コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
自分を指差したミューゼを、ネフテリアはじっと見つめ、笑みを浮かべた。
「久しぶりにその姿を見たけど、可愛いわね」
ネフテリアの言葉に、離れて見ていた兵士やメイドが、うんうんと頷いている。アリエッタが童話の女王をモデルにして描いた魔法少女服は大好評のようだ。
対して部屋に篭らされていたネフテリアは、ラフな普段着のままである。外に出される予定が無かったので、ドレスなどは着ていない。
「いけない、ミューゼが来たというのにこんな格好で! 着替えてこないと!」
慌てて部屋に戻ろうとするが、
「逃がすかぁっ!」
ボゴォッ
ネフテリアがやってきた通路の入口に木を伸ばし、塞いでしまった。
「ちっ……」
忌々しげに木を見て、舌打ちした。どうやらこの場から逃げるつもりだったようだ。
「これは一体何事だ?」
その時1人の男の声が響き渡る。奥から歩いてきたのは、国王であるガルディオだった。
「お父様、どうしてここに?」
「いや、あれだけ大きな音がしたら、普通見に来るだろ。兵士達も、私には危険は無いと言って止めなかったしな」
そう言いながらネフテリアから視線を外し、ホールを見渡す。それだけで全てを理解したのか、ガックリと肩を落とした。
「すまんな、フェリスクベル嬢、パフィちゃん」
「なんで私の方が可愛い呼ばれ方してるのよ……」
何度目かの王族の謝罪。ミューゼもパフィもすっかり慣れたものである。
ガルディオは全てを報告で知っていた。だからこそミューゼ達に城を破壊されても、怒る気になれないのだ。
兵士達は詳細こそ知らないものの、ピアーニャやヨークスフィルンで王女と共に行動していたミューゼ達の存在、そして用があるのは王女と王妃だけという説明で、またなんかやらかしたなと察し、素直に従っていたのである。
「少々不貞寝したい。ピアーニャ先生、後は任せてよろしいですかな?」
「うむ。クロウしてるな。きょうはユックリやすんでおけ」
「はい。む?」
引き下がろうとしたその時、ガルディオの後ろから1人の人物が現れた。
「ディオ! 一体何が……あっ……」
やってきたのは王妃フレア。質問をしながらホールを見て、パフィと目が合った瞬間に言葉を失い……ゆっくりと下がっていった。
しかしフレアは逃げられない。ガルディオによって捕まってしまった。
「フレアを献上します。どうか怒りをお鎮めください」
王は淡々と言いながら、自ら妻を差し出す。
今までにない出来事の連続で、兵士達は困惑しつつも動けない。ただ下手な事をすれば、自分までどうなるか分からない事だけは理解しているようだ。ピアーニャがミューゼ側にいる事も、手が出せない要因ではあるが。
「イヤアアアアアア!!」
「お母様!」
ガルディオが去り、逃げ道が兵士によって塞がれた事で、本気で身の危険を感じて叫ぶ王妃フレア。味方は娘のネフテリアだけである。
覚悟を決めたのか、それとも自暴自棄なのか、2人はゆらりとミューゼ達に向き直り、戦闘態勢に入った。
「こうなったら……殺られる前に犯るしかないわ!」
「それもう王族がしていい発想じゃないですよね?」
「そうね。今こそパフィちゃんをこの手に」
「散々セクハラしておいて、今更何言ってるのよこの王妃様は」
「アイツそんなことしてたのか……」
元々ネフテリアをぶっ飛ばしにきたミューゼ達にとっても、戦闘態勢になるのは問題無い。
会話の分からないアリエッタは、ミューゼが怒っている事だけは分かるので、ピアーニャの手を取って大人しくしている。
しかし、ここで会話を聞いていた周りの兵士達がザワつき始めた。
「パフィちゃんに王妃様がセクハラ…だと?」
「まずい、想像するな! まともに立てなくなるぞ!」
「ありがてぇ…ありがてぇ……」
パフィのボディラインは、厚着していても隠し切れない逸品である。迂闊にもその現場を想像してしまった兵士達は、ちょっと中腰になりながら武器を構えて何かを誤魔化し始める。
「この城、こんなんばっかりかーい!!」
どごーん!
『ぎゃあああああ!!』
一気にイラッときたミューゼが、太い蔓を使って兵士達をぶっ飛ばした。
そしてそれが、開戦の合図となった。
「【石牢陣】!」(まずは足を止めて……死角から抱きしめてチューしてやる!)
