コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
人間は常に情報を得て生活している。視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚。これらを総称して『五感』という。生きていくには必要不可欠。それを悪事に使うという思考に至るのは、愚かな考えを持った人間がいるからだろうか。
青年はまだ、朽ちていない。いや、朽ちはじめているというのが当てはまるだろう。人が朽ち、形を保てなくなった時、その本性を露わにする。
小鳥遊 新(たかなし あらた)地元では有名な名門中学に通う中学二年生。趣味は勉学と読書。自我を強く持たない、落ち着いた雰囲気の青年だ。
カーテンの隙間から差し込む朝日。朝の時を子煩い金属音が響き渡る。鼓膜を酷く刺激し、新はいやいや目を覚ます。小学生の頃急に悪くなった視覚の補助のため、少しお気に入りの黒縁の眼鏡をつけて、自室から洗面所へ向かう。顔を洗う、歯を磨く。無色透明な冷たい水。意外と嫌いじゃない。
鳩時計の低い知らせが部屋に響く。その声色に被せて挨拶を交わす新。
「………はよ。」
「はーい。おはよう、でしょ? 朝食できてるから早く食べちゃいなさい。」
挨拶は返すがきちんと修正もしてくれる母は、文学の教師だ。言葉への思い入れは人一倍深く、本を読む習慣を教えてくれたのも母だった。
寝起きの重い背中を押して座らせた机の上にある朝食は、温かい味噌汁と昨夜の残り物、そして炊き立ての白米。向かいの机に置いてある朝食は、香ばしい匂いを漂わせる食パン、上をゆっくりと滑っていくバター。朝は米派の新からしたら理解不能だった。ドタバタと音を立てて階段を降りてきたかと思えば、素早く歯磨きやら顔を洗うやらを終わらせ部屋に来たのは、このパンを食すであろう、弟の颯汰(そうた)だ。
「にーちゃん、かーちゃんおはよ! 朝練あるからもう行くね!行ってきまーす!」
食パンと隣に置かれた弁当を雑に掴むと即座に出ていった。中学一年生なった颯汰は、運動神経が抜群で、サッカー部の体験入部でエースの選手に感化され、自ら進んで朝練の準備やら自己練習に勤しんでいる。
母は最初反対していた。母は昔から過保護だった。小さい頃に新が自転車でおつかいに行った帰り、大きな荷物を運んでいたせいかブレーキに力が入らず、転倒して骨折してしまったからだ。買い物へ行ったスーパーの買い物客が、優しく接しながら救急車の手配、母への連絡をしてくれたおかげで、無事に手当を受ける事ができた。
あの日以来、母が付き添える時は必ず買い物へ弟含め三人で向かい、母が仕事の時は父と弟と買い物へ行くようになった。新は落ち着いているがどこか気が抜けているため、怪我はしょっちゅうしている。そのおかげで、母はより一層子供に世話を焼くようになったのだ。
ある平穏な日の昼時。太陽もすっかり上へ登り、いい休日になると心を弾ませていた母親。インターホンがひとつ、鳴った。一体誰だろう、ご近所さんかしら、そんな思考を張り巡らせながらモニターを見る。見たことのないスーツを着た男性。きっちりと整えた髪型。胸元には見慣れないペン。
誰かしら、お父さんの同僚?モニターマイク機能をオンにする前に男性が口を開いた。
「ご家族を大切にしているのですね〜、ほ〜んとうに、微笑ましいです。」
母はこの時、身体中に悪寒が走り、冷や汗と動悸が止まらなったと話した。何も悪いことをしたわけではないのに、何故か震えが止まらなかったという。しかし、ここから母は、少しずつ、確実に壊れていった。