恋人に嫉妬○○したい五条悟
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初めに言っておくと、決して彼女に意地悪をしたいわけではないのだ。
ただ稀に、ごく稀に思ってしまう。もう少し感情の昂るまま、本能に突き動かされるまま、愛しい彼女を抱き潰してしまいたいと。
彼女とのセックスは好きだ。
ケーキとチョコは欠かせなくて、苦瓜とワサビは苦手で、少しの隙間もないぐらい僕とくっつくとよく寝られるのだとふにゃっと笑う、セックスのセの字も知りませんとでも言いそうな純粋無垢に見える彼女が、そういう行為になると僕の下で気持ち良さそうに喘ぐ様はなかなかにクるものがある。もう無理、と言われれば彼女を攻める手を早めてしまうし、ちょっと待って、と言われればその小さな口を塞いで腰を動かしてしまう。……いや、決して彼女に意地悪をしたいわけではないんだけど。
そうは言いつつも僕も人の子なので、ふと最中に掴んだ彼女の腰が思った以上に細いことに気がつくと、ハッとしてしまう。もしかして、おそらく人より力が強いであろう僕が目一杯抱いてしまったら彼女は壊れてしまうんじゃないだろうか。彼女の嬌声も心なしか小さくなってきたし、もっと手加減をしないといけないんじゃないだろうか。
残念ながらそこで抱くのを止められるほど僕は大人ではないけれど、どうもそこからは多少彼女の身体を慮っての行為となってしまう。できるだけ優しく、ゆっくり、力任せにせず、丁寧に。それでも彼女はぼろぼろと涙を零しながら身体を震わせるし、僕はまだ続けたいのに疲れ果てたのか途中で気を失ってしまうし、朝起きればやれ腰が痛い股関節が痛いと訴えてくるから、きっとこの力加減が正解なんだと思う。
思うんだ、けど。(もっと遠慮せず抱きてえ〜〜〜〜〜) 何より大切にしている彼女とはいえ、僕だって健全な男なのだ。そんな邪なことを願うぐらいは許して欲しい。彼女への気遣いや思いやりを一旦全て取っ払って、抱き潰してみたいのが正直なところだ。
だが実際キツそうにしている彼女を目前にすると現れる理性が、僕の動きを止めてしまう。じゃあどうすればいいのか考えた結果、僕は気づいた。嫉妬セックスの存在に。
AVでよく見る「嫉妬セックス」は、彼女への怒りを昇華させる行為だ。怒りで我を忘れた男が気の済むまで彼女を抱き潰した後、お互いごめんねと謝って仲直りするまでが定番だと言える。
これだ! 僕はぽんと手を叩いた。彼女に対して嫉妬すればいいんだ。例えば彼女が他の男と楽しそうに話をした時や、浮気の疑いをかけられてもおかしくないようなことをした時、「僕が気にしないとでも思った?」と怒ってセックスに持ち込めばいい。その時は僕も怒りで冷静じゃなくなってるはずだから、きっと気が赴くままに彼女を抱けるに違いない。
我ながら名案だと思わず感心する。怒る理由なんて正直ちょっとしたことに言いがかりをつければいいわけで、これは近いうちに彼女を抱き潰せるなと口許が緩むのを止められそうになかった。
***
……と、思っていたんだけれど。「悟くん。ドレッシング和風とイタリアンどっちがいい?」
「今日のおかずって何?」
「肉じゃがだよ」
「じゃあ和風がいいな」
「はーい。了解」 ふんふんと上機嫌に作った料理をお皿によそう彼女をリビングのソファから眺める。今彼女が着ている花柄のエプロンは、面倒くさいからいらないという彼女を言いくるめて僕が買い与えたものだ。「オマエがエプロン着けて料理するところを見たいからお願い、着て」と懇願する僕の顔は、本気と書いてマジと読むぐらい我ながら必死だったと思う。だっていいじゃん、エプロン。新婚さんっぽいし。
二人暮らしにしては少し広めのキッチンを忙しなく彼女が動く様子は、まるで食べ物を探して森の中を散策するリスみたいだ。それかひまわりの種を求めてゲージの中を動き回るハムスター。前それを口にしたら「えー、わたし猫がいいのに」とピンク色のちっちゃな唇をつんと尖らせて言ってたけれど、いつも甘えられている僕から言わせれば、オマエはどう贔屓目にみても猫タイプじゃないんだよなあ。「いただきます」
