朝晩はまだ冷え込むが、お昼の陽光は割と春めいてきた3月末。俺は、二人分の荷物を詰めたトラックから、自分のダンボールを抱えて、マンションのエレベーターを上る。部屋の前で荷物を壁にくっ付けて片手で固定し、もう片方の手でポケットを探った。あれ、反対のポケットだったかな、と考えながらもたついていると、横から、ちゃり、と音がして、灰色のネコちゃんがゆらゆらと揺れた。
 「俺ので開けるよ?」
「あ、ありがとう」
 元貴も段ボールを片手で持ちながら、器用に鍵を開けてくれた。エレベーターから、続々と俺たちの荷物を抱えた人たちが姿を現す。
 「わー、いいじゃん、広い」
「わあ、素敵」
 綾華と中条さんが、軽めの荷物を持って中に入る。
 「ちょ、若井、もうちょっと持ち上げてそっち!」
「むりむり! たかし、一回置こ!」
「置いたらもう持ち上がらない! このまま行くぞ!」
 若井と高野が、ふらふらと冷蔵庫を運んでくれる。俺と元貴も、途中から加勢した。
 「三階でも充分眺めがいいわね」
「なんで私までこんなことしなきゃならないの」
 菜穂さんと松嶋先生が、差し入れの食べ物を買って来てくれたようだ。
 「もっくん、これはー?」
「あー、蓮、ぶつかるぶつかる!」
 蓮くんと亮平くんも、テレビ台を運び入れてくれた。
それはここ、それはあっちと、俺と元貴は手分けしてみんなの荷物を割り振っていく。
 「お邪魔しますー…」
「これも運んでいいんですよね?」
 高野の彼女さんと、綾華の彼氏さんも、それぞれに持てる荷物を抱えて来てくれた。
 あらかたの荷物は全て運び、段ボールはそれぞれの部屋に取り敢えず積み上げる。俺たちはリビングの床に車座になり、先生たちの差し入れで乾杯をした。
 「じゃあ、涼架さん、みんなに一言」
 菜穂さんが、少し意地悪な笑顔を浮かべて、俺に挨拶を促す。えー、という顔で元貴を見ると、ほら、と身体を押されて仕方なく立ち上がった。
 「えーっと、本日は、僕達の引っ越しのためにご協力賜りまして、ありがとうございます」
「かたいぞー」
「つまらーん」
 若井と高野に囃し立てられ、俺は困った顔できょろきょろ視線を移す。
 「あ、ちょっとまだ、教育実習のクセが抜けなくて、へへ」
「いつの話してんだよ、せーんせ」
 俺が頭を掻いて少し小粋なジョークを言うと、元貴が横から突っ込んだ。んん、と咳払いをして、真面目な顔で姿勢を正す。
 「…今回、俺の留学騒動のせいで、みなさんにご迷惑とご心配をおかけしました、すみません」
 ぺこりと頭を下げると、みんなはうんうんと頷いた。
 「でも、そのおかげで、ちゃんと自分の気持ちに気付けたというか。人生に於いて一番大事なものが、わかりました」
「なにー?」
「誰誰〜?」
 綾華と若井が手を口に当ててわざとらしく声を上げる。俺は少し唇を噛んで恥ずかしさを飲み込み、元貴の顔を見た。元貴も、胡座をかいて俺を見上げている。
 「俺の、人生で一番大事なものは、もちろん、………………ミセスです」
 やはり恥ずかしさに負けて、直前で急ブレーキを踏んでしまった。みんなが大袈裟に、がくっ、と身体を傾けさせる。元貴は、ふふ、と笑って、炭酸ジュースをぐいと飲んだ。
 
 
 
 
 
 高野は彼女さんと、帰り道だからとレンタルしたトラックを返しに行ってくれると言うし、綾華は彼氏さんと駅に向かうので、それぞれによくお礼を言って、玄関先まで見送った。
 「さて、蓮、俺たちもそろそろ」
「そーだね、早めに行っとくか」
