テラーノベル
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貴方の声を忘れてしまうなんて、貴方の声で笑っていたときには思いもしなかった。
貴方の仕草を覚えてしまったなんて、貴方が知ったらきっと笑うでしょうね。
貴方の好きだったものを食べなくなって、もう数年が経ちました。
貴方がよく座っていた椅子は、いつしか俺がよく座る椅子になって。
貴方の大好きだった科学を、俺は信じることができなくなりました。
「ゲン。これどう思う?」
「もっと良くするために意見が欲しいんだよ…!」
「今よりもっとヤベーもん作るには、人間の…コテイガイネン?が邪魔何だとさ。SAIが言ってた」
目の前に広げられた設計図。
とある科学者が書いていたものとよく似ている。
ゲンは目を細めた。
「ん〜。俺科学詳しくないから分かんないけど、これじゃ乗ってる人に振動が直で伝わっちゃうかも。振動押さえるなんかがいると思うな〜」
「な、なるほどなんだよ!」
「ヤベー、全然思いつかなかったぜ…!」
「適当でごめんね〜?」
「ありがとなんだよ!ゲン!」
スイカとクロムが設計図を掲げて走っていく。
かつて二人で2WAYロケットを提案しただけある。
すっかり科学に魅せられた二人が科学者になるのは、そう遠くない未来に思えた。
実際なるかどうかなんて、ゲンには知りようもないのだが。
わいわいと賑やかさに満ちたラボを眺めるうちに、ゲンの意識は過去に逆戻りしていた。
「千空ちゃ〜ん。これ何て書いてあんの、読めないってば」
「うるせえな。俺が読めりゃいいんだよ。テメーが読んでも分かんねえだろ」
「一理あるかも」
「それが真理だよバカ」
設計図を書く千空を後ろから覗きこんだ記憶。
「ねえまだ寝ないのぉ…?眠くないの…?」
「後132個仕上げりゃいいんだ、数時間は寝れるだろ」
「数時間で足りるかな…カフェインないとキツいよさすがに」
「最悪徹夜でもいけんだろ。特別にカフェインなんでも作ってやるよ」
「やだ千空ちゃんたら優し…くはないか。徹夜させようとしてんのバレバレだ」
「俺一人で出来るわけねえだろ。付き合え」
「ドイヒー…」
マンガン電池を徹夜で作った思い出。
「猫じゃらしラーメン、相変わらず…その、割とアレなお味だよね」
「素直にマズいって言えよ」
「作った人の前でマズいなんて言わないのが大人なんですー!」
「ま、俺もこれはなかなかマズいと思う。ずっと薬膳食わされてるだろこれ」
「だよね!?」
猫じゃらしラーメンを前に味の評論をして麺がのびのびになった朝。
全部、鮮明に思い出せる。
もういない千空の笑顔を思い返して一人で笑う。
全部覚えているのに、もう千空に話しかけられることはない。
千空の口調に寄らないようにいつも少し気を配る。
千空の声帯模写をしなくなった。
出来ないのだと思い込んでいるだけで、本当は出来るのかもしれない。
記憶の中の千空の声が、あやふやになってきているから。
どうあの声を出していたのか、もう覚えていないから。
そうやって言い訳をしているだけなのかも。
なら、もう。それでいいや。
そう思える程度には、俺は弱かった。
何でしないのか、何で出来ないと思い込むのか。
全部もう考えないことにした。
世界が復興した今、美味しいラーメンなんていくらでも食べられる。
舗装された道路に、できるだけ振動が押さえられた車が走ろうとしている。
もう、あの頃の世界じゃない。
石神村でラーメンを食べていられた、そんな世界じゃ。
宝島でプラチナを探した、あの頃じゃ。
ゼノ達と世界規模で追いかけっこしていた、その時じゃ。
千空達が飛び立った宇宙を、降り立った月を。
この青い地球から眺めていたあの夜じゃ。
着やすくて動きやすい服や、美味しいご飯なんていくらでもある。
それでも、千空と共に時を過ごし、共に旅をした仲間達が。
あの頃と同じ服を着て、時たまにあの苦いラーメンを食べたくなるのは、きっと。
千空の、せいなんだ。
「ゲン!ありがとな!」
「SAIも、褒めてくれたんだよ!」
「…ああ。いいよいいよ〜♪またなんかあったら見せてね」
「もちろんなんだよ!」
駆け出し科学者組の元気な声で今に引き戻される。
悪い気はしなかった。
むしろ。
「こっちこそ、ありがとね」
もう遥か遠くの背中2つにつぶやきかける。
届くとは思っちゃいなかった。
スイカがふと振り返る。
片目を瞑って、ぐっと親指を立てた。
あらら、届いてたか。
それすらも、なんだか悪い気はしなかった。
今なら、きっと出来る。
『唆るぜ、これは!』
今は亡き少年の声が冷たい夜空へ飛んでいく。
冬の冷えた空気が、鼻をくすぐった。
あの時より模写精度の落ちたその声を。
本人が聞いたら、100億%似てねえよと言うその声を。
ゲンは冬空に負けない晴れやかな笑顔で見送った。
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