TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
それでもいいから…

一覧ページ

「それでもいいから…」のメインビジュアル

それでもいいから…

7 - 第7話 童貞じゃ役不足

2024年09月27日

シェアするシェアする
報告する



「シルキーハウスの木元です。今日はお忙しい中、そしてお疲れの中、当社主催の親睦会にご参加いただき、ありがとうございます」


木元が茶色いロングヘアを前に垂らしながら一礼する。


(お辞儀つうのがなってねぇな。腰から折るんだよ。折んの!曲げるんじゃねえんだよ!)


紫雨はそのなよっとした動きに心の中で唾を吐いた。


「それでは親睦を深めながら、これから、セゾンエスペース天賀谷展示場様とシルキーハウスのさらなる発展を願って!乾杯!!」


(いやいや、あんたらみたいな社員数10人以下の小会社と、従業員数8000人を超える全国展開のハウスメーカー、一緒くたに並べないでくれる?)


紫雨はジョッキを掲げると、ビールと共に毒も飲み込んだ。


パチパチとまばらな拍手が続く。


元マネージャーであり、今回、シルキーハウスの採用を斡旋した室井の他の3人の老輩たちは参加を辞退し、結局集まったのは、室井、紫雨、飯川、林の4人だった。


そして―――。

偶然か仕組まれたかはわからないが、向こうも来たのは女子社員4人だった。


「外構業者なのに、男性スタッフいないの?」


紫雨は半分ほど開けたジョッキをテーブルに置くと、木元を覗き込んだ。


「あ、いえ、いるんですけど、今日は、ね?」

言いながら周りの女子社員を見回す。


みんな大体20代後半から30代前半に見える、外構業者というよりキャバ嬢のような派手な女たちだった。


(舐めやがって……)


紫雨は木元を鋭い目で睨んだ。


こっちが男しかいないと思って、女を宛がってくるような会社にイライラする。本当に仕事の話をするなら、こんな事務やお茶出しの女たちではなく、営業と設計を連れてくるべきなのに。


「社員、何人いんの?」

「えっと、8人です」

「営業2人、設計2人って感じ?」

「あ、はい、そうです」


(実際の作業は土方や左官屋がするとして、現場監督もしないっていうことか。それとも営業がそれも担うのか。どっちにしろ)


今度は室井を睨む。


(中途半端な業者見つけてきやがって…)


「どうも、マネージャーの紫雨です。こっちとしてもこれから仕事を任せるうえで、何点か聞きたいことがあるんだけど」

言うと、木元の顔が強張る。


「昨年度の件数実績は?外構ってどこまでお願いできるの?融雪の種類とか、㎡単価も合わせて教えてもらいたいんだけど」


言われた木元が困ったように微笑む。


「そういう詳しい話は室井さんの方にお話しさせていただいているので、後程資料をご確認いただければと思います。本日は懇親会なので……」


「そーですよ!!仕事のことは、仕事の時間に話しましょ、ね?」


紫雨の物言いに不穏な空気を感じ取ったのか、飯川が焦って場を取り持つ。


紫雨はジョッキ片手に、後ろの壁に背中をついてしょうがなく身体を引いた。


隣に座る林も、どこに視線を置いていいのかわからないようで、ただただお通しのマグロとメカブの山かけを眺めている。


「ほら、紫雨さん、ここは魚がうまいんですよ。食いましょうよ」


飯川が必死で盛り上げようとする。


そう言えばこの男も独身だ。自分が興味ないから聞かないだけだと思っていたが、今日、ここに出会いを求めてきているんだとしたら――。


隣の青白い顔をしている林のことも盗み見る。


(そうだよ、もしかしたら、こいつ脱童貞のチャンスじゃねえか)


目の前で、マネージャーである紫雨の気配を見守っている4人の頭の悪そうな女たちを見る。


(まあ、筆下ろしにはちょうどいいかもな)


軽く息をつくと、紫雨はジョッキの中身を飲み干した。


「ねえ、今日って飲み放題?」

木元に聞く。


「あ、はい!そうです!じゃんじゃん飲んでください!」

木元は上下につけ睫毛を貼った大きな目で微笑んだ。


「よーし、飲んじゃおっかな~!」


言うと飯川がそそくさと紫雨のジョッキを片付け、「お姉さーん、生1つー!」と叫んだ。




気がつくと、隣には女が2人、紫雨を挟むように座っていた。


「あ、そうなんだ。俺もどっちかというと猫派だなー。だって犬と違って臭くないじゃん?」


「えー、ひっどー」


「でもわかるー」


左右から甘い声が競うように聞こえる。


(あれ、なんで俺、2人も相手しなきゃいけねえの?)