 亮平くんと蓮くんは、大きなスーツケースを抱えて、菜穂さんに「よろしくお願いします」と頭を下げていた。
 そう、二人は、ダンス留学の選考に見事二人で合格し、今日、アメリカへと発つのだ。俺と元貴、若井と中条さんも、空港まで見送ることになっていた。
菜穂さんが事務所の大きな車を出してくれて、助手席に松嶋先生、二列目に亮平くん、俺、中条さん。そして三列目に元貴、蓮くん、若井の順に並んで座った。
 「中条さんは、音大だっけ」
「はい。家から通えるので、一人暮らしはまだ出来ないんですけど。だから藤澤先生がちょっと羨ましいです」
「僕は男の子だからねー、女の子はやっぱり心配なんじゃないかな」
「そーそー、一人暮らしなんかさせたら若井が入り浸るしな」
「おい! 余計なこと言うな!」
「もー。大森くん」
 三列目から元貴が揶揄うように身を乗り出すと、若井と中条さんに怒られた。俺の隣と後ろで、それぞれ亮平くんと蓮くんがくすくすと笑う。
 「二人は? 向こうで一緒に暮らすの?」
「うん。寮もあるって言われたんだけど、誰と同室になるか分からないって言われたし、それはちょっとね」
 俺の問いかけに、蓮くんが苦笑いで返す。
 「そっかぁ、そうだよね」
「だから、スクールの近くにアパート借りたんだ。また落ち着いたら連絡するよ」
「うん。ああ〜、寂しくなるなぁ、二人が行っちゃうと」
「まあ、ずっと向こうってつもりはないから。あっちで経験積んだら、またこっち帰ってくるし」
 亮平くんが、俺の肩をぽんぽんとして、慰めるように笑った。
 
 
 空港に着いて、菜穂さんと先生は車を駐車する事なく、ぐるっと回して来てくれると言うので、そこで一旦別れた。
 まだ搭乗手続き開始まで時間があると言う事で、蓮くんたちはカフェで時間を潰すらしい。俺たちは、空港に入ってすぐのロビーで、最後のお別れをする。
 「亮平くん、ありがとう。俺、亮平くんと友達で本当に良かった」
「こちらこそ。実習に行って良かったよね、お互い。こんなに人生が変わるなんて、思いもしなかった」
「本当だね」
 二人でハグをした後、握手を交わして笑い合う。元貴たちと蓮くんの同級生組も、それぞれに握手を交わしたりハグをしたりして、互いの健闘を祈り合っていた。
人混みの中に、大きな荷物を携えながら、亮平くんと蓮くんが大きく手を振って歩いて行く。俺は、その姿が見えなくなるまで手を振って、最後には涙が溢れてしまった。
そっと、隣から元貴が俺の左手を取り、優しく握ってくれる。俺も、涙を拭って微笑みを向けた。
 「じゃあ、俺らはデートがてらゆっくり帰るから」
「松嶋先生と戸田さんによろしくお伝えください」
 若井と中条さんも、横に並んで微笑み、中条さんはぺこりと頭を下げた。ばいばいと手を振り別れると、二人ともそっと手を繋ぎ、笑顔で会話を交わしながら、出口へと向かって歩いて行った。
 「さ、涼ちゃん、俺らも帰ろっか」
「うん」
 同じ家に帰れる、それだけでも俺の心はすごく暖かく、幸せに満たされる。出口から外に行き、駐車場出入り口辺りで待っていると、車を回してくれていた菜穂さんと合流できた。
車に乗り込み、ありがたい事に家まで送ってもらえるというので、二人でお礼を述べた。
 「さあ、7月のデビューに向けて、忙しくなるわよ。しっかりしてね、二人とも」
「はい、もちろんです」
 菜穂さんの言葉に、俺は力強く返事をした。
 「今はバンドサウンドがメインだけどさ、俺、ストリングスとかオケアレンジもどんどん取り入れたいと思ってるんだよね」
