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病院に移されてから、ネグはしばらくぼーっとしていた。声をかけられても、反応は薄く、レイや先生の言葉も半分以上頭に入っていないようだった。
それでも――足を動かして、手を動かして。
時にはフラつきながらも、部屋を移動してみたり。
そんな姿を見るたび、レイは優しく笑って「無理すんなよ」と言うけれど、先生には「まだ早い」と注意されることもあった。
だけどネグ自身、じっとしていると、余計に苦しくなった。
何も考えないでいると、またあの声が聞こえてきそうで――。
そんなふうにして、一週間ほどが経った。
いつものように静かな夜だった。
けれど――ネグはまた、悪夢を見た。
何度も、何度も、繰り返されるあの声。
見たくない景色、嫌だった空間。
「やめて……」
声にならない心の叫びが響く。
逃げなきゃ。
逃げ出さなきゃ。
そう思うたび、何かが足を掴んでくる。
嘘の仮面を被った自分――
傷だらけの自分――
それが足を押さえていて、逃がさない。
(ああ、やっぱり――)
もう逃げる場所なんて、ないんだと。
そんなふうに思いかけた時――
目の前に、透明な子たちが現れた。
それは、どこか自分に似ていて、泣いていた。
「……ごめんね……」
心の中で、そう謝った。
何もできなくて、迷惑ばかりかけて、ごめん――。
透明な子たちは、優しくネグの手を握って、ネグは眠りについた。
朝。
目が覚めた時には、あの子たちはいなかった。
でも――今日は、なんとなく。
無理してでも、笑わないといけない気がした。
「大丈夫」って。
「今日は大丈夫」って。
そんなふうに、自分に言い聞かせるように。
――午前11時。
レイが病室にやってきた。
レイは何も言わなかった。
ただ、心配そうにネグの顔を覗き込んできた。
それでもネグは、ぎこちなく微笑んで言った。
「こっちだよ!」
そう言って、病室を飛び出した。
走って、走って、無理してでも走って――
途中、夢魔やだぁ、マモンたちが面会に来ていたけれど、それも気づかないふりをして。
先生たちの呼び声も聞こえないふりをして。
必死に逃げて、たどり着いたのは病院の屋上だった。
その時、はじめて気がついた。
自分が柵の外に立っていることに。
(あれ……いつの間に……)
ふわふわと、夢の中みたいに身体が浮いているような感覚。
目を閉じても、何も感じない。
後ろを振り返ると、先生やレイたちがいた。
必死に何かを叫んでいる。
でも、その声ももう届かなかった。
ネグは、ゆっくりと微笑んだ。
「また……前みたいに遊ぼう!」
そう言って、両手を広げた。
その瞬間――
体がふっと落ちた。
空気が冷たくて、何も聞こえなくて。
「あ……」
最後に小さく声が漏れて、視界が真っ白になった。
――また目を開けた時。
ネグは、病室のベッドの上だった。
真っ白な天井。
真っ白な壁。
その横で、レイが泣いていた。
「なんで……なんでだよ……!」
レイの声は震えていた。
でも、何を言っているのかはもうあまり分からなかった。
ただ――泣いている。
自分のために。
(ごめんね……泣かせてごめんね……)
ネグはまた、心の中でそう呟いて。
ただ、静かに目を閉じた。
嘘の仮面をまた、ひとつ――心の奥にしまい込んだまま。