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#オカルト
リユ
7
聖次
693
【ミラードの執務室】
「陛下! 魔王軍が突如、西のファーレン商業都市へ侵攻を開始しました!」
メアリーを転送してから、数週間が過ぎた頃。
フィルモア王国は最悪の報せに見舞われていた。前回の戦から2ヶ月弱しか経っておらず、対応が遅れに遅れた結果、要衝であるファーレン商業都市の第一城塞都市が僅か数時間で陥落――完全に隙を突かれたのだ。
とは言え、この都市は頑丈な城壁があと二つ残っている。完全制圧するにはまだまだ時間が必要だ。ギリリ歯を軋ませるミラードは派兵の指示を出す構えだ。
「第一近衛兵団を派遣せよ! 即刻、奪還するのだ!」
対応を迫られた国王ミラードは、機動力に優れた第一近衛兵団の派兵を決断する。メアリー捜索の時とは違う、今回は全軍出撃だ。間もなく、三百機近いファウストワイバーンが王都から緊急離陸していく。
だが、最強と謳われる第一近衛兵団が大空へと消えた矢先、さらなる凶報が舞い込む。
「報告します! 今度は魔物の大群が、東のガルド村に迫っております!」
「なん……だと!?」
最前線に最も近いガルド村。王都に駐在する普通科旅団では到底間に合わない。前触れなき同時多発侵攻に、ミラードは苦渋の決断で第三近衛兵団の投入を命じた。
「なぜこの時期に……。まさか、奴らの狙いは……第二近衛兵団は出立の準備」
戦況は西と東に完全分断。
王城には普通科旅団と機械化旅団が残っているため、守り自体は揺るがない。だが、機動戦力は城内を死守する第二近衛兵団を残すのみとなってしまった。
間もなく収穫期を迎える広大な小麦畑は大陸の内部にあり、早々に攻め込まれる距離ではない。しかし、ミラードの脳裏には不吉な予感がこびりついて離れなかった。
――実は、先の戦の影響で普通科旅団は未だ再編中。
現在、王国の『大陸内部』を守る防衛線は、かつてないほど手薄な状態に陥っていたのだ。
【メルド村・駐屯地(仮)】
メアリーがこの村から旅立って数週間後。
ちょうど村人たちが農作業に出向こうかという爽やかな時間帯――。
メルド村の正門近くに、突如として砂塵を巻き上げながら、第三近衛兵団の飛竜が降り立った。
「お、お疲れ様です、騎士様……っ」
「第三近衛兵団のサリヴァン騎士団長だ。急な頼みで悪いが、ここを一時的な駐屯地として使わせてくれないか?」
話を聞けば、さらに西にあるガルド村へ突如として湧き出した、魔獣討伐の足がかりとして立ち寄ったのだという。
村長のバリスタ――もとい、改名して『ネスレ』となった元盗賊頭領は、最初こそ「ついに討伐隊が来たか」とビクビクしていたが、騎士たちの態度は驚くほど穏やかだった。そればかりか、「新しい村(開拓地)が出来ていて助かる」とまで言われ、心底ホッと胸をなでおろす。
「こ、このような未熟な村ですが、可能な限りお力になります!」
「恐れ入ります、ネスレ村長。あなたの噂は、ウィラード騎士団長から伺っておりますよ」
そう言って気さくに微笑む騎士の態度に、ネスレは察した。
――まぁ要するに、あのメアリーが勝ち取った『血判状』の効力が、恐ろしいほど絶大に利いているのだ。
ほんのわずかな期間しか関わらなかったというのに。ネスレは心の中で、すでに遠い空の下にいるだろう眼帯の少女に対し、感謝してもしきれないほどの謝辞を捧げていた。
「我ら、こう見えて剣にはちょっとばかし覚えがありやすんで! 防衛でも何でも、好きに使ってくださいまし!」
「うむ、それは助かる。かつての腕前、今度は悪者を痛めつけるために貸してくれ(笑)」
元盗賊という経歴を隠すどころか、「ならその腕、頼りにさせてもらうよ」と受け入れる近衛兵団。
メアリーという少女の話は、当然サリヴァンもウィラードから聞かされていた。
『あのお嬢さんを怒らせるのは厄介だし、俺の勘だが、得点を稼いでおいた方が色々面白そうだ』
冗談交じりにそう話していたウィラードの顔が思い浮かぶ。
決して口には出さないが、メアリーが城に入ったその日に発動されたあの大規模魔法陣には、彼女が深く関わっているに違いない。多分この先重要人物になるのだろう――サリヴァンは直感的にそう感じていた。
元盗賊たちの協力を惜しまない強力なバックアップを取りつけたことにより、王直轄の近衛兵団と元盗賊団という、奇妙な組み合わせの混成部隊が誕生する。
目指すは東のガルド村。
彼らは砂塵を上げ、一丸となって戦地へと駆け出していくのだった。
【ガルド村・周辺】
一足先にガルド村に入ったサリヴァンは、村長を名乗る男に状況を聞いていた。
「それで、村長どのような状況なのでしょうか」
「良く分からないのですが、近づいては離れを繰り返しているのです」
降り立つ前、上空から確かに魔物の姿は見えたが、こちらの飛竜を確認すると森の奥深くに隠れ始め、違和感を覚えていたのだ。
「ふむ、襲われてはいないのだな」
「朝早くキノコ採りに行った婆さんに聞きましたが、手で追い払われたそうです」
聞けば聞くほど妙な話だった。村を襲うわけでもなく、森の中で出会ったにもかかわらず襲わない。考えられるのはひとつしかない――「テイマーが操っている」。これにしか行き着かなかった。
「さて、反応を見るために奴らを試してみるか」
