テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
あの日から、少しだけ距離が変わった。「好きってこと」
そう言われたのに、関係ははっきりしていないまま。
付き合っているのか、いないのか。
でも、前よりも確実に近い。
♞「ねえ、そこ違う」
「え?」
撮影中、急に後ろから声がする。
♞「その持ち方、変。もっとこう」
背後から手を取られて、指の位置を直される。
「ちょ、泉さん……仕事中ですよ」
♞「だからなに?」
さらっと言いながら、手を離さない。
♞「見られてるとこで適当なのやめて。せっかく整えてきたのに台無し」
「……誰のせいで整えてると思ってるんですか」
♞「俺でしょ」
即答。
♞「だからちゃんとして」
その言い方が、少しだけくすぐったい。
最近、彼は前よりも距離が近い。
気づけば隣にいるし、当たり前みたいに触れてくる。
♞「ちょっと貸して」
「え?」
突然、髪に触れられる。
♞「……やっぱここ、はねてる」
「自分で直します!」
♞「いいから。動くなって」
器用な指先で整えられる。
鏡越しに目が合う。
♞「……うん、こっちのほうがいい」
その一言で、また心臓がうるさくなる。
「……あの人、誰ですか?」
ある日、つい聞いてしまった。
少し離れたところで、女性スタッフと楽しそうに話している泉さん。
♞「は?誰って」
「さっきからずっと話してる人です」
♞「ああ、あれ?普通に仕事の人だけど」
あっさりした返事。
でも――
「……仲良さそうでした」
言った瞬間、彼の視線が変わる。
♞「なに、それ」
「別に……」
♞「別に、なに」
少し低い声。
逃げようとすると、腕を掴まれる。
♞「ちゃんと言いなよ」
「……ちょっと、気になっただけです」
少しの沈黙。
それから――
♞「……はあ」
深いため息。
♞「あんたさ、ほんと分かりやすいよね」
「え?」
♞「あれで嫉妬してるわけ?」
顔が一気に熱くなる。
「してません!」
♞「してるでしょ」
即否定。
♞「じゃなきゃそんな顔しないし」
逃げ場を失って、視線を逸らす。
そのまま、少し強めに引き寄せられた。
「ちょっ……!」
♞「安心すれば?」
耳元で、低い声。
♞「俺、あんた以外に興味ないから」
「……っ」
心臓が止まりそうになる。
♞「ていうか」
少しだけ間を置いてから、
♞「勝手に他と比べられるほうがムカつくんだけどぉ?」
「比べてません……」
♞「同じ」
ぴたり、と距離が近いまま。
♞「あんたが気にする必要ない」
「……それって」
やっとの思いで声を出す。
「どういう意味ですか」
少しだけ、彼が黙る。
♞「……ほんと面倒」
小さく呟いてから、視線を合わせてくる。
♞「まだ分かんないわけ?」
「分かんないから聞いてるんです」
♞「はあ……」
軽く頭をかく。
♞「だからさ」
少しだけ、言葉を選ぶようにして――
♞「もうほぼそういうことなんだけど」
「“ほぼ”ってなんですか」
思わず突っ込むと、少しだけ眉をひそめる。
♞「細かいな」
「大事です」
数秒の沈黙。
そして、観念したみたいに息を吐いた。
♞「……じゃあちゃんと言う」
ほんの少しだけ、真剣な顔。
♞「俺、あんたのこと好きだから」
知ってるはずの言葉なのに、改めて言われると違う。
♞「他に行かれんの嫌だし、見てんのも俺でいい」
少しだけ目を細めて、
♞「……だから、ちゃんとこっち見て」
その言葉に、何も言えなくなる。
逃げられないくらい、まっすぐで。
♞「で?」
「……で?」
♞「返事」
♞「今の流れで察してよ」
「察しません」
少しだけ間。
それから、彼は呆れたように笑った。
♞「ほんとめんどくさい」
でも――
♞「そういうとこも嫌いじゃないけど」
「……好きです」
やっと絞り出す。
その瞬間、彼の表情が少しだけ緩んだ。
♞「……遅い」
「すみません」
♞「まあいいけど」
そう言いながら、軽く手を引かれる。
♞「これでちゃんと俺のだから」
「さらっと言いますね……」
♞「事実でしょ」
距離は、もう曖昧じゃない。
♞「ちゃんと隣いなよ」
当たり前みたいに言われるその言葉が、
前よりずっと、特別に聞こえた。