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それでも、行かなくてはならなかった。
夕方、人が減り始めた時間を狙って、
私は小さなバッグを肩にかけた。
すみれは、布団の端に座ったまま、
私の手をずっと握っていた。
「……ねえ、
私、あなたが帰ってこなかったら、どうしよう」
「帰るよ。すぐ帰る」
「すぐって、どれくらい?」
「……10分くらい」
すみれは小さく笑って、
それでも離したくなさそうに、私の袖をぎゅっと掴んだ。
玄関を出るとき、背中に突き刺さるような視線があった。
実際は、誰も見ていなかったのかもしれない。
でも、外の空気はもう、“ふたりだけのもの”じゃなかった。