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ちい。こたつがめ@は?
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『人との関わり方』
中学生になって、「人を信じる」ということが怖くなりました。別に、これはあの人のせいではなく、私が敏感すぎるだけの話です。薄々、自覚はあった。小学高学年頃から、周りの目や自分の言った言葉のあとに相手が何を思ってなんて返すか、すごく考えながら会話をし始めました。自分から言うことではありませんが、人助けが好きで、よく人の話を聞いてあげているとクラスメイトや友達の相談相手になっていて、そうすると嫌な言い方ではありますが「人間の裏の顔」的に仲良さそうにしている子たち同士でも相手がいないとね、、。そういうのを目の当たりにしていると自分も誰かしらにはそう思われているのではないか、そう思わせてしまっているんじゃないか。それからは、周りの人間が黒い渦みたいな得体のしれない、不気味な存在にしか見えなくて、怖くなっていきました。でも、決定的な出来事が一つ。前に言った女の子の親友。少し、自己中心的なところが中学生になってひどくなっていった。その分、意見のすれ違いが多くなっていった。その間、あの子が自分が有利になるような噂を自分がスマホを持っていないこといいことにLINEやDMで広めたんです。大半は信じたんですよ(笑)あぁ、人ってその程度なんだって。でも、あの小学生の時支えてくれた男子たちはずっと、信じてくれていました。でも、「友達」とか「信じる」とかの感情は持ちたくありませんでした。だって、信じて期待して、でもそれでも裏切られるなら最初から期待しないほうがいいと思って、心の中で境界線を引いて、その一歩後ろに下がって、人との関係を持つことにしました。たとえ、相手が私を親友だと仲間だと、友達だといったとしても、表面はその気持ちに応えるように接し、ずっと仮面を作り続けました。これが自分を守る方法で、こうでもしない自分が自分じゃないみたいで、もっと、自分を嫌いになりそうだったから。
『使えるものはとことん使う』
中1の冬くらいまで、あの人は中学受験のことを引きずって私が話す内容はすべてあの人を不機嫌にしてしまうことだったらしく、家の空気は最悪でした。中2になって、少しあの人も落ち着き、家で大声が鳴り響くことは少なくなりました。でも、それでも、私は地獄から地獄に進むだけでした。中3になって、高校受験が始まる。少し前から自分で調べて行きたいと思っていた県立があった。でも、いざ志望校をっていってもあの人が決めた高校にしか道はなかった。そんなの死にたいくらい嫌だった。でも、ここで縁を切って、家を追い出されるより、今の状況をとことん自分に活かすことにした。金は自分で稼がなくていい、飯は3食、寝る場所も、勉強する環境も、服もある。それなら、とことん使ってやると。県立の勉強をしたけど、当日英語と国語をほぼ白紙で提出した。もちろん結果は不合格。代わりに、自分が本当に行きたかった県立と似た私立には受かっていた。そこに行くように、仕向けた。親には理解不明っていう顔された。だって、県立の合格は絶対的なほどの成績なのに落ちたから。これは墓場まで持ってく。自由がないなら自分で掴み取るまで。卑怯でも、汚くても、どんなに批判されて、冷たい目を向けられても、自分は絶対に後悔しない。あの人に従って生きている自分は想像もしたくない。
コメント
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読み終えました。中学時代の「人を信じるのが怖くなる感覚」、すごくリアルでした。周りの裏の顔を知ってしまい、心に一歩下がって仮面をかぶる——その自己防衛の切なさが胸に刺さります。そして「使えるものはとことん使う」という戦略的態度。県立をわざと落ちる逆転の発想、怖いほど強い意志を感じました。自分を守るための、歪だけど確かな抗い方。これからどうなるのか、気になります。