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密会
「今日、うち来るか?」
「あ、今日は予定があるから。ごめん」
久しぶりのターボーの誘いをあっさりと断り、ちょんまげは手を合わせた。
「え? 何の用事だ?」
「ひーみーつー」
楽しげにそう言ったちょんまげは、「じゃ、帰るね」と退勤する。残されたターボーは、チラチラ見ている社員達の視線も気にせずに考え込む。
(俺の誘いよりも優先する用事……まさか)
真っ先に思い付いたのはとある小学校教員だが、まさか自分に黙って行く事はないだろう……と信じたい……いやまさか……。
苛立ちを隠さない表情に、社員達はそそくさと離れていく。そんな中、ターボーのスマホに通知が来た。
《ターボー、今ヒマか?》
「カンタロー?」
相手はカンタローで、とりあえず《時間はある》と答える。
《じゃあさ、一緒に貧ちゃんを尾行しないか?》
(おいおい、なんか物騒だな)
ターボーはそう思いながら、ふと思い当たった。
(もしかして、ちょんまげは貧ちゃんと会うんじゃないか?)
それなら安心なのだが。
《いいよ。どこに行けばいい?》
そう送れば、カンタローは地図を送ってくる。ターボーは早速その場所に向かった。
地図の場所に行けば、カンタローの姿はない。辺りを見回すと、突然後ろから肩を叩かれた。
「ん? ……カンタロー?」
そこにいたのは髭面の帽子の男。そいつは口に指を当て、静かにしろとターボーに伝える。
「ターボー、目立ち過ぎだ。これに着替えろ」
その声はやはりカンタローで、紙袋を押し付けられる。
「……マジ?」
近くのトイレで手早く着替える。量産品のジャンパーにダルダルのパンツ、いつもオーダーメイドのスーツを着ているターボーのイメージからは離れている。
「これでいいか?」
「おう、これも被っとけ」
長めのウィッグまで被せられる。カンタローの視線はチラチラと喫茶店を向いていて、その店前には貧ちゃんが立っていた。
(こうやって見ると、貧ちゃんってスタイルがいいよなー。美人だし、さりげなくおしゃれだし)
ターボーは思うが口には出さない。カンタローは雑誌を読むフリをしながら貧ちゃんから視線を外さない。
「で、何で貧ちゃんを尾行するんだよ」
小声で訊けば、カンタローは「だってよ」と呟く。
「俺の誘いを断って、会いたい相手なんか……パパ活とかだったらどうするんだよ?」
……いやいや、大学病院の薬剤師が、そんな事しないだろ。そう突っ込みたいが、ターボーは口を閉じた。
貧ちゃんの元にやってきたのは、やはりちょんまげだった。退勤した時とは服装が違う。一度着替えに戻ったらしい。服装に頓着がないちょんまげだが、着ていた服はセンスが良く、彼によく似合っていた。
「あの服、見た事ねえ……」
「あ、そうなんだ」
ターボーの唸りにもあっさり返し、カンタローは少し気が緩んだように笑う。
「にしても、ちょんまげだったかあ。よかったよかった」
「待て、カンタロー。どこか行くみたいだぞ」
貧ちゃんとちょんまげは何かを話し、そのまま二人で歩き始める。ターボーとカンタローは、そのままこっそり尾行ていく。
二人はまず町中華の店に入っていく。ターボーも何度か来た事がある店で、中が狭い事は知っているから、入らずにコンビニのパンをかじる。
「……何食ってるかなー」
「ちょんまげは、ここの五目ラーメンが好きだぞ」
「あー、美味そう」
北風が身に染みる。それでも二人で店を見つめていれば、ようやく貧ちゃんとちょんまげが出てきた。楽しげに笑いながら、また歩き始める。
「帰るかな? どう思う、ターボー」
「おしゃれして出掛けて、中華食いに来たのか? なわけないだろ」
そうなると、嫌な想像にしかいかないのだが。
だんだん人気のない方に進んでいく。あの先はホテル街で、煌びやかなネオンの飲み屋も並んでいるはずだ。
「なあ、ターボー。まさか、貧ちゃん……ちょんまげと……」
「いやいやいや、まさか」
二人でホテルに入ったら……貧ちゃんもちょんまげも自分達というパートナーがいる訳だし、夜も満足している……はず……
「女装カフェの面接受けるつもり、とか?」
「あ、そっち?」
何にせよ、看過できないが。
貧ちゃんとちょんまげは、そのままホテル街に入っていく。そして、スマホを見ながら派手な建物へ。
「ま、マジか……」
立ち尽くすカンタローに、ターボーは一歩踏み出す。
「行くぞ、カンタロー。あいつらを連れ戻さねえと」
「お、おう!」
もしかしたら、何かに巻き込まれているのかもしれない。騙されて、危ない目に遭っているのかもしれない。もしも浮気なら……話し合わなくてはならない。
派手な建物は複合施設で、キャバクラやらいかがわしい店やらが入っているようだ。どこに入ったのか、と探していると、薄い壁から声が聞こえてきた。
「こんな……ダメだよ、貧ちゃん」
「大丈夫だって。ほら、イイカンジじゃね?」
「でも……やっぱりターボーに……」
「俺だってカンタローに内緒にしてんだから、ちょんまげも共犯だからな。ほら、怖がってないでさ」
