テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
⚠注意⚠
・緑赤(stxl)
・年齢操作含む
緑さん大学生、赤さん高校生
その他の設定は本編にて
(長いです。7000文字以上あります。)
5行下から本編です。
「じゃあ、来週までにこれやっておいてね」
「うん! ゆうくんまたね!!」
「またね」
だんだんと遠ざかっていく背中を、玄関先から見送る。その姿が完全に見えなくなったところで家の中へ戻った。
今別れたばかりの家庭教師のゆうくんは、頭の回転が速くて博識な、いわゆる優等生タイプ。はじめは合わないかもと思っていたけれど、わりとすぐに打ち解けられた。
そして、僕には最近勉強の休憩がてら夢中になっていることがある。
夕ご飯と入浴を済ませたあと、ベッドにもぐってスマホを開いた。
「今日はどんな人いるかなー……」
ひとりごとを呟きながら、黄緑色のアイコンをタップする。生配信を閲覧できるアプリだ。そこで、好きな声の配信者を探すことにハマっている。
そんな僕が今日、運命的な出会いをした。
いつも通り特に深く考えず、見たことのないキャラが映ったサムネイルをタップした。その直後、特徴的な声が耳を打った。
『そうそう、びっくりだよね』
そのとき、指がぴたりと止まった。
ただ率直に、可愛い声だと思った。それでいて、森にでも現れる妖精のような、ひどく落ち着いた声。
でもその直後、あることに気がついてしまった。
「……ゆうくん…………?」
週に一度、木曜日になれば必ず耳にするあの声。間違いようがなかった。確実に、流れてくる音声は家庭教師のゆうくんのものだった。
そう分かってからは、急いでその名前を検索した。いろんなSNSを漁って、いくつかの事実にたどり着いた。
……『如月ゆう』。それが彼の活動名だった。顔を出さずにネット上で生配信をしたり、歌ったりしているらしい。
同時に、来月に握手会があることも判明した。急いでその握手会のチケットを売っているサイトに飛んで、必要事項を記入した。
「……ほんとに当たっちゃった」
何気ない気持ちで応募した握手会。都心からは飛行機に乗らなければ来られない僻地での開催のせいか、倍率はかなり低いみたいだった。
それでもせっかく当たった権利を放棄することはできず、会場へ向かう電車に乗る。話すことなんて少しも考えていないし、ましてや本人に今日来ることを伝えてもいない。
握手会というものに行くなんて初めてのことで、よく見知った人物と会うだけなのにそわそわしては髪をいじる。
着てきた服は果たしてこれで正解だったのか、電車の車窓に映る自分と目が合う度に考え込んでしまう。
会場の最寄り駅に着くと、会場はもうすぐそこだった。
目的地に近づくにつれて、緑色の痛バッグやらグッズを持った人ばかり目に入る。いざ会場に入ってみると9割以上が女の子で、肩身の狭い思いがする。
さっきよりも深くキャップを被って、マスクもつけた。
受付を済ませたあとは、列に並んで自分の番が来るのを待った。当然のことながら、他の待機している人たちはみんなゆうくんを好きな人たちで、「やばいやばい!」と騒いでいたり、少しでもビジュを良くしようと前髪を整えていたりする。
ブースから出てくる人たちも、みんな幸せそうな表情を浮かべていた。その様子を見ていると、こっちまでその幸せが伝染してくるようだった。
少しずつ列が短くなる。僕はスタッフさんに没収されたキャップの代わりに装着した伊達メガネの縁を触りながら、未だに話題を考えていた。
それでも話題はなにも浮かばないまま、自分のターンがやってきた。誘導されて、仕切りの中へ立ち入った。
「こんにちは」
聞きなれた優しい声がする。その声の主へ目をやると、前会ったときとは違ってインナーカラーを入れているゆうくんが立っていた。
ゆうくんの目の前まで行くと、普段のゆうくんからはしない、爽やかな香水の匂いがした。
「名前、なんて言うの?」
他のファンの子とは違って名札も何もつけていなかったから、普通はそう聞かれるのも自然だ。でも、僕にはそれが不自然に思えた。
ゆうくん…………僕のこと、わかってない?