ズドドドと地鳴りのような地響きが聞こえ、馬に乗ったネスレの到着を知らせてくれる。サリヴァンは広場へと向かい、早速元盗賊たちを使ってみることにする。
「――なら騎士様、小汚い小競り合いなら俺たちの十八番だ。先陣はあっしたちに任せてもらいやせう!」
サリヴァンの言葉に応じたのは、やる気に満ちたネスレ率いる元盗賊の面々。
かつては夜盗として鳴らした男たちだ。近衛兵団が仕掛けるよりも早く、彼らは流れるような連携で森の境界へと散り、獲物を誘い出すように武器を構える。
ザザッ、と草むらを割って、再び魔物の大群が姿を現した。
「オラァッ! かかってきやがれ異形のド畜生ども!」
ネスレの怒号を合図に、元盗賊たちが一斉に斬り込む。小規模な乱戦が始まる――そう誰もが身構えた、その時だった。
キィィィィン! と金属音が響く。だが、それは激しい命の削り合いの音ではなかった。
「……んあ? なんだこいつら、手応えがねえぞ!?」
前衛に出たネスレたちが異変に気づく。魔物たちは、鋭い爪や牙を剥き出しにして猛然と襲いかかってくるポーズは見せるものの、こちらの刃が届く直前で、まるで計算されたかのように一歩身を引くのだ。
こちらが踏み込めば、あちらが退く。こちらが間合いを外せば、あちらがじりじりと距離を詰めてくる。
――着かず、離れず。
仕留めようと深追いすれば森の奥へとするりと逃げ、無視して引こうとすれば背後から嫌がらせのように突っついてくる。戦いは、文字通りあっという間に奇妙な『膠着状態』へと陥ってしまった。
「チッ、なめやがって! 逃げんじゃねえ!」
翻弄されるネスレたちが苛立ちの声を上げる中、後方でその光景をじっと見つめていたサリヴァンの目は、冷徹にその本質を見抜いていた。
(やはりな……。これは野生の魔物の動きではない。明確な意志を持って、我々をここに釘付けにしようとしている)
じわりと、サリヴァンの背中に冷たい汗が流れる。
この膠着状態そのものが、敵の『テイマー』が描いたシナリオなのだとしたら。奴らが本当に狙っているのは、このガルド村ではなく――。
【ミラードの執務室】
カチャ……カチャカチャ、と導入したばかりの魔導通信装置がせわしない音を立て、真っ黒い箱から長い紙の帯を吐き出していく。
「へ、陛下! 陛下っ! ファーレン……商……業……都市から、ま、魔……王軍が……て、撤退、です!!」
その紙帯を引きずるようにして、息を切らし通信兵が駆け込んできた。まだ符号の解読に慣れていないのか、その報告はひどくたどたどしい。
「おい、ちゃんと解読してから話せ! 聞き取りづらいわ!」
ミラードは声を荒らげつつも、物凄い違和感を覚え、即座に思考の海へと沈んだ。
(何だか妙だな……。あの都市は攻め落としにくいはず。この時間なら、まだほとんど交戦すらしていないはずだぞ?)
ファーレン商業都市は、重要機能を一箇所に集めず複数に分散させた広大な都市だ。それを囲う城壁は高く、堅牢な『三重の構え』となっている。今回の急襲で破られたのは、一番外側にある北の第一城壁のみ。食肉を中心とした市場こそ被害が出ているが、都市の本質的な機能は無傷に近い。
――だというのに、引くのが早すぎる。
何かの策略であることは間違いなかった。だが、ミラードはそれを「敵の戦力不足による頓挫」か「一撃離脱の嫌がらせ」程度に捉えていた。今すぐ奴らの撤退ルートに追手を放てば、十分に間に合う距離だ。
「よし。あのポンコツ勇者を後追いで急行させろ。夜間行軍を強行させれば、明日の早朝、国境の境界線手前で奴らの背中を捕らえ、迎撃できるはずだ」
「はっ、畏まりました!」
そもそもファーレン商業都市は内陸部に近く、一番近い魔人領まで退却するには、どれだけ急いでも丸一日は必要となる。撤退する魔王軍は歩兵の群れを抱えているはずだ。足の遅い彼らなら、今から追撃すれば境界線の前で確実に殲滅できる。
それに何より、あの使えないポンコツ勇者のレベル上げには、敗走する敵の掃討戦などうってつけの機会であった。
(……いや、待てよ。やはり第一近衛兵団は一度王都へ呼び戻すべきか? 今の城内はあまりにも守りが薄すぎる……)
敵の不穏すぎる動きに、ミラードの冷徹な脳裏を最悪のシミュレーションが過る。
もしも、西の急襲も東の小競り合いもすべてが壮大な陽動で、奴らの真の狙いが『手薄になった王城への直接侵入』なのだとしたら――。
だが、ミラードは首を振ってその懸念を打ち消した。いくら魔王軍といえど、王都の目と鼻の先に大軍を直接転送するような芸当など不可能なはずだ、と。
――人を、兵を、まるでチェスの駒のように動かす王。
ミラードは机の上の広大な地図を冷徹に見下ろし、顎に手を置きながら、己の知略がもたらす勝利を確信した不敵な笑みを浮かべていた。
己が敷いた完璧な盤面(チェックメイト)の裏で、すでに敵の「王手」が喉元にまで迫っていることなど、この時の彼は知る由もなかった。
コメント
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いやあ、これは面白くなってきましたね。ミラード王の盤面は一見完璧に見えるけど、サリヴァンが気づいた「膠着状態そのものが陽動」って伏線が不気味すぎる……。そして何より、メアリーが村に残した"血判状"の効力が思わぬ形で効いてるのが嬉しい驚きでした。彼女の旅の痕跡が、遠く離れた戦場で味方を結びつけてる構造、すごく好きです。次、どう転ぶんだろう……震える。