「いただきまーす」 彼女が作った料理は美味しい。それは純粋に料理が美味しいのはもちろん、彼女が僕のために作ってくれたという加点要素もあるからだと思う。前失敗して少し焦げてしまったハンバーグも、あれはあれで美味しかったし。別にお世辞じゃなかったのに、「悟くん、何作ってもおいしいって言う」と彼女は不満そうにしてたっけ。「あのね、今日買い物に行ってたんだけど……」 休みだった彼女はいつものように今日あった出来事を口にする。こんなお店に行ったよ、あそこのケーキ屋さん美味しかったよ、悟くんにもチョコレート買ってきたから食べていいよ。そんなことを話しながらも時折、「あ、じゃがいもおいしい」とか「んーお味噌汁ちょっと濃かったかも……」とか食べているものについてコメントをするから、話がなかなか先に進まない。いつもなら「それで?」と話を促す僕も今日は特に急かさず、どうしたものかと別のことを考えながら話半分に耳を傾けていた。
嫉妬セックスをするという僕の計画は、今のところ完全に失敗していた。正直、まさかこんなに苦労するとは思っていなかった。 チャンスがなかったわけではないのだ。例えば先週も、二泊三日の出張から帰ってきたら洗面台に見慣れない歯ブラシが置いてあった。僕ははっと閃く。これはよく漫画やドラマで見るシチュエーションだ。「これ何? どういうこと? 浮気?」 怒っている雰囲気が伝わるように、彼女へ向かって出来るだけ鋭い視線を向けわざと刺々しい言い方をすれば、彼女は驚いて目を丸くする。よしこのまま嫉妬セックスに持ち込むぞと彼女の腕を掴んで「違うよ、この前友達が来た時忘れて行ったの」…………。「え?」
「だから、友達が泊まりにきたの。寂しいだろうし自分がいない時なら人泊めてもいいよって、悟くん前言ってくれたでしょ」
「……。……友達って男?」
「そんなわけないじゃん、女の子だよ」 まさか悟くん、わたしが男の人泊めると思ってるの? 機嫌を損ねてしまったのか、不満そうにこちらを睨む彼女に慌てて弁明をする羽目になったのは懐かしい。
他にはこんな事もあった。三日ほど前の出来事だっただろうか。任務が終わり高専に戻ってきた僕は、廊下で彼女と補助監督の男が楽しそうに喋っている様子を目撃した。別にそれ自体はいいけれど、彼女が僕の前でするような満面の笑みをソイツに向けているのはあまり面白くはない。なんなら距離もちょっと近すぎる気がするし。
今度こそ、嫉妬セックスに持ち込めるのでは? 気づいた僕は大股で二人に近づき、「ちょっと彼女に用事があるから」と無理矢理割り込んで彼女の腕を引っ張り空き教室に連れ込む。小さな身体を扉に押し付けると、困惑した表情で彼女が僕を見上げた。「悟くん……?」
「随分楽しそうに話してたね。ちょっと妬いちゃうぐらいだよ」 未だ状況が掴めていない彼女の横髪を手に取り、くるくると指に絡める。いつも僕のためにと念入りにケアしてくれている髪の毛は、サラサラとしていて手触りがいい。そこに口付けた後、今度はこっちにと彼女の唇に自分のものを近づけ……。「全然気にすることないよ。これもらってただけだもん」
「……何これ。チケット?」
「そうなの! 彼女さんが長期出張になっちゃったらしくて、テーマパークの無料チケットが余ってるからってくれたの。悟くんと付き合ってることは隠してるけど、彼氏さんとどうぞって。優しいよね!」
「……。…………うん」
「次お休み被るのって来週だっけ? 天気良かったらそこで行きたいなあ」 にこにこと笑う彼女の顔が眩しい。行ったらあの細長い揚げドーナツみたいなやつ食べたいなあ。なんて言うんだっけ、あれ。ど忘れしちゃった。なんて、もうすっかりテーマパークに想いを馳せている彼女に溜息を吐いて、「チュロスだよばか」と思いっきりデコピンしてやった。なんでデコピンされたのか納得できず不満そうな顔をされたけど、そんなこと知るもんか。テーマパークは楽しみだけどさ。
***
そういうわけで嫉妬セックスへの意外なハードルの高さを感じつつ、彼女とキッチンに並んで食後の家事をする。彼女はさっき食べた食器の汚れを軽く水で流して食洗機につっこむ係、僕は洗い終わっていた食器を棚に片付ける係だ。髪が邪魔なのかシュシュで一纏めに結んでいる彼女の後ろ姿を何気なく見て、そこで初めて首の後ろに赤い跡があるのに気づいた。虫刺されか何かだろうかとその跡にそっと触れると、彼女がびくっと身体を震わす。「びっ、くりしたあ……もう、悟くん何?」
「首のところ赤くなってるじゃん。どうしたの?」
「え? あ……」 僕の言葉に少し考える仕草を見せてから、思い当たることがあったのか彼女がはっとした顔をした。どうせこの前虫に刺されて、とか引っ掻いちゃって、とかそんなちょっとした理由なんだろうと思っていたのに、何も言わず気まずそうに視線を泳がせる彼女に僕の方が驚かされる。え、何その反応。「僕に言えない理由なわけ?」
「ちがっ……わない、けど」
「…………」
「…………ごめん、なさい」 は?