「……ぽらです」
……誰だよ、ぽらって。騙すつもりはなかったのに、適当な名前がつい出てきてしまった。
「いつも応援してます。ありがとう」
何を言えばいいか分からなくて、とりあえず前向きな言葉を口にした。月並みな一言だったけれど、ゆうくんはとても嬉しそうに目を細める。
ゆうくんは穏やかに笑って、そっと僕の両手を包み込む。もう何ヶ月か勉強を教わっているのにこんな風に触られるのは初めてのことで、どう握り返せばいいか分からない。
「こちらこそありがとう。また来てね」
小さく手を振るゆうくんに、僕も振り返した。ブースを出た途端、変な言動をとっていないか急に恥ずかしくなってきた。
握手会を終えた周りの女の子たちが幸せそうに頬を染める中、僕はそんなことをぐるぐると悩んでいた。
翌週の家庭教師の時間はなんとなく気まずかった。確認テストの内容は先週教えてもらったことのはずなのに、まるで解法が浮かばない。
「忘れちゃった? めずらしいね」
そう言いながら僕の顔をのぞき込むゆうくんは、あの日のような香水の香りもしなければ、キラキラのヘアメもしていない。
それなのに、ぼーっとその姿を見つめてしまう。ゆうくんは不思議そうに首を傾げる。
「じゃあヒントね」
ゆうくんが説明を始めるとともに僕の答案用紙を指差すと、その拍子に指が僕の手に触れた。
「……っ」
握手会の日に握られた、ゆうくんの手の感触がフラッシュバックする。
心までほんのりと明かりが灯るくらい手はあたたかくて落ち着くのに、心臓は暴れて落ち着かない。
触れていた時間はたった数秒のことだけど、あの感覚は決して忘れることなくとどまり続けている。
ゆうくんの説明が何も入ってこない。問題の答え以上に気になることが多すぎた。
どうして配信者になったの?どうしてアイドルなのに家庭教師もやってるの?
アイドルしてるときとこうやって僕と話してるとき、どっちが楽しい?
聞けるはずもないそんな疑問たちが僕の脳内を支配する。かろうじて入ってきた単語たちを頼りに、必要かも分からない数式を羅列する。
多分めちゃくちゃなことを書き出しているであろう僕に、ゆうくんは余計な口を挟まない。間違っていたとしても、いつも自力で考える猶予をくれる。
それが今日だけはマイナスに働いて、関係ないことをあれこれ想像してしまう。
ゆうくんは今日もきっと帰ったら、ただの大学生じゃなくなって、アイドルの魔法にかかる。
「……ちむさん、もしかして具合悪い? 続きまた来週にする?」
僕がよく体調を崩すことを、ゆうくんは分かっている。本当は体調悪くなんてないけれど、勉強にならないからその日は帰ってもらった。
「ねーお願い!一生のお願い!」
アイドルとしてのゆうくんに会いに行ってから、早4ヶ月が経った。教室に着くなり、クラスメイトの女の子からものすごい勢いで頼みごとをされた。
「……なんで僕?」
「女子の友達には『顔が分からないアイドルなんて嫌』って断られたの!」
なんでも、気になるアイドルグループのライブに着いてきてほしいという頼みだった。そして、僕は最後の頼みの綱らしい。
ライブに行くこと自体は特に問題ないけれど、そのグループ名を目にした瞬間、それは憚られた。
まさかゆうくんの所属するグループの現場に誘われるなんて、思いもしなかった。友達の名前が広まってきていることは嬉しいけれど、握手会のときのことを思い出すとあまり気乗りはしない。
でも、ゆうくんがどんな風に歌うのかは気になる。歌い方だけじゃない。きっと1対1でお話するときとは全然違うゆうくんが見られる。
「おねがいだよー、一人で行きたくないよー!」
「わかったわかった、行くよ」
そんな軽はずみな返事をしてから、当日が来るまではほぼ一瞬だった。
「うぅ、緊張する……」
「なんでこえくんがそんなに緊張してんの」
上映開始5分前。
一緒に来ている友達は不審そうな目つきで僕を見ている。でも、普段勉強を教えてくれている先生が失敗しないか不安だから、なんて言えない。
念のためにもってきた双眼鏡を取り出すと、友達は「めっちゃ乗り気じゃん」と嬉しそうに笑った。当たり前だ。一秒たりとも、見逃す気はない。
ぱっとステージにスポットライトが当たる。それと同時に、ゆうくん達がステージ上に上ってきた。
会場が歓声でいっぱいになる。色とりどりのペンライトが、客席を埋め尽くす。その波に乗るように、僕もペンライトを緑色に点灯させる。
舞台上に現れたかと思えば、すぐに最初の曲が始まった。歌い出しはゆうくんだった。
初めて聞く、ゆうくんの生歌。それは想像以上のものだった。
単なる可愛い歌声じゃなかった。むしろ、脳内をまるごと焼き尽くして心が燃え上がるような、そんな歌い方だった。