「あら、随分と藤澤くん贔屓なのね」
 元貴の話に、松嶋先生が鋭く突っ込む。元貴は松嶋先生に、別にそういうわけじゃないけど、と少し拗ねたように口を尖らせた。
 「俺の表現したい音楽に、全部が必要ってだけ」
「でも確かに、オケアレンジなんかだと、クラシック畑の涼架さんが居てくれるのはとても心強いわね」
「でしょ? だから、フルートだけじゃなくて、そこんとこもよろしくね、涼ちゃん」
「うん、俺の力で役立てるなら、すごく嬉しいよ」
 ふふ、と、元貴が嬉しそうに笑う。俺は、元貴にたくさんのものを貰ってばっかりだ。人生の幸せも、仕事としての充実も。あと一年は、大学での学業とミセスを両立させないといけないけど、きっと元貴と一緒なら、みんなと一緒なら、俺はどこまでも頑張れる。俺は俺の力で、元貴の音楽を表現できるこの道を、わくわくしながら進んでいける、今なら自信を持ってそう言えるんだ。
 
 
 マンションに着いて、俺たちはよくよくお礼を言ってから、菜穂さんの車を見送った。並んでエレベーターに乗り込み、部屋の前に着く。元貴が、ポケットから鍵を取り出して、ふと俺を見た。
 「…涼ちゃん、鍵ちゃんとあるよね? 失くしてないよね?」
「あるよお! ほら………ほらぁ!」
 俺は左手をポケットに突っ込んでから、右、お尻、とあちこち手を突っ込んで、やっとのことで鍵を見つけ出した。元貴が吹き出して、ならいいけど、と扉を開けた。玄関の、元貴の制服の第二ボタンを飾った鍵置き場に、二人の鍵をかちゃりと掛けた。
 「あー、疲れた」
 手を洗ったあと、元貴がソファーに深く座り込んで、ぐたっと上を向いた。俺も、隣に座って、そうだね、と声をかける。すると、元貴がそっぽを向いて、俺と眼を合わせようとしない。
 「ん? どうしたの?」
「…涼ちゃんの人生で一番大事なのは、ミセス“だけ”だもんね」
 さっきの、みんなの前での急ブレーキ発言。アレをまだ根に持っていたとは…。俺は、可愛らしい元貴の拗ねた様子に、吹き出して笑ってしまった。じろっと俺を睨みながらこちらを向いたと思ったら、がばっとソファーに押し倒された。
 「…笑ってんなよ」
「…ごめん」
 じっと見つめられて、俺はゆっくりと口を開いた。
 「…だって、みんなの前で言うことでもないでしょ…」
「じゃあ今言って」
 顔が熱くなって、恥ずかしさに視線を外した俺の首筋に、元貴の唇が這わされる。びくっと身体が揺れて、少しの吐息が口から漏れた。
 「…言うまでやめないよ」
 服の裾から手を差し入れて、脇腹を撫でていく。シャツの首元を限界まで引っ張って、撫で肩の辺りを強く吸われた。耳元にもキスを落とされ、大きな水音に思わず声が漏れる。
 「んっあ…っ! す、好き! 元貴が一番大事だからっ!」
 身を捩ってなんとか耳を元貴の口元から引き離し、俺は許しを請うように大きな声で告白した。ゆらりと身体を起こして、上から見下ろされる。
 「…人生で一番?」
「…人生で一番」
 こくこくと頷いて、元貴の言葉を復唱する。ふ、と元貴が笑って、顔が近づいてきた。
 「…ありがとう」
 そのまま、ぐっと唇が押し当てられると、舌が侵ってきて口内で舌を弄られる。
 「んぅ…ふ…!」
 息も充分に吸えないほど、熱く深いキスを続けられ、元貴の胸元をとんとんと叩く。その手を片手で纏めて掴まれ、ソファーの上にぐっと押さえつけられた。尚も激しいキスに、俺の身体がどんどん溶かされていく。服を胸上までたくしあげられて、俺の唇を貪るのをやめた元貴の舌が、今度は胸の蕾に這わされる。もう、つんと反応を見せているそこを舌で何度も弾かれて、脇腹を撫でる手も止まらない。