ネフテリアの魔力が床を伝わり、ミューゼ達5人の周囲から石柱が突き出した。その間から人は難なく通れるが、驚かせ動きを制限するのには十分な魔法である。
すかさずパフィが鞘をつけたままのナイフを手に、柱の外に飛び出た。しかし、
「! フレア様はどこなのよ!?」
警戒していた筈のフレアの姿が、そこには無い。視界を塞がれた一瞬で、いなくなったのだ。
横ではミューゼの蔓が石柱を避けてネフテリアを捕らえようとしているが、それで捕らえられるほどネフテリアは弱くない。
「ストレヴェリー様! 後ろの上!」
「!?」
ラッチの声に反応し、その方向を見上げると、優雅に石柱の側面に立つフレアの姿があった。
「あら残念。もうちょっとで抱きしめる事ができましたのに」
「そうはいかないのよっ!」
ステップして石柱から離れ、そのままダッシュ。向かう先には蔓を切っては避けているネフテリアがいる。視界の隅で動きを捉えたのか、パフィの方を警戒した。
「相変わらずやっかいな連携ねっ!」
個々の能力では、幼い頃から訓練を受けているネフテリアに敵う事は無いと、ミューゼもパフィも重々理解している。だからこそ1対1の状況は作らないつもりでフレアの位置を確認していた。
「だけど、逃がしませんよ♪」
すぐ真後ろ、それも耳元で聞こえたフレアの囁き声。慌ててパフィが体を回転させてナイフを振りぬくも、空振り。真後ろには誰もいなかった。
「今の、なんなのよ? 魔法?」
「うふふ」(はぁ、流石サンディちゃんの娘さん。可愛いわ♡)
振り向いたパフィは、離れた所からゆっくり歩いてくるフレアを見て、戦慄していた。
パフィの攻撃がこなくなったネフテリアは、空中を跳ね回ってパフィから遠ざかるように蔓から逃げ続ける。
(いいなぁ、わたくしもこういう物理的な魔法が使えれば、ミューゼを捕まえ放題なのに)
魔法を欲する不純な動機を考えつつ、回り込みながら徐々にミューゼへと近づいて行く。
「ラッチ、後ろに下がって」
ミューゼは近くにいるラッチに声をかけ、この場から移動させた。その後を追うように、ミューゼも蔓を振り回しながらジリジリと後退していく。
「蔓を使っているから他の魔法は撃てないわよね。ふふっ、パフィがお母様に狙われている以上、ミューゼに勝ち目はないわよ?」
「分かってますよ、そんなことっ!」
現状を指摘され、ミューゼが吠える。そして太い蔓を2本、ネフテリアを挟むように左右から襲わせた。
(あら、ヤケになっちゃった? それじゃあ遠慮なくいただきまーす♪)
操る蔓が多い程、そして大きい程、ミューゼの近くは無防備となる。それが分かっているからこそ、本来ミューゼは1人では戦わない。そして、ネフテリアもその事に気付いていた。
「せー…のっ!」
魔法で空中を思いっきり蹴って、がら空きになったミューゼの正面からの突撃。もとい抱き着き。
しかしミューゼの前に、赤い人物が立ちはだかる。
「むっ」
「フェリスクベル様!」
飛び出してきたのはラッチ。両腕を広げ、上に向かって腕を伸ばす。変形させて天井に届かない程度の長さまで。
続いてミューゼは操っていた蔓を消し、別の魔法を発動させた。
「【縛蔦網】!」
すると、ラッチの細長くなった腕に絡まり、瞬時に扇形の網が出来上がる。ニーニルで使った時とは違い、本数や範囲が限られているので、かなり自在に操れるのだ。
「くっのぉ!」
慌てて手から前方に向かって風の魔法を噴出し、空中でブレーキをかけるネフテリア。危なげなく手前で止まり、そのまま床に降り立った。
「ふぅ、あぶなかっ──」
蔦の網に突っ込む前に回避出来たネフテリアは、安堵して立ち上がろうとした。しかし、その網は魔法によって固定作成された網ではなく、ラッチの腕に絡めて作られたものだった。
もちろんラッチの腕は自由に動かせる。という事は……
「てい」
「たぁっ!?」
ネフテリアがその展開を想像しかけた時には、既に網が振り下ろされていたた。
潰されるかのように捕まったネフテリアにミューゼの蔦が伸びてそのまま全身に絡みつき、捕獲が完了した。
「うわーん。まさかそっちの子と連携……って、パルミラ?」
悔しがっているその途中で、初めてラッチの事に意識が向き、ラッチと初めて出会ったミューゼ達と同じ反応をして、ようやく大人しくなった。
その頃丁度、少し離れた所でパフィとフレアが間近で対峙していた。鞘に入れたままの巨大ナイフと、目に見えない魔法の押し合いである。
「あらあら、やるわねミューゼちゃん達」
「これで終わりなのよ。すぐにこっちに駆けつけてくれるのよ」
「……その前にせめてひと摘まみ!」
「やめるのよぉっ!」
フレアにとって、ピアーニャが介入してこないのは幸運としか思えなかった。絶対にボロボロにされるのが分かっているからである。しかし今は可愛らしいサメの恰好でアリエッタに捕まっているのか、何もしてこない。
最終的に負けるにしても、少しでいいからパフィに触れておきたいという、邪な考えだけでテンションを上げているのだ。
パフィからしても、早めにどうにか抑え込みたいところだったが、ネフテリアの母だけあって尋常じゃないほど強い。王族は有事の為にとピアーニャに鍛えられていたので、一筋縄ではいかないのである。
「この見えない魔法が面倒なのよっ」
「パフィちゃんには教えてあげる。わたくしはね、空気を操るのが一番得意なの。風にしてスカートめくりする事だってお手の物よ」
「ちょっと待つのよぉっ!」
反射的に後ろに飛び退き、慌ててスカートを押さえてしまうパフィ。そんな隙を逃すようなフレアではない。
「うふ♪」
目にもとまらぬ速さで、優雅にパフィの目の前に最接近し、パフィの胸元へと手を伸ばす。
「ひっ!?」
無防備になっているパフィは、フレアの手の動きに悲鳴をあげるも、体の反応が追い付かない。そして……
「……?」
何もされないまま、残った勢いで後ろに数歩下がった。
不思議そうにフレアを見ると、手を伸ばしかけ、いやらしい顔つきのまま動きが止まっている。明らかに王妃がしていい顔ではない。
そのまま警戒していると、離れた場所から名を呼ぶ声が聞こえた。
「ぱひー! ぱひー! だいじょうぶ?」
「……アリエッタ?」
ピアーニャの手を離し、駆け寄ってくるアリエッタの手には、木の板で作られたリモコンが握られている。
「なるほど……はぁ、危なかったのよぉ……」
安堵したパフィは、寄ってきたアリエッタを抱き締め、思いっきり褒めて、撫でてあげた。
「ふえぇっ!?」(いやあのそこまで褒めなくても……あっ♪)