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「お前、いい加減にしろよ」
目の前には、先程の優しい眼差しとは逆に怒りと、悲しさを帯びた眼差しが私を貫いた
あぁ、私はまた彼を傷つけてしまった
「こっちは全部知ってんだよ。お前が、俺の代わりに買い取られたって」
「、!なんで、それを、」
私は思わず目を見開かせた
役人達には口止めしていたはず、なんで彼がそれを知って、
「ガキ共が言ってたんだよ。お前のせいでアイツが連れて行かれたってな」
「それを聞いた時の俺の気持ち、わかるかよ」
彼はゆっくり私の胸倉から手を離し、苦しそうにそう言った
違う、そんな顔をさせたかった訳じゃない
私はただ、君が生きて、笑ってくれていればそれで良かった
彼の苦しそうな表情を見て、私は思わず俯いた
「、ごめん、。ただ私は、君に生きて、幸せになって欲しかった」
「私の、大切な人だから」
本心を表せる言葉を選んで、震える声で言葉を紡いだ
泣くな、泣きたいのは彼の方だ。私が泣くのはお門違いだ
「、勝手に俺の幸せ決めてんじゃねぇよ」
必死に唇を噛み締めていると、ふわりと甘い香りに包まれた
「俺は、お前がいたあの日常が幸せだった。あんなクソみたいな日々で、唯一お前といた時間だけは楽しかった」
ポンポンと一定のリズムで優しく叩かれる背中に、私の視界が次第にぼやけていった
「お前は違ぇのか?俺といた時間は、無駄だったか?」
「、そんな事、ある訳ないっ、」
雪崩のように流れ出す涙と共に、口から本心が溢れ出す
「本当は、ずっと一緒にいたかった、」
「あぁ」
「もっと、君の事が知りたかった、」
「あぁ」
私が言葉を紡ぐ度に、優しく相槌を打ってくれる彼が心地良くて、涙は収まらなかった
「あの時、本当は一緒に連れて行って欲しかったっ、」
キュッと彼のシャツを握り、そう泣き叫んだ
奴隷市場にいた 時も、実験台にされていた時も、旅をしていた時も
あの時、彼と共に逃げていたなら何か変わったのかと、今でも考えてしまう
あの時、離れていなければと
「、やっと言ったな」
彼は意地悪そうに笑みを浮かべ、私の頭にそっと手を置いた
「なら、これからは嫌って程甘やかして、どこへ行こうとずっと引っ付いてやる」
だから、と彼は私の涙をそっと拭い、ふっと笑った
「もうぜってぇに、一人になんてさせねぇよ」
「、!、うんっ、」
私が泣き止む頃には、既に雨は止んでおり、眩い夕焼け空が広がっていた
_____
「そういやお前、俺の名前知ってっけ?」
あの後、すっかりびしょ濡れになってしまった私達は仕方なくその場を後にした
私だけ手拭いを借りるのは申し訳なかったが
彼から
「お前、今度俺の為に遠慮や自己犠牲なんてしたら金取るからな」
「えぇ、」
流石にお金を取られるのは厳しい為、ありがたく使わせて貰っていた
「ううん。そもそも、あの時は名前なんて聞く暇なかったから」
それに、軽率に名前なんて教えたら何か厄介事に巻き込まれるリスクも高くなるし
彼にそう言うと、あー、そういやそうだったな。と納得したように声を出した
「んじゃ、改めて。俺は坂田銀時、今は万事屋を営んでる」
「万事屋、さっきの女の子もそう言ってたような、」
私が思い出そうとしていると、次、お前な。と私の番が回ってきた
「名前、。もう思い出せないかな」
奴隷ではおいとかお前呼びだったし、実験所に至っては番号呼びだったし
本名なんてもう、とうの昔に忘れてしまった
そんな私の顔を見てか、銀時は私の頭を撫で
「んじゃ、俺が新たに命名してやるよ」
そう笑いながら言うと、すぐに考える素振りをみせた
あれこれ考える銀時を見ながら、私は思わず微笑んだ
銀時は昔から、人を見る目がある
アイツは危ない。アイツには近づくな。
銀時の予想通り、私達に近づいてきた奴らは大体犯罪絡みの人達だった
そして、銀時は人の感情を見るのが得意だ
微かな表情の変化に敏感で、何か銀時に隠し事をしようとしてもすぐにバレる
しかし、私は銀時のそういう所が好きだ
感じた上で、何も言わずに私の傍にいてくれる
そんな優しい所が、私は好きだ
「おーい。聞いてるー?」
「、あ。ごめん、もっかい言って」
物思いに更けていると、銀時からそう声を掛けられている事に気づいた
「ったく、雪桜なんてどうだ?」
「雪桜?」
「おう、雪に桜で雪桜だ」
柔らかく微笑む銀時に、私は思わず目を見開いた
いつの日か、どこかの会話でぼやいた事があった
“私、雪と桜が好きなんだよね”
“んだよ、やたからぼうに”
確かその日は、雪が降るほどに寒い夜だった
会話の延長線上で、ボソリとそんな事を呟いたのだ
“雪が溶けたら桜が咲いて、桜が枯れて巡り巡ってまた雪が降り落ちる”
“なんだか、私達みたいでしょ”
“じゃあ、お前が桜か?”
珍しく銀時が会話に乗ってきた事に驚きつつも、私は普段と変わらない無表情で空を見上げた
“ううん。私が雪で、君が桜。”
“雪が溶けても、桜がまた巡って降らせてくれるから”
“、はぁー、くだらねぇな”
くだらない、実に馬鹿々しくて笑い合った冬の夜
きっと、彼は分かっていて私にその名をくれたのだろう
私は思わず微笑みながら、銀時の方へ視線を向けた
「雪桜、うん。気に入った」
「そりゃ良かった」
銀時も満足そうに言い、私の頭をくしゃりと撫でた
二つの影が夕日に溶け、私はこの時間をゆっくり噛み締めた