土曜日。
青葉たちは祖父の誕生会で、祖父の屋敷に集まっていた。
食事のあと、みんな思い思いの場所で過ごしていたのだが。
青葉と大吾もライトアップされた庭に出て語らっている人々に混ざっていた。
「聞いただろう、大吾。
俺は思い出したんだ、フィンランドでのあかりとの記憶を」
青葉はその話を出して、大吾を牽制しようとした。
「ほんとうに思い出したのか?
気のせいじゃないのか?
俺もフィンランドでのあかりとの記憶を思い出そうとすれば、思い出せるぞ」
――なんだって?
「あかりと俺とで過ごす白夜のフィンランド。
あかりの家の広大な自然が望める窓辺のテーブルで。
蝋燭の灯りの下、二人見つめ合い、食事をしたっけな」
「いや、誰が妄想を語れと言った……」
なんかありそうな感じによくできてるけど。
あかりの家は街中だからな、と青葉は言う。
まあ、あかりの家というか、レイの家らしいのだが。
「だが、お前の記憶も、そうだったらいいなという妄想かもしれないじゃないか」
いや、一番思い出したくない記憶だったんだが……。
「どちらにせよ。
あかりの心はまだお前に向かって動いてはいない。
ここにくる前、じいさんへの手土産を買いに、あかりの店をちょっと覗いたんだが。
あかりは、今日も普段通りにお前の話をしていたぞ。
今までと変わりなかった」
うっ、と思いながらも、青葉は言う。
「確かに全部を思い出したわけではないし。
思い出したと言ったところで、すぐにあいつの中で、今の俺と昔の俺が結びつくわけでもないだろう。
……だが、必ずいつか、すべて思い出すしっ。
思い出せなくとも、また一から二人の思い出を作っていけばいいじゃないかっ」
なあ、あかりっ、と言わんばかりに、青葉は語り、大吾の手を握る。
感情が入りすぎて、途中からまるで、あかりに語っているかのようになってしまった……。
大吾はそんな青葉の手を振りほどかずに言う。
「……いや、俺に言われてもな」
そのとき、
「おーい。
二人とも、こっち来て呑まないかー」
と気のいいおじさんが噴水近くの涼しげなテーブルから手招きしてきた。
子どもの頃から二人とも世話になっているおじさんだ。
二人は揉めるのはやめ、おじさんのところに行った。
みんなで酒を呑む。
涼やかな夜の噴水を眺めながら、青葉は思っていた。
確かに俺の記憶はまだ完全には戻ってはいない。
だが、自分が確かに、あかりの青葉だったとわかっただけで充分だ。
ともかく、早く、あかりともう一度、恋に落ちなければっ。
なにか、まずい騒ぎが起きそうな気がする。
あいつ、常に面倒ごとを呼んでくるからな。
叩けば、しょうもないほこりがパタパタ出てきそうだし、と青葉は、孔子の占いとは真逆のことを考えていた。
「あら、あかりさん。
なにしてるの?」
翌日、あかりの店を寿々花が訪ねてきた。
「タロットです」
あかりはあれから暇に任せて、来る客来る客占っていた。
当たりそうにもないので、みんな気楽に楽しんでくれている。
これも代金はスマイルだ。
……いや、もちろん、商品の代金の方はもらっているが。
「またおかしなことはじめたわね。
あら、なにこれ?
メニュー?」
と寿々花はカウンターの上の紙をとる。
「『味津苦巣十酢』ってなによ」
「ミックスジュースです。
読めた人だけ頼めます」
『みっくすじゅーす、わたし、漢字で書けるよっ』
と言っていたあの子がなんとか漢字で書こうとして書けなかったので、あかりが考え、書いてもらったのだ。
『夜露死苦』の方がまだ読める気がする。
飲んだら、酸っぱくて、悶絶しそうだ。
「ミックスジュースのお代はスマイル?
そんな高いもの払えないわ」
まあ、寿々花さん的にはそうかもですね~。
日向にもスマイルゼロなこと多いですもんね~。
「きっと青葉が払うわよ」
と言われ、あかりは、冷蔵庫から果物を出し、ミックスジュースの準備をはじめた。
ついにジューサーまで完備したのだ。
ここがカフェになる日も近い。
「ところで、あなたの占いって、当たるの?
自分の人生もままならないのに?」
寿々花さん、また余計なことおっしゃいましたね。
あかりは、カウンターの上にあるのとは違うアンティークなタロットカードを出してきた。
「寿々花さん、この一点ものの、手描きのアンティークなタロット。
……そういえば、フィンランドで買って、忘れてたんですが。
買うとき、|蚤《のみ》の市のおじさんが、
『このタロットは強い力を持ち。
多くの人々の運命を占ったり、狂わせたりしてきた』
と言っていました。
……まあ、いまいち、聞き取れなかったのですが。
たぶん、そう言っていました。
そんなこのタロットで!」
いや、どんなタロットよ、という顔を寿々花はする。
「明日抽選の堀様のチケットが当選するかどうかを占ってみましたっ!」
いや、そんなすごいタロットなら、もっと違うこと占えよ!
俺たちの未来とかっ、
と青葉がいたら、叫んでいただろうが、いなかった。
うさんくさげに寿々花が言う。
「当選するかどうかなんて、そんなのでわかるわけないじゃない。
私なんて、その抽選に人生をかけているのよ」
「まあ、そうですね。
というわけで、当たるわけないので、気楽に聞いてください」
ん? という顔を寿々花はした。
「実は、寿々花さんが当選するかどうかも、占ってみました」
「なんでそんな勝手なことするのよっ」
と寿々花は立ち上がる。
……いや、私の占い、当たらなんじゃなかったんですか?
「こう見えて、私、縁起は担ぐのよっ」
「そうなんですか。
いや、すみません。
私のを占ったあと、死なばもろともと思いまして、寿々花さんのも占ってみたんです」
「け、結果はどうだったの?
ああ、待ってっ。
はっきり言わずにやんわり言ってっ」
あかりは、少し迷って、やんわり言った。
「……私と同じでした」
「じゃあ、駄目だったんじゃないのっ」
あなた、さっき、死なばもろともって言ったわよーっ、
と寿々花は叫ぶ。
そのあともなにか文句を言っていたようだが、ジューサーの音にかき消され、聞こえなかった。
良いものを買ったな、と思いながら、あかりは激しく振動しているジューサーを見つめる。
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