予選で当たったミメイくんとのラップバトル。
8小節4ターンのSKRYさんの音源のビート。
今日も念入りにネタを仕込んできたけど、ミメイくんに散々言われた即興も最近出来るようになってきた。
残りバトルのうちの1回。絶対に負けたくない。
今回だって先行後攻じゃんけんで勝って先攻を取ったんだ、かます準備は出来てる。
観客が期待に満ちた表情と視線をひしひしと感じる、無意識に手に力が籠る。
ビートが始まり、息を吸って口を開いた。
「ミメイくんにめっちゃ言われた即興、少しはできるようになりました、今に見とけようざい先輩、ネタと繋げながらただかますのみ〜!」
そこでわぁあああああ、と歓声が上がった。
ミメイくんのサンプリングを最後に少し入れて湧かせることができた喜びを噛み締めていると、そんな暇はないぞと言うように間髪入れずにミメイくんからのアンサーが返ってきた。
「おん知ってる知ってる、こないだの試合見たわ、短い期間でよくやってる、…まあそれでも俺には勝てへんけどなぁ!?」
そこでも観客が多く湧いた。
人知れず唇を噛む、本当にミメイくんは。
あの人はラップが上手いのはもちろんのこと、そもそものアンサーの返し方が上手くて困る。
大した韻は踏んでいないのにも関わらず客がびっくりするくらい湧くことが多々ある。
今までのミメイくんのバトルを思い返したら悔しくて、即興とネタをフローにして一生懸命アンサーを返したらそこで観客の大歓声が聞こえてきた。
驚いて顔を上げると、驚いた顔が一瞬見えたけど、そのすぐ後ににやりとまるで子供のような笑みを浮かべるミメイくんが見えて、たらりと汗が頬を伝った。
ああ、本気を出す前の顔だ、あれは。
いままでニコニコしながらも韻は踏まずにアンサーして、相手を格下と認識しているバトルのやり方だった。
でもこっちを見る目が、今まで見てきた”強者”と戦う時のミメイくんの顔つきに切り替わったのが分かった。
「本気なんやな、ええでこっちも魅せたるわ」
あっちのターンになって、ミメイくんが口を開いた瞬間空気がガラリと変わった。観客のみんなも気づいたらしい。
「俺に挑んでくる挑戦者、気いつけんとあっさり敗北者、そう言ってるうちにほら、自分の足元穴空いとるで?」
そこでも先程の歓声に負けない大歓声が響いた。
いつもは歓声が起きたら鎮むまで待ってラップを始めるのに、ミメイくんはお構い無しに声を大にしてラップを続けた。その口からスラスラと出ているのが本当なのかと思う程完璧なライムで、また客は湧いた。
「どうなん自分?これに勝てる自信あるん?さっさとかかってこいやピラフ星人」
相も変わらず客には伝わらないだろうという超越的ななぞかけがあって、もはや笑いが出てくる。
汗腺が活発化してマイクがずり落ちそうになるが、それでも意思を固くして力を込めて握り込む。
ここで負けたくない、負けたら今日ここで引退試合にするつもりで。
そこからはあまり憶えてない。とにかく必死に頭をフル回転させてミメイくんにも劣らないような即興アンサー、夜更かししてまで仕込んだネタを駆使してらしくもなく声を上げてラップして、それで。
気づいたら耳を劈くような大歓声と、司会の終了を表す合図が聞こえて試合は終わっていた。
記憶がほとんど飛んでいるので、あれ?とひたすら困惑していたけど、観客と司会の動揺っぷりを見る限りどうやらアンサーは成功したようだ。
「ビックリするぐらいいい試合でしたね、僕もちょっと動揺してます…じゃあ、試合の判定に移りましょう!」
チラリと横に視線をやると、髪の毛で顔が隠れて表情が伺えないミメイくんが佇んでいた。
「それでは、先攻ピラフ星人!」
「つづいて、後攻ミメイ!」
「判定は…」
「先攻ピラフ星人の勝利!」
勝った。僕が、ミメイくんに?