 「あ…はっ…ぁ、も、もときぃ…っ!」
 元貴の猛攻を止めようと発したその名前が、思ったよりも甘い響きになって自分でも驚く。その声に許しを得たように、元貴が俺のズボンを脱がし始めた。
 「や、ちが、だめだめだめ!! ストップ!!」
「えー、なんで?」
「だって……準備が…!」
 元貴の顔が、にやーっと緩む。ぎゅっと首に抱きついて、耳元で囁いた。
 「じゃあ、準備、してきて?」
 こくんと頷いて、簡単に服を着直すと、元貴も鼻歌を唄いながら寝室へ入って行った。俺はトイレに行き、そこを綺麗に洗う。丁寧なトイレを終えてリビングに行くと、元貴がシャワーを浴びているようだった。俺は、寝室をチラッと覗くと、ちゃっかり布団が床に広げられていて、くす、と笑ってしまった。
洗面所の前の廊下で、次にシャワーを浴びる為に待つ。
 『涼ちゃーん? 』
「なにー?」
『ごめん、タオル取ってー!』
「ああ…どこだっけ?」
 俺は「洗面所」とマジックで書かれた段ボールを見つけ出し、中からバスタオルをニ枚取り出す。ついでに、元貴の部屋の段ボールの中から、着替えを適当に持ち出した。自分のも忘れずに、一緒に持って行く。
 「元貴ー、タオルと服、置いとくねー」
『あ、タオルちょーだい』
「もー、自分で取りなよー」
 ガラッと扉を開けて、元貴の身体を見ないように顔を背けてタオルを差し出す。タオルを受け取った元貴の手に、腕を掴まれる。タオルを脱衣所に放り出すのと入れ替わりに、俺が浴室へ引き込まれてドアを閉められた。
 「ぅわ…っ!」
 シャワーヘッドの横の壁に、元貴の腕で押さえつけられる。シャワーのお湯が掛かって、頭から服までびしょ濡れになった。いきなりの事で面食らっている間に、元貴の唇がまた俺の声を塞ぐ。
 「ん…んん…あ…」
 舌を捩じ込まれ、二人の顔にお湯がかかり続ける。しばらく口内を侵していた元貴だったが、ぶはっと顔を離した。
 「げほっ、おぼ、溺れる!」
「…もぉ、大丈夫?」
 俺が、少し呆れ気味に心配の声をかけると、元貴がお湯で濡れて俺の身体に固く張り付くズボンを、何とかして脱がせた。シャワーヘッドの向きを変えて俺たちに掛からないようにすると、ボディーソープを手に取り、しゃがみ込んで洗っていく。
ぬるぬると俺の熱を握り込んで、わざとらしく上下に擦る。
 「ん…ちょ、ちょっと…」
 そしてそのまま、今度は反対の指をぬるりと後ろへ入れていく。
 「あぁ…! や…だ、め…!」
「涼ちゃん、ここ流して」
 そんな俺の言葉は無視して、元貴が俺の硬くなった熱に視線をやった。はぁはぁと荒い息を吐きながら、震える手でシャワーのお湯を俺たちの間に落とす。俺の熱にまとわりついていた泡が、さあ、と流れていった。
それを見計らって、元貴の口が俺の熱をすっかり咥え込んだ。同時に、後ろに入れた指をくにくにと動かして、快感を倍増させてくる。俺は、シャワーを手放して、床に落としてしまった。床の上を、シャワーが流れる。
 「ん…んん…!」
 脚の力が抜けそうになるのをどうにか耐え、壁に手を押さえつけて身体がずり落ちないように踏ん張る。じゅ、じゅ、と音を鳴らして吸い上げられ、指の腹でも中の気持ちのいいところをくにくにと刺激されていく。ぐぐっと突き上げられるような快感の波に襲われ、俺は咄嗟に元貴の顔を押し返した。
 「あ…っ…!」