ビールに口をつけながら周りを見回す。

飯川は木元狙いらしく、何やら向かい側で一生懸命口説いている。


女の向こう側では林が、この4人の中では一番若くて容姿の整った子と、特に盛り上がるようでもなく話している。


(あ、室井か。あいつがいねえんだ…)


視線を走らせながら紫雨は心の中で舌打ちをした。


(あのじじい。自分で引っ張ってきたくせに面倒くさくなって帰るとはどういうことだ)


「紫雨さんって、彼女とかいるんですかぁ?」


隣に座った、どこか時代遅れの黒髪のおかっぱ頭の女が聞く。


「俺?」


女たちの向こう側にいる林がこちらを振り返る。


(なんだよ…見るなよ、馬鹿)


「今はいないかなー?」


言いながら自分のジョッキが空になっていることに気づき、横にあったおかっぱの梅酒を勝手に飲む。


「あーん、やだ、それ、私のなのにぃ」


これまたどこか時代遅れの真っ赤なリップをつけた女が唇を尖らせる。


「いーじゃん、飲み放題でしょ?」


言いながら微笑むと、やけに上に塗られたチークの下の頬を染めて女が少し重心をこちらに移した。


クールビズで半袖のワイシャツを身に着けているため、露出している紫雨の肘に、女の半袖のニットで強調された胸が当たる。


「………」


鳥肌が立ちそうになるのを必死でこらえ、紫雨はグラスの中身を飲み干した。


◇◇◇◇◇


「……紫雨さん?大丈夫ですか?」


目を開けると、いつの間にか自分は、トイレの前のベンチに座り込んでいた。


「なかなか帰ってこないから心配になって」


なかなか焦点が合わない視線でその男を見上げる。


「……ああ、林か」


呟いた上司に林は眉間に皺を寄せた。


「だいぶ酔ってま……あっ」


その言葉を聞く前に、紫雨は体勢を崩し、ベンチから落ちそうになった。


「あーもう、大丈夫ですか?」


林が紫雨を引き起こし、隣に座って自分の肩にその体をを凭れかけさせた。


「……そんなに酔って。夜遊びばっかりしてるからですよ」


可愛くない小言を呟いている。


「………お前に何が分かんだよ」

途端にイラつき、紫雨はその肩に寄りかかったまま、部下を見上げた。


「お前、こんなところで、油売ってんなよ」

「はあ?」

「俺のことはどうでもいいから、さっさとチンコを女のゆるいマ〇コに突っ込んで来いっつってんだよ」

「………」

林は紫雨を支えていない方の手を眉間辺りに当てた。


「ほんと、あなたは……。もう、帰りますよ」


「俺のことはいいって言ってんだろ」


「立てないでしょう?歩けないでしょう?」


林が紫雨の脇に肩を入れて抱えようとする。


「いいって!」


紫雨は渾身の力を込めて林を突き飛ばすと、その端正な顔を睨んだ。


「適当な男呼ぶからいい。お前は女連れて帰れ!」


林の表情が固まる。


(……なんだっつうんだよ、こいつは)


意味不明な部下にうんざりしながら、紫雨は項垂れた。



腕時計を見つめる。

まだ23時だ。

この時間なら誰かしら捕まるだろう。


「……それで今日も、その男とセックスするんですか?」


林が紫雨の前に立ち、こちらを見下ろした。


「まあ、そうね。一発くらいは相手させられるだろうな」


「あなた、タチじゃないんですか?」


「………は?」


紫雨は鼻で笑った。


「ノンケのお前からそんな単語が出てくるなんて、世も末だな」


紫雨は笑いながらベンチの背面に凭れ、顎を上げて林を笑った。


「どっちでもいーんだよ、俺は。何でもいいし、誰でもいいの。でも今日くらい酔っ払ったら勃たねーだろうから、ネコしかできないけど」


「…………」


見上げた林が二重に見え、右回りに回り出す。


それでも彼が自分をまっすぐに見下ろしていることだけは分かった。


「―――、――ですか…?」


林の声は、奥から聞こえる飯川と女たちの声にかき消された。


「は?」


林の顔が赤く染まっていく。


「なんだよ?はっきり言え。それでもお前、営業か!」


言うと、林はキッとこちらを睨んだ。


「誰でもいいなら、俺でもいいんですか?」


「……は?」


「今夜の相手、俺でもいいんですか?」


(………)


紫雨は口をあんぐりと開けた。


(何言ってんのこいつ。ノンケだろ?……まさか、何度かこいつのこと抱いたことで、男とのセックスに目覚めちゃったとか?)


腹の奥から暗い笑いが込み上げてくる。


「馬鹿か、お前。何聞いてたんだよ。俺、今日はもう勃たねえって言ってんだろ」


「…………」


林の顔がますます赤く染まっていく。


「……は、まさかお前、俺を掘る気?」


とうとうリンゴのように赤くなった顔を紫雨はあきれ果てて見上げた。


「俺に突っ込むなんざ、100万年早いんだよ」


言うと、林が何かをこらえるように口をへの字に曲げた。


「聞こえなかったか?童貞じゃ役不足だって言ってんだよ。わかれよ、それくらい」


言うと、大きく息を吸い込み、そして深いため息として吐き出した後、林はみんなの席へと戻っていった。


「馬鹿かあいつ」


紫雨は勢いをつけて立ち上がった。


「おかげで酔いも冷めたわ」


言いながら、ベンチの背に手を付きながら、ふらつく足を何とか動かすと、木元が会をしめようとしている座敷へ上がっていった。



それでもいいから…

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

0

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