「…………!」
それに対して、ダンスの振りは可愛さそのものだった。鮮やかなグリーンの衣装を纏ったゆうくんは、本当に妖精みたいだった。
「ゆうくん……」
ぽつりと誰にも聞こえないくらい小さな声でつぶやく。名前を呼んだら、アイドルのゆうくんとの距離が恋しく感じられた。
「ゆうさんに、捕まってくれる?」
ソロ曲の合間に、そんなセリフがあった。どこからか、悲鳴にも似た叫び声が聞こえた。僕はそのセリフから、いつかの家庭教師の日を思い出した。
「もーやだ! わかんない!」
その日は猛暑の日で、机にむかっているだけでも億劫だった。5分も経たずに匙を投げようとする僕に、ゆうくんはこう言った。
「逃げるなら、捕まえちゃうよ」
少しだけ子どもっぽく笑うゆうくんに、なんとなく落ち着かない感じがして、大人しく座り直した。
たったそれだけのことだったけど、今になって思い出した。よく考えてみれば、ゆうくんはあのときからアイドルだったんだ。改めてこんなすごい人に勉強を見てもらってるなんて、と今までとは違う眼差しでステージを見上げた。
いつもの何倍にもなる距離で、彼は歌って、踊る。そんな星の輝きを、瞬きすら惜しいほどずっと見つめた。
かと思えば、MC中。さっきまで激しく動き回っていたゆうくんは、ゆるやかに首筋の汗を拭う。その何気ない仕草で、ゆうくんが一人の人間であることを想起した。夢の中の現実にいる気分だ。
視覚も聴覚も、すべての感覚がゆうくんに吸い込まれていった。
ライブ直後に、そのまま特典会があった。友達は他のメンバーを推しているようで、お互い別々の列へ向かった。
今日も女の子ばかりの現場に慣れなくてマスクをしていた。でも、ふと何かが引っかかってそれを外した。
「どうぞー」
その合図と同時に、パーテーションの向こうへ立ち入る。数分前までステージ上に立っていたその人と、今度はばっちり目が合う。
「ゆうくん!」
「………ちむさん、!?」
いつも僕には落ち着き払った姿しか見せないゆうくんが、目を見開いて分かりやすく動揺している。僕は笑いがこみ上げてくるのを抑えながら、口を開く。
「ゆうくん、かっこよかったよ」
「……それはどーも」
ゆうくんはさっきから、まともに目を合わせてくれない。監視の目があるからそれ以上近づけないのがもどかしかった。
それはゆうくんも同じようで、何か言いたげにちらちらと見てくる。僕は核心には触れないで、ただありのまま本音を告げる。
「髪色いいね、めっちゃ似合う!」
「ん……」
褒めても褒めても静かなゆうくん。でもそれはそれでいいかと思い直したタイミングで、ゆうくんもサインを書き終えた。それを見計らって、ちょっといたずらに言う。
「次はもっとドキドキさせてね♡」
ゆうくんは書き終えたばかりのサインを僕に手渡しながら、「……精進します」とだけ言った。それだけでも満足気に、僕は会場をあとにした。
木曜日。ゆうくんが来るまでの間、SNSで握手会のレポを見漁っていた。
『めっちゃ見つめてきて〇ぬかと思った』
『王子様すぎてやばかった』
大抵がそんな感じの投稿だった。……僕の記憶の中のゆうくんとは全然違う気がする。確かにライブ中のゆうくんはアイドルだった。でも、2人きりになったときは、こっちが褒めちぎれば口下手になるし、直視してこない。
そんなゆうくんの一面を、僕は確かに見た。
そう考えながら画面をスクロールしていると、扉が開いた。
「お、やっと来た!如月ゆうくん♡」
「もーちむさん…、なんでそれ……」
部屋に入ってきたゆうくんを活動名で呼ぶと、これまた恥ずかしそうに笑った。年上のゆうくんが慌てたり照れたりするのを見るのが面白くて、やめられない。
「……いつの間に知ってたの……」
「えー、前回の握手会も行ったのに。気づかなかったの?」
「いや、確かに似てる人いるなとは思ったんだよ……本当にちむさんだとは……」
ゆうくんはぶつぶつ言いながら小テストの解答用紙っぽいものを僕に渡した。
「……ゆうくん、これ間違えてない?」
渡された紙を見ると、僕には到底理解できないような、難しい単語が並んでいた。……明らかに高校生向けの内容じゃない。
「ごめん、間違えちゃった。ちむさんのこっちね」
そう言って、今度は正しい用紙が渡された。
「さっきの、大学のやつ?」
「そうそう。さっきまで解いてたから一番上に入ってて」
「……すごいね、自分の勉強がんばってて。活動もあるのに」
「全然だよ。むしろ、もっとがんばらなきゃって思う」
ゆうくんはダンスの振りも歌詞も完璧なのに、大学の勉強も手を抜かない。おまけに、僕の勉強も丁寧に教えてくれる。それでも自分を『努力家』とは評さない。
そんなゆうくんが僕と2人でいるときは、たまに気が抜けるのも、普通の大学生に戻る感じがして可愛い。