 元貴の口が離れた瞬間に、俺の熱は欲を吐き出してしまい、意図せず元貴の前髪や顔に、ぱたた、とかかってしまった。呆気に取られた顔をしていた元貴が、はは、と笑って俺を見上げた。
 「見て、かけられちゃった」
「うう…ごめん…」
 耳まで熱くなって、俺は泣きそうな顔で謝った。元貴が意地悪な笑顔で立ち上がり、俺に顔を見せてくる。
 「涼ちゃん先生ので、べたべた」
「や、やめてよぉ!」
 慌てて、シャワーホースを掴んで手繰り寄せ、元貴の頭からお湯をかけた。
 「わぶ!」
「もー!」
 元貴の髪の毛をわしゃわしゃと濯いで、シャンプーを泡立てて洗う。
 「あー、さっき洗ってなくてよかった、キシキシになるとこだった」
「そう? なら良かった…のかな?」
 首を傾げながら、再びシャワーのお湯を頭からかけると、泡が元貴の身体を伝って降りていく。顔を両手で拭って、そのまま髪の毛を後ろへ流す。元貴の綺麗な顔が、よく見えた。
 「っはー、気持ちかった。ありがと」
「いえいえ…」
 さっき自分がしてしまったことがまだ恥ずかしくて、俺は視線を彷徨わせた。今度は、元貴が俺の服の裾を掴んだかと思うと、ぐわっと上に捲った。腕が上に吊られて、でもお湯で濡れたそれはなかなか思うように身体から抜けない。
 「んー!」
「いだいいだい!」
 力任せに前に引っ張られて、俺は身体をくの字に折り曲げながら悲鳴を上げる。やっとのことで纏わりつく服から抜け出すと、元貴がばさっと床に投げた。
 「涼ちゃんは? もっと洗う?」
「い、や、もう、いい」
 元貴が俺を抱きしめて、鼻先を首筋に埋めた。すうー、と音が聞こえる程に、鼻で息を吸う。
 「…うん、涼ちゃんの匂いがするから、このままがいいな」
「やっぱり洗います!!」
 ぐいっと元貴の顔を押して、自分から離れさせる。なんで匂いとか嗅いで、しかもそういうこと言うの!
 「洗わなくていいのにー」
「もう! 先上がってて!」
 くつくつと笑いながら、元貴が洗面所へ出て行った。俺は、髪の毛から脚の先まで、しっかりと洗って、床に落とされた服を絞って洗濯機の中へ入れておいた。
服を着てリビングに行くと、元貴の姿がない。
 「あれ? 元貴ー?」
「こっち、早くおいで」
 少し開いた寝室のドアから、元貴の声が聞こえる。俺がドアを開くと、布団の上で胡座をかいて元貴が待っていた。ぱたんとドアを閉めて、布団の上へ歩いていく。元貴が両手を広げるので、布団に膝をついて、その首に抱きついた。太腿を後ろからぐいっと持たれ、元貴の胡座の上に載せられた。
元貴が下から見上げ、俺の濡れた髪をそっと撫でる。
 「…先生」
「…っ! だから、それっ」
「なんで? いいじゃん、涼架先生。えろいじゃん」
「〜っ! …じゃあ、俺も、大森くんって呼ぶぞ」
 胡座に載せられたまま、腰を上げた元貴にどさっと布団に倒される。お尻を弄られ、唇で耳たぶを優しく噛まれた。
 「それ、めっちゃいい。大森くんって呼んでよ、先生」
 引くどころか、なにかのスイッチを押してしまったような、とにかく嬉しそうな元貴が、俺のズボンをするりと取り去った。
 「あ、待って…」
「ん?」
「…俺も、その…」
「ん? なに?」
 身体を起こして、今度は元貴の肩を押して、布団に押さえつける。なにも言わず、元貴のズボンをずらして、硬く上を向く中心を、口に含んだ。少し驚いたように息を飲んだ元貴が、小さく甘い声を漏らす。その反応が嬉しくて、俺は中で舌を熱に沿わせるように舐めつけながら頭を上下に動かしていく。少し強めに吸い上げると、じゅる、と音が鳴った。この辺りを舐めてもらうと気持ちよかったっけ、と元貴にしてもらった時を思い出しながら、先端の膨らんだ部分の段差に舌を這わせる。舌先でこりこりとそこを何度も刺激すると、元貴から一際熱い吐息が漏れた。