あまりにも信じられない光景で。でも目の前の司会の驚きと笑いが混ざった顔と、観客のピラフー!と、自分を呼ぶ声が現実だということを突きつける。
しばらく頭が働かないでいると、ずっと動かなかったミメイくんがこっちに向かって大股で歩いてくるのが視界の端に見えた。
「え、ミメイくん?」
「ピラフ」
なんですか、と返事しようとしたらなんといきなりボクの服の襟を引っ掴んで顔を寄せてきた。
「ちょちょ、ミメイくん!?」
遠くで司会の慌てて止めようとする声が聞こえた。
けど遅い。
殴られる、と思ってつぶった瞳だったが、直前で聞こえた言葉に唖然とした。
「お前最高やな」
は、と言おうにも遅い。言葉が出てくるはずの唇が、ミメイくんの顔が目の前に迫ってきたのを視認したと同時に塞がれた感覚がした。
あまりにも分からないことだらけで目を見開いていると、観客からの黄色い歓声がうるさいほどに聞こえてきた。
司会がは、えっ!?と慌てすぎて言語なのかもままならない声も聞こえてきたけど、いちばん意味が分からないのはこっちである。
え、ほんとにどゆこと?今何がどうなってるの?
頭が疑問で埋めつくされていると、永遠に感じられた重なっていた唇がようやく離れた。
「あの、ミメイく、」
「ピラフ」
「はい」
「すまん、やらかした」
「はい?」
またもや意味のわからないことをほざきやがっているのでそのご尊顔を覗いたら、耳をほんのり赤くして顔を抑えていた。
「えーと、とりあえず、どうしますかこの状況」
「逃げるぞ」
「えっ、逃げるんすか!?そしたら余計に誤か…」
誤解を招きますよ、と言おうとしたがものすごい速さで駆け抜けてくミメイくんに引っ張られて声は空気と共に消えた。
楽屋に戻ってからもNEOGENEは混乱状態だ。
逃げている途中も観客の驚きと黄色い声、司会の言語かも怪しい制止の声があったあたり、今頃場は騒然としているだろう。
「うわー…すっかり誤解生まれてますよ、これ」
Twitterのトレンドにはもう”ミメイ キス”というワードがランクインしていてもはや呆れた。
そのトレンドワードを押してその投稿を適当にスクロールしてざっと見ると、いわゆるボーイズラブが好きな女子たちが騒いでいた。
「いや、そんなこと言うてもどうすれば良かったん。あの場で弁解しようとしたら余計怪しいやろ」
「あー…、まあ確かに。で、実際の理由を聞いても?」
質問と同時に視線を送るとミメイくんは気まずそうに目線を下げた。
「心の底から熱くなるようなバトル久しぶりで、その興奮の勢いでつい」
「そりゃ弁解しても誰も信じないわ」
なんなら余計墓穴掘りそう。
右手に持っていたスマホから通知音がなり、画面を確認すると
「うわ、May4からLINE来てる、Twitterのあれどういうこと!?って」
実際にLINEできてる文章を棒読みで読み上げると、ミメイくんはガシガシと頭をかいた。
「うわー…まじすまん、俺のせいやわ」
「いやあ、それはもう過ぎたことなんでいいんですけど、問題はこれからどうするかですよ」
「まあ、そうよな」
「ぶっちゃけ何言っても女の子達には永遠に騒がれそうだし…」
その後しばらく無言でいたミメイくんだったが、ふとなにか思いついたように腰掛けていた席を思い切り立った。
「どうしました」
「なら、もう付き合えばいいんちゃう?」
「は?」
耳を疑う言葉に、やっぱり1発殴っておいた方が良かったか、と後悔した。
「いや、どうせ何言っても騒がれるんやから、それなら付き合ってますー言うて腑に落ちさせた方が早ない?」
案外ちゃんとした理由に目を瞠目させる。
「…確かに、ありっすね」
「おっけ、じゃあ責任取って俺がTwitterで言うわ」
「おねしゃす」
その後はしばらくスマホで文字を打っているミメイくんを見つめていた。
あの時、いきなり男にキスされたにも関わらず困惑や混乱はしたけど嫌悪感は不思議となかった。
ミメイくんがイケメンだからか?なんて考えてもみたけど、いくらイケメンでも同性と、ましてや好きでもない人とキスなんて誰でも嫌だろう。
…ん、好きな人?
「あげた」
なにか答えが出かけたとき、ミメイくんから声をかけられて思考は直前で絶たれた。
「うす」
ミメイくんのアカウントのツイートを見たら、
「さっきはお騒がせて申し訳ありません。実は僕ミメイとピラフは付き合ってて、あの場の勢いでしてしまいました。公共の場だったにも関わらず、謝罪させていただきます。」
と、あまりにもミメイくんらしくない丁寧な文章が綴られていた。
「いっすね、それっぽい」
「やろ?」
「…じゃあ、ピラフ」
変な間からの自分を呼ぶ声に顔を上げる。
「この騒ぎ終わるまでよろしく、すまんな」
「全然いっすよ、僕もミメイくんに勝てただけで十分気分いいんで」
「多分やけど、それも今回の騒動でかき消されると思うで」
「…あ。」
前言撤回、やっぱ最悪。
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