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嗚呼、神よ。
何故このような事態に陥ってしまったのだ。
居間の端でいつものように縮こまりながらも心中で神に祈り続ける一松は今現在バチバチと火花を散らしながら睨みを利かせ合っている2人の弟をほぼ閉じられた目で見つめた。
事の始まりはたったの30分前。
毎日毎日ニートを謳歌している6つ子は当たり前のように暇であるが、その日一松と十四松は朝から2人で出掛けようと前々から企てていた。
出掛ける事が決まった日からワクワクと目を輝かせながら日めくりカレンダーを眺め続ける十四松を窘める事が一松の日課ともなっていた。
表面上は十四松を落ち着かせていたが一松本人も楽しみにしていたのは確かだった。
そして当日、早く目覚めすぎた2人は居間へ降りて今日のプランを今一度確認して幾らか小さな声でクスクスと笑い合っていた。
そこに末弟のトド松が眠たげな目を擦りながら降りてきたのだった。
おはよう、おはようと軽い挨拶を交わす。
特に隠す事では無いので気にせず雑誌をペラペラと捲る。
その雑誌が目に入ったのかトド松がはた、と口を開いた。
「どっか行くの?」
一松が顔を上げて答えようとするが、目をキラキラさせて大声を出した十四松の声に掻き消された。
「うん!!一松にーさんと2人でお出掛け!!」
そこでまだ靄がかかっていた様なトド松の思考は鮮明になり、十四松に負けず劣らないよう声を張り上げた。
「え!2人で?!ずるい僕も行きたい!!」
一松が困ったように肩を竦める。
十四松は途端に顔を顰めて怒鳴った。
「だめ!!!!!」
頑固になった十四松は面倒だと分かっているのか、トド松はすぐさま標的を変えて一松に縋った。
「ねぇお願いだよ一松兄さん…僕一松兄さんと一緒に出掛けたいよ…」
お得意のあざとさを炸裂させて目を潤わせたトド松は一松の居心地悪そうに縮こめられた肩に縋り付いた。
一松は咋に肩を揺らしてブリキ人形のように覚束無い動きでトド松を見遣った。
「え、あ、っと…」
ごにょごにょと口の中で喋り続ける一松はチラチラと十四松を見続ける。
十四松は近年稀に見る真顔で普段ふにゃふにゃのアホ毛すらもピンと張り詰めていた。
それから数分、結局一松は結論を出せずに十四松に助けを求めた。
それから十四松は徐に立ち上がり、一松を見た。
「一松にーさん、お出掛け、延期でもいい?ごめんね!」
一松は何が何だか分からない儘頷いた。
そして十四松は1度とびきり優しい笑顔を一松に見せてから、トド松を睨み付けるように見つめた。
「トド松、勝負だよ。どっちが一松にーさんに相応しいのか。逃げないでよ?これは元々トド松が始めた話なんだから。後早く一松にーさんから離れて。」
余りの十四松の変わりように一松は目を瞠り、未だ己の腕に腕を絡めているトド松とそんなトド松を恨めしげに睨み付ける十四松を交互に見つめた。
それからトド松も乗り気で立ち上がり、一松は2人の謎の決闘に巻き込まれないよういつもの位置に避難した。
漸く冷静になってきた頭でぐるぐると考える。
(俺に相応しいってどういう…もしかして2人で出掛けて荷物を持たせたりする俺相応のお出掛けはどっちが出来るかって事?ん?つまり、え?ん??)
元々聡い筈の一松の思考回路はショートし、一松は考える事を放棄した。
暫く睨み合っていたが、遂に十四松が口を開いた。
「あのね、トド松。残念だけど一松にーさんに相応しいのは僕なの。相棒だしずっと一緒にいるし僕の一松にーさんへのこの気持ちは誰にも負けないんだよ。トド松の入る余地は無いの。分かる?」
鋭い牙をギラギラと見せ付ける飢えた獣の様な瞳でトド松を見つめ、勝ち誇ったように片方の口角をあげる十四松は酷く男前だ、と一松は他人事のように考える。
その言葉に馬鹿馬鹿しいと笑ったトド松は挑発的な顔で答えた。
「残念なのは十四松兄さんだよ。確かに一松兄さんと十四松兄さんは相棒かもね。でも相棒って共に戦うとか友情とかじゃない?恋愛関係にはならないと思うんだけど。ていうか良く考えてよ。甘え上手な僕と甘えさせるのが上手で優しい一松兄さん。ピッタリでしょ?でも十四松兄さんはいつも可笑しな発言をして一松兄さんを困らせてる。僕ならそんな事ないのに、ね?一松兄さん。」
観客席に居た自分にスポットライトが当たったかのように動揺した一松はまたもあ、だのう、だの酷く狼狽えた。
そこに十四松が割り込む。
「一松兄さんを困らせてるのはトド松だよ?今だってそうじゃん。一松兄さんに意地悪しないでよ。一松兄さん優しいから弟には嫌だって言えないの知ってて虐めるなんて最低だよね。」
一松はギョッとしたように十四松を見た。
そしてチラッとトド松の顔を見る。
捨てられた子猫のように瞳を潤わせて自身を見る弟に一松は元々抱き締めていた両膝を更に抱き寄せた。
そこで埒が明かないと考えた十四松は地団駄を踏んでトド松をビシッと指さした。
「めんどくさい!!!!とにかく一松兄さんに相応しいのは僕なの!うううぅ〜!!!」
キッと殊更強くトド松を睨み付けたかと思えば十四松はボロボロと涙を流し始めた。
一松は慌てて立ち上がって驚きの連続で震える手で頭を優しく撫でた。
「あ、のさ…なんで2人がそこまで対立するのか分からないけど、俺2人のこと平等に好きだから喧嘩するなよ…」
左手で十四松を撫で、少し遠くに居たトド松をちょいちょいと呼び寄せて右手で撫でる。
十四松は涙を拭い、目に涙を溜めながらも幸せそうに笑った。
それを見てトド松も同じく目に涙を溜めながら笑った。
一松はホッとしたように息を吐き、呆れながら笑った。
「「でも、僕達はライバルのままだよね」」
撫でられながらも目を合わせてクスクス笑う2人にもうトゲトゲしさは無く、ただただ好敵手としての情があった。
(ったく、2人とも好きだって言ってるのに…)
その日は午後から3人で出掛けたとか。