 「涼ちゃん、もうだめ、入れたい…」
 元貴が両手でそっと俺の顔を支えて、熱から離す。こくんと頷くと、俺の身体を抱えて押し倒され、また元貴の下に組み敷かれた。
 「…先生、好き」
「…まだ言ってる…」
「え? コーフンしない?」
「………しない」
「…嘘つき」
 口の片端を上げて、元貴が身体を起こすと、ゴムをつけ始めた。そして、指にローションをつけると、穴の周りをマッサージするようにくるくると撫でる。しばらくしてそこが柔らかさを持ったことを確認すると、顔の方に覆い被さってきて、キスを落とされた。同時に、つぷ、と指が入ってくる。
 「ん…は…あ…」
 キスで舌を執拗に撫で回されながら、指では入り口を広げるように解される。ぐちゅ、と音が鳴り、俺の羞恥心が膨れ上がった。さらに指で、つんとした気持ちよさを与えてくれる中の部分をくにくにと押され、我慢しきれない嬌声が喉から搾り出される。
 「んあ…、あ…あ…んん…っ!」
 自分でも聞いた事がない程の高い声で、元貴の刺激に反応してしまう。内腿がぷるぷると震え、熱い呼吸を荒げる。
 「あ…もとき…んん、あっ! もと…」
「ん?」
「入れて…お願…い…あっ、んぅ…ああ!」
 ぐりぐりと、さっきよりも強めに気持ちのいいところを指で擦られ、びくびくと胸を突き出すように喉を反らせて大きな声をあげる。
さら、と髪を撫でながら、元貴がまた顔を耳に寄せる。
 「…大森くん、は?」
「あ…はぁ…は…っ…んぅ…、あ…」
「呼んで、先生」
 指を止めず、耳殻を舐められ、ちゅば、と耳朶を吸われる。頭がぼーっとして、恥ずかしいのに、その言葉が確かに俺の快感を後押ししていることに気づいてしまった。
元貴の首に腕を巻きつけ、縋り付くようにキスをする。舌を絡めにいって、ちゅ、と舌先を吸うと、見えないほど近くで眼線を合わせて、唇を震わせた。
 「…大森くん…入れて、欲しい…」
 くしゃ、と顔を綻ばせて、堪らないとばかりに唇を噛む。潤いを纏わせた自身を、俺の中に勢いづけて入れてしまわないようにか、眉根を寄せてなにか我慢しているかのような表情で、熱をあてがった部分を見つめている。ぐっと腰を前に進め、ぬる、と先端が入った。そのまま、ぬるる、と俺の中へ割り入ってくる。ぐっと奥まで入れきると、肘を布団について、俺の背中に手を差し入れて下から肩を掴む。赤く上気した顔を近づけて、潤んだ瞳で俺に艶やかな声を落とした。
 「…ほんとは、涼ちゃんが先生の時から、ずっとこうしたかったんだよ、俺。ずーっと、我慢してたんだから」
「…な、なに言って…」
「先生さ、初めてパブリック聴いてくれた時、『なんて名前?』って、言ったでしょ」
「…え…?」
「タイトルとか、曲名とかじゃなくて、『名前』って言ってくれたこと。俺、すっごく嬉しかったんだ。俺が生み出したものの大切さを、ちゃんとわかってくれてる気がして」
 元貴が、上から優しく目を細めて見下ろす。
 「俺、多分あの時から、先生が好き」
「…もとき…」
「だから、そん時からずっと、こーしたかったんだよ。先生は? そんなこと思わなかった? 」
「あ…んん…!」
 ゆっくりと腰を動かしながら、元貴が尋問のように囁く。 ずるりと引き出しては、ぐぐ、と奥に沈める。 ぞくぞくと気持ちよさが駆け昇るのに堪えるため、顔を背けると、空いた耳をまた舌で絡め取られた。
