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直哉の人生最悪の日はいつもと同じように始まった、普段通り紗理奈と朝食を食べて、行ってくるよのキスをして
午前中に事務所での仕事を終えたら、従業員達と境界線の柵の補強場所に向かった
牧場の商売は繁盛しており、家には愛する妻が待っている、そして将来は無限に明るい希望に照らされている
あんなに辛い子供時代を過ごしたのに、人生がこんなに好転するとは、なんだかすべてがうまく行き過ぎている気がしていた
直哉はニヤリと笑うとディアを走らせた
午後一杯は県外区域を走り回っていたものだから、かなり遠くの方で救急車が街へ疾走しているのを、山の上からみんなでなんだなんだと見た
牧場の方から街へ向かっている
直哉はどこか嫌な予感がした、しかしここは山の上、紗理奈に電話しようと思ってもやはり圏外だった
その時従業員の一人が、慌てて馬に乗って直哉を呼びに来た。事情を説明しに来た時には何が起こっているのかまったく理解できなかった、あわてて下山し、全員県内区域まで来て、アリスに電話した
「ナオ君!ああっ!よかった!E地区にいたら、もっと連絡が遅れる所だったわ、すぐに久保田産婦人科へ向かって!サリーが・・・・ 」
その時点で直哉はもうディアを走らせていた
「後を頼む」
と背中越しに従業員達に怒鳴った
病院まで作業服のまま車を走らせる間、次から次へといろいろな思いが頭をよぎった
いったい何が紗理奈に起こったんだ、しかしどこか心当たりがある、ここ数日紗理奈は夜中に何度も起きて、トイレばかりいっていた
ハンドルを握る手に汗がたまる、だんだん気持ちが動転してきて体の中がよじれそうだ
病院に到着した時には苦渋に満ちた顔は、真っ青になっていた
待ち合い室でお福とアリスがいた、二人供立っている
「ああ!坊ちゃま!」
直哉が入ってくるとお福が声をあげた
「どこにいる?」
「検査室よ!」
ちょうど検査室から紗理奈の担当の女医が出て来た、小柄で中堅の女医は白衣ではなく、早くも手術着を着ている
嫌な予感はもはやピークに達している
背の低い、小柄な女医が直哉に説明する、長年の経験が彼女の小柄な体に威厳を与えていた
「成宮紗理奈さんのご家族様ですね・・・院長の久保田と申します」
全員が固唾を飲んで、険しい顔をしている院長を見つめる
「・・・残念ながら、病院へ到着した時にはすでに、お腹の赤ちゃんの心音は確認できませんでした」
直哉はまばたきもせず女医を見つめた
「・・・・どういう・・・ことですか?」
うっ・・・と後ろでお福が泣き出した、アリスの手が直哉の肩に置かれた
「あれほどの出血だったから・・・・」
アリスが静かに言った
「現在奥様は39度の発熱をおこしています、エコー検査の結果・・子宮の中で胎盤が残って癒着しているのが原因かと・・・本来でしたら自然と体外に排出されるのを待つべきでしょうが。奥様の場合は発熱を抑えるためにも、癒着した胎盤を取り除く緊急手術をされた方が良いと私共は判断しました」
女医は重々しく答えた、そこで看護師他、スタッフが手術同意書の書類を持ってきてバタバタと準備は進んだ
「なぜ?どうしてですか?何か原因が?」
直哉は女医に詰め寄った、それをアリスが先生はこれから大事な手術があるからと直哉を諫めた
女医は直哉の目をまっすぐ見つめて言った
「この様なケースはまったく健康な女性にも、起こる事があります、これといった特別な理由があるわけではありません、今はこれだけはハッキリ申し上げておきます、我々は奥様のお命を救う事を第一に考え全力を尽くします 」
「で・・・でも今朝まで元気だったんです!ど・・どうしてっ!」
「ナオ君!!」
アリスが必死で待合室での直哉の暴走を止めた
手術同意書にはアリスがサインをした、いたたまれなくなったお福が紗理奈が、一日入院する病室に着替えを置きに行くと言っていなくなった
そこからはバタバタ慌ただしく準備が過ぎ、手術室にランプが灯った
直哉はただ一人手術室の前に立ち、床に穴が開くほど見つめていた
床を見つめながら、奇妙な事に自分の実の父親の事を考えていた
アルコールで頭をおかしくし、人間らしい感情など一切持たず、冷たく墓の中で眠っている父親の事を
あんな男でも正妻にだけではなく、ろくでもない継母に子供を生ませることが出来たのに
直哉にとってどんなにちっぽけな命でも、かけがえのないものだった
それなのに・・・・
今その大切な命を失ってしまったのだ
手術が終わり麻酔が効いて眠る紗理奈の姿はとても小さく、いつものエネルギーや元気は、すっかりなくなっているように見えた
直哉の心は悲しみで引き裂かれそうになった
直哉は彼女の傍に座って髪を撫で、まだ熱っぽい額にキスした
自分が氷の様に固まってしまった気がして、それでも眠る紗理奈に小さく呟いた
「残念だったね・・・・・」