明らかに困っているちょんまげの声。それを聞いたターボーは、思わずその店に足を踏み込んだ。
「ちょんまげ!!」
「貧ちゃん?」
カンタローも続く。突然の乱入者に二人は目を丸くし、顔を引き攣らせた。
「た、ターボー……?」
「なんつーカッコしてるんだよ。カンタロー、だよな?」
そう言われ、変装していたことに気づく。二人が帽子やらウィッグやらを外すと、固まっていたちょんまげの表情がようやく緩んだ。
「ターボー、だった」
「悪い悪い」
そう言いながらも、ターボーはちょんまげの手の中にある物から目が離せない。ハンガーに掛けられて展示されていたそれは……
「あ、ターボーそういうの好きか?」
貧ちゃんが笑う。それは、コスプレ衣装だった。ただ、布面積は小さく、もはやそういう目的でしか使用しない物。猫の耳のカチューシャと、プラグの付いた尻尾もセットになっていた。
「ここって……」
「まあ、大人の店ってやつ?」
そう、いわゆるアダルトショップ。薄暗い店内にはいかがわしい雰囲気が漂い、人気の無さも相まって異空間にでもいるかのような気分にさせられる。ちらちらと四人を見ている者も、棚の影にいるようだが。
「なんで俺に秘密にして、こんなところに来たんだ?」
小さくなっているちょんまげに訊く。顔を赤くしたちょんまげは、視線を合わせずにぽつりと答えた。
「ターボー、最近忙しかったでしょ? 疲れた顔してたし。だから、サプライズしたくて貧ちゃんに相談したら……」
「ここ、男専用の同性愛者御用達の店だって聞いたからさ、一回来てみたかったんだよな。でもカンタロー誘うのもアレかなあって思ってたら、ちょんまげがそんな事言うから、一緒に行くのもいいなって」
確かに、周りのアイテムは男性用のアダルトグッズだ。それを見回していると、他の客と目が合う。そいつはターボーを見るなり、そそくさと立ち去った。
「貧ちゃん……こういう所には俺も誘わなきゃ」
カンタローも辺りの視線に気付いたようで、大きな声を出す。
「悪い奴らもいるかもしれないし、俺の愛する貧ちゃんに何かあったら、俺ブチ切れるからな?」
「わー、やめろカンタロー、恥ずかしい!」
貧ちゃんが慌ててカンタローの口を手で塞ぐ。しかし、その効果もあったのか、周りから人の気配はなくなった。
「人いないからって、なんでデカい 声出すんだよ」
「いや、見られてたからな? お前ら。ちょっとは周り注意しろ」
自称モテない歴三十四年の貧ちゃんも、人付き合いが苦手で最近まで引き篭もっていたちょんまげも、人の悪意はともかく好意には疎いところがある。だからこそ、カンタローもターボーも、色々と苦労があるのだが……。
「ちょんまげ、俺の事心配してくれるのはスゲー嬉しいんだけど、危ない事はしないでくれよ」
ターボーの言葉に、ちょんまげは困ったように笑う。
「貧ちゃん、ただの買い物だって言ってたから……」
「いやいや、ホテル街の派手なビルの時点で疑いを持て」
こんな場所でいやらしい下着を持っているちょんまげを、下心満載で覗いていたヤツもいただろう。考えるだけでそいつの目を抉りたくなるが、とにかくここから出る方が先決だ。
「とにかく、それ買って帰るぞ」
ちょんまげの手の中の猫下着を取り、ターボーはちょんまげの手を握る。
「あ、買うんだ」
貧ちゃんが笑うが、カンタローは別の下着を取ってその頭を軽く小突く。
「ちょんまげが持ってた物を、他の奴が変な目的で触るのはイヤなんだろ」
「あー、なるほど。で、それは?」
「貧ちゃんへのお仕置き」
「げ」
入り組んだ店内のレジまで、二人はお互いの恋人の手をしっかり握ったまま歩く。さっさと買い物を済ませると、ビルを後にした。
「うーさみぃ!」
貧ちゃんがカンタローにしがみつく。コートの中に入れてやりながら、カンタローはターボーに手を上げた。
「じゃ、ここでな」
「おう」
コートに隠れてイチャイチャしている二人は、そのままホテル街に消えていく。
「俺達も帰ろうか」
手を繋いだままのちょんまげに声を掛ければ、彼は「うん」と答える。
「そういや、その服見た事ないんだけど」
「こないだ、貧ちゃんにデートの服選んでもらったんだけど……似合うかどうか分かんなくて、とりあえず見てもらってた」
なるほど。納得したターボーだが、ちょんまげの中で貧ちゃんの影響は大きそうだ。後でカンタローに釘を刺しておくか、とターボーは内心決意する。
「よく似合ってるよ。でもさ、俺に一番先に見せてほしかったなあ」
素直にそう言うターボーに、ちょんまげは「次はそうする」と素直に答える。そして、ターボーの手の中の紙袋に目をやった。
「……それは、ターボーにしか見せないし」
「……おう」
さっさと家に帰ろう。今夜はターボーのマンションで、可愛く淫らな黒猫が見られるだろう。
(ちょっとだけ、貧ちゃんに感謝だな)
勝手に胸の中で手を合わせ、ターボーはちょんまげの手を引く。ちょんまげも足早に、ターボーの隣を歩く。
夜はまだまだこれからだ。
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どんべぇ