解き終わって解答用紙を手渡すと、ゆうくんは採点を始めた。
……この時間、いつも何してたっけ。ふと目線を上げると、爽快感のある、あの香水の香りが漂ってきた。今日はライブでも握手会でもないのに、ゆうくんは香水をつけ、サイドヘアも編み込みにしていた。
そんなゆうくんがひたすらに紙と向き合ってペンを動かす様子を見ていると、彼をどんな存在として見ればいいのか分からなくなる。
「……そんなに見ないで」
急にゆうくんの手が止まったかと思えば、困ったような表情で僕に告げる。
「えー、アイドルなのにそんなんで大丈夫なの?」
「……それとこれとは別」
アイドル始めたてでもないはずなのに、意外と耐性がないみたい。……リアルでもレポでも散々かっこいいと持て囃されているゆうくんも、普通の大学生なんだ。
でも、それが普段見ているゆうくんらしいと言えばらしい。
「でも、そのほうが好きかも」
特に深い意味もないけれど、そう言って笑った。
でも、ゆうくんは笑わなかった。それどころか、しんと部屋が静まりかえって、コトンと音がした。ゆうくんが完全にペンを机に置いた音だった。
「……ゆうくん?」
そっと呼びかけると、ゆうくんは僕の両手首をぐいっと引き寄せて、つかんだ。
握手会のときのようなやさしい手繰り寄せ方ではなく、強引に奪い去るような引き付け方だった。
あの日、散々手には触れたけれど、こんなに顔が近づくことは今までなかった。今にもゆうくんに倒れかかりそうな距離と体勢で、もう一度名前を呼んだ。
「ゆうくん?」
「……やっぱり、捕まえてたいな」
「……っ」
普段は大衆にむかって放っている言葉が、今は僕一人に向けられている。その効力で、僕の心はじりじりと焦がれる。
「……ちむさんにそんなこと言われたら、アイドルじゃなくなっちゃうよ」
「な……」
ゆうくんはさらに距離をつめて、前髪どうしがぶつかってさらりと揺れる。体が硬直しかけたけれど、立場を思い出した僕は慌てて顔を逸らした。
「……ファンにこんなことしていいの」
そう言うと、ゆうくんが薄く笑みを浮かべたのが横目ながらに分かった。正面を向き直すと、ゆうくんは待ってたとばかりに口を開いた。
「これはファンサじゃないよ」
「……どういうこと?」
「じゃあ、それを考えるのが今週の宿題ってことで」
「なにそれ」
ようやく解放されると、急にぬくもりが消えた気がして心細くなる。ゆうくんはそれを見越したのか見越してないのか、さらに言葉を継いだ。
「ちむさん、『次はもっとドキドキさせてね』って言ったよね」
「あ……」
そんな意味で言ったんじゃないのに。『アイドル』として、『ファン』をドキドキさせて、っていう意味で言ったのに。
「ゆうさんも次までに、ドキドキさせる方法考えておくね」
「……そんなのいいから!」
今日は初めて、ゆうくんが帰っていくのを見送らなかった。代わりに、『ファンサじゃない』と言ったゆうくんの意図を悶々と考えていた。
「……ファンサじゃなくて、よかった」
ファンだから愛してくれるんじゃなくて、一人の人間として、愛してほしい。
ただのサービスじゃなくて、自分がそうしたいから、愛を伝えてほしい。
ゆうくんも同じことを考えていたらいいな。そう思いながらベッドの中へもぐって、イヤホンを耳につけた。
その日の夜のゆうくんの配信は、まったりした雑談だった。うとうとしながら聞く配信の終盤、何人か抜け始めたところで、ゆうくんは言った。
『今日、すごくいいことあったんだよね』
楽しそうな……でもキラキラというよりも、うっとりとしたような声色でこちらに語りかける。
『なんていうか、今日は変な感じ』
画面に顔は映していないのに、そう話すゆうくんの表情が、なんとなく脳裏に浮かんだ。
夜遅く、ゆったりと喋るゆうくんにつられて、僕も今日のことを何度も思い巡らした。
その日は、幸せな気持ちに浸りながら眠りに落ちた。
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コメント
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コメント失礼いたします。 今回のお話も大変素晴らしく、最初から最後まで夢中になって拝読いたしました。 展開の一つひとつに引き込まれ、終始胸が高鳴るような気持ちで読ませていただきました。 登場人物の心情描写や場面の空気感もとても丁寧で、自然と物語の世界に入り込んでしまいました。 いつも素敵な作品をありがとうございます。 これからのお話も楽しみにしております。 どうかご無理のないペースで、今後も創作活動を続けていただけたら嬉しいです。