 「こーやって、俺としたくなかった?」
「や、だめ…み、み……あ…!」
「だから、先生って呼ぶと、大森くんって呼ばれると、あの時先生にずっと恋してた俺が報われるみたいで、嬉しい」
「あっあ…ん…んぅ…んっ…や、ああ!」
 ぎゅう、と肩を掴まれ、ばちゅ、ばちゅ、と音が鳴るほどに腰を打ちつけられる。容赦ない元貴の愛が、俺の中に刻み込まれていく。脚が、がくがくと揺れ、俺も元貴の腕を掴んで強く握ってしまう。背中から肩に廻していた手を外し、俺の両手を絡め取って布団に押し付けられる。強く手を握りしめたまま、ぱんぱんと肌がぶつかる音が何度も部屋に響く。休み無く抽挿を続けられ、俺は頭をぶんぶんと振って声を上げる。
 「だめ…へ、へんに…なる…!」
「いいよ、へんになろ、先生」
 元貴がまたわざとそう呼んで、俺の腰を掴んで抽挿の角度を変えた。全ては挿入せず、上に擦り付けるように、元貴の熱を以てして俺の敏感なところを刺激されている。俺の手を持ち、先端から漏れる透明な液でべとべとになった俺の中心を、ぬるりと包ませた。
 「先生、自分でやってみて」
 俺は目を見開いて元貴を見たが、逃げることは叶わなそうだった。手の甲で顔を隠しながら、摑まされた手をゆるゆると動かす。じっとそれを見つめる元貴は、腰の動きを優しく緩めた。
 「ほら、もっと」
 手を上から重ねて、扱く速度を無理やりに高められる。ぬちゅ、と音を立てるそこが、だんだんと硬くなってくる。さっき出したばかりなのに、中からの元貴の刺激と、自分で触っているのを見られているという羞恥心が、俺の熱にまた欲を溜めていく。しっかりとそこが立ち上がると、元貴はまた腰を掴み直して、今度は自分のものを俺の内壁でしっかりと扱くように、俺の奥へと叩きつける。ぐぢゅ、ぷぢゅ、と水音を含んだ打擲音が耳に届き、口から漏れる嬌声と自身を扱く手が止まらない。顔が熱い。脳が痺れる。お腹の奥が、気持ちいい。
 「あ…あ、また…あ、だめ、ああ…!」
「ん…俺も…っ」
 腰を掴む手に力が篭り、俺も空いてる手で元貴の腕を掴んで、ぎゅう、と締め付ける。元貴の腰が前後に大きく動き、がつがつと俺の奥を穿つ。
 「あ、ごめ、あああ…!」
 中からぐくっと快感が突き上げてきて、ぎゅう、と孔を締めてまた欲を吐き出した。今度は勢いがなく、ぽたぽたと先端から垂れるように滴った。元貴が膝を掴んで、ぐいと脚を大きく広げ、より深くまで、ばちゅっ、ばちゅっ、と音を立てて叩きつける。あまりの強さに、悲鳴に近い声を上げた。
 「や、あぁあっ! あっあぁ!」
 荒い息を繰り返し、何度も肌をぶつけた後、俺の最奥に熱をねじ込み、ぐっ、ぐっ、と元貴の熱の膨張を感じた。喉に息を詰め、元貴が欲を吐き出している。ぴく、ぴく、と小さな痙攣に移ると、ぶはぁ、と息を吐いて、元貴が俺に覆い被さった。ぬるり、と引き抜かれ、俺の後ろがじんじんとひりつく様に熱を持つ。はぁはぁと呼吸を整えて、ぐったりと元貴の腕の中に抱きしめられた。
 「…はぁー…満たされたぁ…」
 心の底から言っている様な、幸せそうな声。なんだか俺の方が嬉しくなって、腕の中から元貴の顔を見上げて、ふふ、と笑った。
 「ごめんね、先生プレイさせちゃって」
「…ほんとだよ…もう絶対しないからね」
「んー、まあ、たまには?」
「しません」
 くすくすと笑って、元貴がゴムを外して、ティッシュでそれぞれを軽く拭いてくれた。そして、また俺を腕の中に収めると、頭にちゅっとキスをした。
