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20
あまね🍡💠
75
十五年前――。
数日後。
神崎詩織と蓬莱良樹は、朝霧義一に案内され、イコル・ヤーレン研究所を訪れていた。
白を基調とした広大な研究施設。
研究員たちが慌ただしく行き交っている。
詩織は辺りを見回しながら小さく呟く。
「思っていたより……普通なんですね。」
義一は笑った。
「研究所って聞くと堅いイメージがありますからね。」
「でも、ここで働いている人たちは、本気で人を救いたいと思っている人ばかりです。」
蓬莱は静かに頷いた。
「それは討論会でも伝わってきました。」
-–
研究室の扉が開く。
「ようこそ。」
イコル・ヤーレン博士が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「またお会いしましたね。」
蓬莱は軽く頭を下げる。
「本日は見学のお時間をいただき、ありがとうございます。」
博士は微笑む。
「こちらこそ。」
「皆さんに見ていただきたいものがあります。」
-–
研究室の奥。
ガラス越しの実験室には、一匹の犬がいた。
研究員が床へボールを転がす。
犬はボールを見つめる。
次の瞬間――。
ボールがふわりと宙へ浮かんだ。
詩織は思わず息を呑む。
「浮いた……。」
研究員が説明する。
「念動力です。」
「現在は動物への能力発現も継続して観察しています。」
博士が静かに続けた。
「人間へ投与する前にも、このような動物実験を何度も繰り返しました。」
「そして現在も、安全性の確認は続けています。」
蓬莱は犬を見つめたまま、小さく呟く。
「……すごい。」
その声には驚きと、不安が入り混じっていた。
-–
詩織が博士へ尋ねる。
「博士。」
「一つ、お聞きしてもいいですか。」
「もちろんです。」
「能力が発現しない人はいるんでしょうか。」
博士は少し考えて答える。
「理論上は、ほぼ全員に発現します。」
「ですが。」
「科学に絶対はありません。」
「例外が現れる可能性は、ゼロではありません。」
蓬莱はその言葉を静かに胸へ刻んだ。
-–
詩織は続けて尋ねる。
「能力による差別が生まれたら。」
「その時は、どうされるんですか。」
博士は静かに答える。
「差別をなくす努力を続けます。」
「能力は人を区別するためのものではありません。」
「人を助けるためのものです。」
蓬莱が穏やかに口を開く。
「博士。」
「あなたの考えは、本当に素晴らしいと思います。」
「ですが。」
「人間は完璧ではありません。」
「善意だけで社会は成り立たない。」
博士も静かに頷く。
「ええ。」
「だからこそ教育が必要なんです。」
「能力だけではなく。」
「能力を持つ人間の心も育てなければならない。」
二人は互いに微笑んだ。
考え方は違う。
それでも互いを否定しない。
そんな空気が流れていた。
-–
研究所を見学し終えた帰り道。
博士は蓬莱へ歩み寄る。
「蓬莱さん。」
蓬莱が振り返る。
「今日はありがとうございました。」
博士は微笑む。
「あなたのような人がいるから。」
「私は慎重でいられます。」
蓬莱も笑顔で答えた。
「私も。」
「博士のように、本気で人類の未来を考える方だからこそ。」
「こうして話し続けたいと思えるんです。」
二人は固く握手を交わした。
義一はその姿を見て、小さく笑う。
「二人とも、本当にすごい人だ……。」
詩織も静かに頷いた。
「ええ。」
「蓬莱さんの一番すごいところは。」
「どんな相手の話も、最後まで聞けるところなんです。」
-–
その時だった。
研究所内のテレビから、緊急ニュースが流れる。
『速報です。』
『本日、能力の誤使用による事故が発生しました。』
『身体強化能力を発現した男性が、自身の能力を試そうとして高く跳躍。』
『着地に失敗し、店舗のガラスへ衝突しました。』
『その際、近くを歩いていた通行人三名が軽傷を負いました。』
『なお、命に別状はありません。』
研究所の空気が一変する。
博士の表情が曇る。
「また……事故ですか。」
研究員たちも不安そうに顔を見合わせる。
蓬莱はニュースを見つめたまま呟く。
「もう……始まっている。」
博士は静かに言う。
「能力そのものが悪いわけではありません。」
「ですが。」
「このような事故は、必ず減らさなければならない。」
蓬莱はゆっくり頷いた。
「博士。」
「私は、あなたを信じています。」
「でも。」
「社会は、まだ能力を受け入れる準備ができていない。」
博士は何も答えなかった。
ただ静かにニュースを見つめ続けていた。
-–
研究所を後にした蓬莱は、夕焼けに染まる街を歩きながら空を見上げた。
能力を楽しそうに使って遊ぶ子どもたち。
それを笑顔で見守る親。
誰もが希望に満ちた未来を信じている。
蓬莱は小さく目を閉じた。
「どうか……。」
「私の考えが、間違っていますように。」
その願いは、夕焼け空へ静かに消えていった。
第58話へ続く
コメント
1件
第57話、読み終えたよ〜!めっちゃ重くて深い話だった…😭💦 蓬莱さんと博士の対話がすごく良かった。「考え方は違うけど互いを否定しない」っていう空気、理想の大人の会話って感じで胸に来たよ…。それに詩織ちゃんの「蓬莱さんのすごいところはどんな相手の話も最後まで聞けるところ」って分析、まさにそこだよね! でも最後の緊急ニュースで空気が一変するのが辛すぎる…能力が広まる前に起きる事故の予感、もう「始まってる」って蓬莱さんの台詞がズシンときたわ。最後の「私の考えが間違っていますように」って願いが切なすぎる😢続きが気になりすぎる〜早く58話読みたいよ!!