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第6話 「ただの常連」じゃ、いられなくなる日
モブ尾くん「「」」
『……眠い。』
月曜日の朝。
大学の講義中、啓悟は机に突っ伏しそうになるのを必死で堪えていた。
昨夜はレポートの締め切りに追われ、気づけば明け方だった。
「「鷹見、大丈夫?」」
『うーん……何とか……。』
友人の声もどこか遠い。
「「今日、バイト?」」
『いや、その前に寄りたいところがあって。』
「「またあのカフェ?」」
『うん。』
「「好きだねぇ。」」
『……そうだね。』
啓悟は苦笑した。
好き。
その言葉は、きっと誰よりも正しかった。
◇◇◇
カラン。
「いらっしゃ――」
『……。』
「……。」
「何だ、その顔。」
カウンターの向こうで、燈矢が露骨に眉を寄せた。
『いやぁ、ちょっと寝不足で。』
「帰れ。」
『即答!?』
「倒れられても困る。」
『大丈夫ですよ。』
「大丈夫そうに見えねぇ。」
啓悟は席に座ろうとして、ふらりとよろめいた。
『うわっ。』
「おい。」
ぐい、と腕を掴まれる。
『……。』
「……。」
近い。
思ったよりもずっと近い距離に、二人とも固まった。
「……立てるか。」
『あ、はい。』
燈矢の手が離れる。
それだけなのに。
啓悟の心臓は妙にうるさかった。
「座れ。」
『はーい。』
「今日はコーヒーなし。」
『え。』
「寝不足にカフェインぶち込むな。」
『でも。』
「黙ってろ。」
数分後。
「ほら。」
『……これ。』
「スープ。」
『燈矢さん。』
「何。」
『優しい。』
「違ぇ。」
『ありがとうございます。』
「……。」
燈矢は何も言わず、視線を逸らした。
啓悟はスープを一口飲む。
『……美味しい。』
「当たり前だ。」
『燈矢さんって、面倒見いいですよね。』
「どこが。」
『今とか。』
「客が倒れたら迷惑だからだ。」
『ふふ。』
「笑うな。」
でも。
燈矢は啓悟がスープを飲み終えるまで、何となく近くにいた。
『……。』
「……。」
『燈矢さん。』
「何。」
『今日、暇ですか?』
「店。」
『閉店後。』
「何で。」
『ちょっと散歩でも。』
「は?」
『お礼したいんです。』
「いらねぇ。」
『じゃあ、お礼抜きで。』
「意味分かんねぇ。」
『ダメですか?』
燈矢は答えない。
でも。
「……九時。」
『え?』
「閉店。」
『……!』
「待つなら勝手にしてろ。」
啓悟はぱっと顔を明るくした。
『待ちます!』
「声でけぇ。」
◇◇◇
午後九時。
店のシャッターを下ろした燈矢は、すぐ隣に立つ啓悟を見た。
「……本当にいた。」
『ひどくないですか?』
「帰ると思った。」
『燈矢さんと散歩ですよ?』
「だから何だ。」
『楽しみに決まってるじゃないですか。』
「……。」
燈矢は少しだけ黙った。
「……変な奴。」
『知ってます。』
夜風が心地よい。
住宅街を並んで歩く。
「大学、楽しいのか。」
『うーん。』
啓悟は少し考えた。
『普通、かな。』
「普通。」
『でも。』
「?」
『こういう時間のほうが好きです。』
「……。」
『燈矢さんと話したり。』
「……。」
『コーヒー飲んだり。』
「……。」
『ケーキ食べたり。』
「……。」
『あと。』
「まだあんのか。」
『一緒に海行く約束したり。』
「してねぇ。」
『しました。』
「してねぇ。」
『しました!』
「……。」
沈黙。
「……馬鹿。」
『ふふ。』
その時だった。
「……っ。」
燈矢の足が止まる。
(『……海、好きなんだよね。』)
知らない声。
(『今度、一緒に行かない?』)
金色の瞳。
赤い羽根。
笑い声。
「……っ!」
『燈矢さん!?』
「……大丈夫。」
『顔色悪いですよ。』
「……。」
啓悟の手が、そっと伸びる。
『無理しないで。』
その瞬間。
触れた指先。
(「……啓悟。」)
(『……燈矢。』)
(「『今度は、一緒に――』」)
「……!」
燈矢は反射的に手を引いた。
荒い呼吸。
震える指。
「……何で。」
『燈矢さん。』
「……何なんだよ。」
啓悟を見る。
金色の瞳。
心配そうな顔。
「お前。」
声が震える。
「……誰なんだよ。」
『……。』
「何で。」
苦しそうに眉を寄せる。
「何で、お前といると。」
泣きたくなるんだ。
その言葉は、最後まで出てこなかった。
啓悟は唇を噛む。
言うべきか。
まだ、言わないべきか。
『……今は。』
小さな声で。
『今は、ただの常連です。』
「……。」
『でも。』
啓悟は笑った。
少しだけ寂しそうに。
『いつか話せる日が来たら、その時はちゃんと話します。』
「……。」
燈矢は何も言わなかった。
「……帰るぞ。」
『え?』
「送る。」
『……。』
「何だ。」
『いや。』
啓悟は、嬉しそうに目を細めた。
『ありがとうございます。』
「……客が倒れたら困る。」
『それ、便利な言い訳ですね。』
「うるせぇ。」
並んで歩く帰り道。
二人の影が、街灯に長く伸びる。
ただの常連。
ただのカフェオーナー。
それなのに。
少しずつ。
確実に。
二人の距離は縮まっていた。
そして。
「……啓悟。」
『はい?』
「明日。」
『?』
「……新作、作る。」
啓悟は数秒固まった。
『……それって。』
「試作品。」
『俺の分あります?』
「……。」
『燈矢さん?』
「……好きにしろ。」
『やった!』
「声でけぇ。」
燈矢は小さくため息をついた。
だけど。
その横顔は、少しだけ穏やかだった。
第7話へ続く
「初めての『また明日』。」
ーーNEXT♡
さくら
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コメント
1件
おお、第6話…!めっちゃ好きな感じの距離感の話だったわ〜。燈矢さんのツンデレっぷりが最高に刺さるし、「ただの常連です」って言いながら目が寂しそうな啓悟くんの心情、すごく丁寧に描かれてて胸にくるものがあった。散歩の約束とか、新作作るって言い出すところとか、もう二人の空気がだんだん柔らかくなってるのがじわじわ伝わってきて、こっちまでほっこりした。次回の「また明日」、めっちゃ楽しみにしてます🔥