 「…でもさ、どっちの親にも認めてもらえて、こうして一緒に暮らせて、本当によかったよね」
「うん、そうだね」
 二人で暮らす部屋を決めた後、俺たちはそれぞれの実家へ出向いて、これから人生を共にすると報告をしたのだ。理解されなくていい。認められなくてもいい。ただ黙って、隠れて、そんな風に元貴と生きていくのは嫌だったんだ。
しかし、そんな心配をよそに、俺の両親も、元貴の両親も、ただ俺たちの話を静かに聞いて、どちらの家でも、よろしくお願いします、と頭を下げてくれたのだ。
 「俺の母さんも、あんまり驚いてなかったよね」
「もしかして、バレバレだったのかなぁ」
「そうかもね」
 ふふ、と笑うと、元貴の顔が近づいて、ちゅ、と啄む様なキスをしてくれた。ああ、幸せだなあ、とそんなことを感じていたら。
 ぐうぅぅ…。
ぐきゅる…。
 二人のお腹が同時に鳴った。
 「…お腹すいたね」
「引越しそばでも食べるか」
「食器出さなきゃだよ?」
「あー…めんどいな。カップ麺でいいや。買いに行こ」
「うん!」
 それぞれズボンを履き直して、手を繋いで鍵を閉める。歩いて5分ほどのコンビニに着くと、カップそばやおやつ、スイーツに飲み物などをカゴに入れて行く。
コンビニを出ると、元貴が早速炭酸ジュースの蓋を開けた。ぷしゅ、と音が鳴って、元貴の手の中でいくつもの泡がぷつぷつと上がっていく。
 炭酸の泡の様に脆い青春。それは甘味もあり、苦味もある。そして、当たり前だけど、いつかは終わるものなんだ。でも、決して全てが忘れ去られるわけじゃない。ぷつぷつと幾つも生まれては消える泡の様に、俺たちが共に生きていくことで、いつでもあの青春は呼び起こせるのだ、何度でも、きっと。
俺の隣を歩き、顔を斜めに上げて炭酸を飲む元貴の横顔を見て、俺は確かにそう感じていた。
 繋いだ手の温もりの先で、元貴も同じ様に思ってくれていたらいいな。
 俺は、soFt-dRinkを鼻唄で歌いながら、俺たち二人の家に向かう道の上で、空を見上げて笑った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 泡の様に脆く 完
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
コメント
163件

遅くなっちゃったけど💦 完結ありがとうございました💕 最初にお家に行ってた頃からずっと涼ちゃんの事好きだったのよね💕 『あの頃の僕が報われる』って元貴君が言ってたの、じん、ときちゃいました🥹 最後の先生と生徒の設定でいたされてたのほんと好き💕 色んなことを乗り越えて、沢山の人に祝福される2人を見て、良かったね✨って思いました。
完結おめでとうございます!✨今回も最高でした!!毎日、今日は出るかな?と楽しみにしていました。 本当に設定が神すぎます😭2人の長くも儚い青春を一緒に謳歌している感じが堪りません! やはり最後は先生プレイで💓突然のカクレンジャーは笑いました(o^^o) 完結は少し寂しいですが、何回も読み直したいと思います♪(実は、若井×あやみ嬢のペアが好きだったりします😁)
うわー完結おめでとうございます!やっぱり最後は先生×高校生のエッロですよね!特にシャワーのところまじで好きです!!大森くんという呼び名が謎に懐かしくなり過ぎて興奮が冷めませんw完結って聞くと寂しいですがこの終わりなら少し満足です!これからも応援します!