今ごめんなさいって言った?
つまりこの赤い跡がついたのは、僕に申し訳ない理由ってこと?
もしかして、まさか彼女に限ってそんなことはないだろうと思っていたけれど、これってキスマークなの? 僕じゃない、別の誰かがつけた。
急な展開に頭が混乱する。不測の事態には嫌ってほど慣れているはずなのに、こういう時に限って反転術式も上手く働いてくれない。
別に動揺なんてせずに、今こそしたかった嫉妬セックスに持ち込めばいい。ごめんって何だよ。理由ぐらい言えよ。謝らなきゃいけないことしたの? そう言って彼女を寝室のベッドに押し倒し、言い訳しようとする彼女の口を塞いで、服を脱がして抱いてしまえばいい。それをしたいと僕はずっと思ってたんじゃないか。ようやく来たチャンスだと、頭ではそう分かっているのに。「……悟くん」 彼女の瞳が気まずそうに揺れる。もしかして本当に浮気したのかなとか、僕にとうとう愛想を尽かしてしまったのかなとか、考え出すと気分はどんどん落ち込んでいく。こういう時きっと怒りで心が満たされてしまうだろうと思っていたのに、いざ直面してみると、僕の心を占めているのは只々悲しいという感情だった。「……僕、オマエが嫌がることしちゃった?」
「え?」
「この前お気に入りのチョコレートビスケット勝手に食べたの怒ってる? それともリビングの机でシたこと? お風呂でシてのぼせさせちゃったこと? オマエが嫌だって言ったのにオモチャ使ったこと?」
「さ、悟くん!」
「嫌なとこがあるなら、気をつけるから。……だから、この跡が誰につけられたのか、ちゃんと僕に話してよ」 自分でも情けないぐらい弱々しい声が出て笑ってしまう。周りの人がいなくなることなんてもう慣れたはずなのに、彼女が自分の手をすり抜けていくことがこんなにも怖い。
一体僕はいつからこんなに弱くなってしまったんだろう。「…………怒らないで聞いてほしいんだけどね?」
「……うん」
「悟くんが前くれたネックレスあったでしょ。去年のクリスマスにさ、お花の」
「ん? うん、あれね。覚えてるよ」 突然出てきたプレゼントの話題に疑問を抱きつつも、相槌を打って彼女の言葉の続きを待つ。「あのネックレス肌にあってないからずっと観賞用にしてたんだけど、この前どうしてもつけたくなっちゃって、こっそりつけたの」
「……」
「悟くん、前つけてかぶれた時心配してくれて、もう絶対つけちゃダメって言ってたから、バレたら怒られるとは思ったんだけど……」
「……。…………」
「で、でもね。今回はちょっと赤くなっただけだったの。だから大丈夫だよ。すごく可愛いし、何より悟くんがくれたものだから我慢できなくて……ごめんなさい」 しゅんと項垂れる彼女の頭には、ぺたりと下がった犬の耳が見えるようだ。表面上で取り繕っているわけではなく、心底申し訳ないと思ってることが伝わってくる。僕があげたネックレスを? どうしてもつけたくて? かぶれちゃって? でも大丈夫?「はあ〜〜〜〜」
「い、いひゃい、いひゃいよひゃとるくん」
「バカなこと言うのはこの口かな〜〜?」 がっくりと肩を落とし大きなため息を吐いてから、未だ眉を下げて僕の様子を窺っている彼女のほっぺをぎゅうっとつねる。むにむにしてて気持ちいいからたまにじゃれて触ることはあるけれど、こうやって力を込めて引っ張るのは久しぶりだ。「赤くなってるんだからつけちゃダメに決まってるでしょ。もっと酷くなったらどうすんの」
「うう……だ、だって」
「今度それ買ったお店行くよ」 え、やだ違うの。何かを訴えかけようとしてくる彼女を分かってるよ、と片手で宥める。「新しく別のものを買って欲しいわけじゃないんでしょ。もしかしたらチェーンだけ変えたら大丈夫かかもしれないし、とりあえず詳しい人に相談しに行こうってこと」
「! うん、行く! 行きたい!」 さっきまで垂れていた耳はぴんと立ち、尻尾をぶんぶん振るのが見える。やっぱりオマエ、全然猫タイプじゃないよ。こんな人懐っこい犬みたいな反応しちゃってさあ。
その日の夜、多少なりとも僕は彼女に振り回されたわけだし、今日こそは力一杯抱いてやろうと思ったのだけれど、やっぱりいざ僕と比べて小さな彼女が僕のを受け入れてキツそうな様子を見ると手加減をしてしまうわけで。でもこの僕が誰か他人のために優しくするなんて、これも一つの愛の形だとすれば悪くないかもしれないなとふと思った。
いや、もちろん嫉妬セックスはしてみたいんだけどね。
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