれた。
「寒いでしょう。中へどうぞ」
玄関に入ると、お手伝いさんらしき年配の女性達がジロジロと私を見て、ひそひそと話していた。
きっと井垣の家の人達は私が来ることを知っていたのだろう。
全員から、私に対して好奇の視線を向けられているのがわかった。
「おい!こっちだ!」
父の声が私を呼ぶ。
呼ばれた部屋へ早足で向かうと一般の家よりずっと広いリビングには外国のような暖炉と天井にはシャンデリア、壁には絵画が飾られていた。
そこは家族がくつろぐためのリビングだった。
「ふぅん、あなたがそうなの」
「悪いな。芙由江。引き取ることになってしまって」
「いいのよ。ちょうど使用人が一人辞めていなかったから」
父と話していた女性―――芙由江さんは私を蔑んだような目でみると、くすりと笑った。
宝石がついたネックレス、指輪、大きな花柄のワンピースに毒々しい赤の口紅。
濃い化粧や着飾ることが好きではなかった私の母と正反対のタイプで、私を見て地味な娘だとでも思ったのだろう。
「お母様。そこそこ綺麗な顔でよかったわね。使用人とはいえ、私の姉にあたる人間があまりみっともなくても嫌じゃない?」
「あら、そうね」
私はまったく笑えなかったけれど、笑い声が響いた。
そこには私を除いた家族団らんの姿があった。
私の父もその家族の中に含まれていて、私は暖炉を囲む家族を一番遠くから眺めているような―――そんな存在だった。
「これから、よろしくね。お姉様」
「紗耶香。お姉様なんて呼ぶのはやめてちょうだい。愛人の子よ」
初対面だというのに言葉にはまったく遠慮というものがない。
私は言い返せずに制服のスカートをぎゅっと握りしめた。
思っていた以上に冷たかった。
母が死に身寄りのない私をお金持ちの父が迎えにくるというドラマのような展開に胸を踊らせたわけではないけれど……
一人ではないことが少しだけ嬉しくて、胸のうちのどこかで期待しないと決めていたくせに血の繋がりに期待していたのだろう。
歓迎されるわけがない。
私は母が勝手に子供を産んで育てていた子。
「私のことは奥様、もしくは芙由江さんと呼んでちょうだい。それで、あなたの名前はなんていうのかしら?」
私の身なりを確認して満足したのか、芙由江さんはハイブランドしか載っていないファッション雑誌から目を離さず、紅茶を口にして言った。
「朱加里です」
「そう。あなたを引き取ってあげたけど、まさか私の娘と同じように暮らせるとは思ってないわよね?」
「はい……」
父は私がなにを言われようと庇う気はないらしく、知らん顔をしていた。
愛情があって引き取ったというよりは世間体を気にして引き取っただけなのだろう。
下手をすれば、父は芙由江さんよりも私のことをどうでもいいと思っていても不思議ではなかった。
芙由江さんは私の顔を見ずに赤いマニキュアを塗った爪を見ながら言った。
私より爪のほうが大事だと言わんばかりに。
「わかってるならいいのよ。学費と生活費だけはめんどうをみてあげるわ」
「ありがとうございます」
お礼なんか言いたくなかったけれど、母と住んでいたアパートは引き払ってしまったし、他に行くあてもない。
まだ十七歳の私はあまりに無力すぎた。
「その代り、お祖父様のお世話をしてね。天涯孤独なあなたにとって、お祖父様は大事な血縁者でしょ?できるわよね?」
「はい」
「朱加里。私のことは沙耶香さんと呼んでね」
異母妹は私を使用人と同じだと認識したらしい。
そして、私がなぜ正妻や異母妹のいるこの家に引き取られた理由がわかった。
私に病気の祖父の世話をさせたかったのだと―――ようやく、気づいのだった。