スマホの通知が涙で濡れた腕に伝わる。なんの前触れもなく起こる振動に、半ば跳ねる勢いでラインを開いた。チャットの主は葛葉と表示されていた。
〈今日お母さんご飯作んない言われた萎える〉
8時に伝えたチャットにたった今既読が付いたらしい。チャットの横を見れば11:03となっていて、葛葉からは〈寝てた〉とある。
すぐにまた画面に文字が増えた。
〈やばwお前の母ちゃん厳しいよな〉
まったく「厳しい」などと云う言葉で表せる人間ではないが。そのとおりだ。
それにしても葛葉が忘れていることを教える義務が叶にはある。とにかく今は、葛葉の怠けすぎる癖を指摘する保護者のような気持ちだった。使命感と言ってもいい。
〈ところでお前約束は?〉
既読はすぐにつき、返信は少し遅れて姿を現した。
〈あっ……なんでしたっけ〉
〈あ〜もういいわ。お昼も葛葉と食べる予定だったのにな〜〉
〈しょうがないしょうがない。ひとりで食べちゃうよ?いいの?〉
〈きくのかよwあー、飯っ…スよね?俺味濃いぃもん食いたい〉
〈まぁ約束してたのカラオケなんだけど。〉
〈草〉
ブルーライトと共に目に飛び込む少々不躾な言葉の応酬。叶はひとりほくそ笑んでいた。
あの事件以降、葛葉が積極的に出掛けてくれるようになったのは大きな変化だった。特に情報を選んで伝えているので、葛葉には話せていない事も多い。___中でも、女性のような容姿と名前を望まれたことは全く触れていなかった。それほど叶の中で伝えるべき内容でも無いと思うし、いつか遠い未来に話せたら、と思っている。
葛葉に色々バレたことは悔やんでいない。だからと言って漠然とした恐怖や不安が拭い去れるわけではなかった。あの事件は、硬い鎧に亀裂が生まれた出来事だった。そしてその狭間で、叶は生きているような気がしていた。
鎧を剥がす勇気はまだない。しばらくは自分を守る仮面と戦いながら生きることになるだろう。今はそれでいい。
ただひとつ、わかることと言えば。
叶が死にたいと泣いたら、見つけてくれる。孤独と別れる助けに、ひとりなってくれた。それだけである。
〈今から準備するから〉
涙痕が枯れないまま、笑みを顔に宿す。
頬に、前日母に殴られた痛みがうっすらと残っていた。
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もう好きすぎて無理