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「ヘラが……夫を殺した?」
『はい、そうです』
「そんな、どうして……」
『理由はわかりません。ただ情報を繋ぎ合わせてみるとそう考えるのが自然だというだけです』
少女は探るように声を低くした。
「―――――」
ダメだ、思い出せない。
しかし、―――その場合、この少女は味方なのだろうか。それとも、敵なのだろうか。
「結局君は、俺を助けてくれるのか?」
俺はわからなくなり、つい訊ねた。
『あなたが、あの女が私の父を殺した証拠を掴んでいて、生きてそれを裁判で訴えるつもりだったなら、私はあなたを助けなければいけません』
そこまで言ってから彼女はまた鼻で笑った。
『もしあなたが本物の吉良瑛士なら、という条件がつきますが』
携帯電話もなく、身分証も社員証もない状態で、どうやって彼女に自分が吉良瑛士だと証明すればいいだろう。
「そんなの、どうやって証明すればいいんだ……?」
『あなたの顔は整形されていますからね』
「じゃあ……」
『なら―――声しかないでしょう?』
「―――声?」
『声や話し方、さらには話す内容で、あなたが吉良さんであると証明してもらいます』
「誰に……?」
彼女は迷いを捨てるように大きな声で言い放った。
『私が美央さんを、ここに連れてきます。そこで美央さんがあなたが吉良瑛士で間違いないと言えば、その場で警察を呼び、あなたを救出します』
ーーーその手があった!
「わかった、それでいい!頼む!」
俺はそう叫ぶと、やっと引きつらせていた身体の力を抜いた。
これで、やっと出られる。
これで、きっと助かる―――!!
しかし俺の興奮とは裏腹に、彼女は急に黙り込んでしまった。
『――――』
「―――どうした?」
聞くとまた笑い声が聞こえてくる。
『いえ、てっきり聞いてくるかと思ったんです。“そこで自分が吉良瑛士だと証明できなかったらどうする?”と』
「――――」
『美央さんなら自分を見誤うわけがないという、確証があるんですね』
「―――そんなの……」
当たり前だろ。
どんなに同じ時を過ごしたことか。
どんなに心を通じ合わせてきたか。
どんなに愛し合ってきたか。
俺の声を聞いて、美央が俺だとわからないわけはない。
『わかりました。私も自信をもって美央さんをここにお連れします。それにあたって―――』
彼女は言った。
『美央さんとあなたしかわからないことを一つ、教えてください。美央さんがこんな現実離れした状況を、一気に信じてくれるような、あなた達しか知らないことを』
「――――」
俺は真っ暗な天井を見上げた。
涙が溜まってくる。
美央。
美央―――。
早く、こんなところ抜け出して、
君に会いたい………。
「煙草は」
『煙草?』
「煙草は、辞められたか?」
『――――』
「バルコニーで吸……」
涙で声が詰まる。
「……バルコニーで吸うときは、ちゃんと服着ろよ……?」
美央。
美央―――。
本当に、君にもう一度会える日は来るのか……?
『―――わかりました。そのまま伝えます』
ヴィーナスは立ち上がった。
『タイミングを見て呼んできます。今日明日と言うわけにはいかないかもしれませんが、私のことを信じて待っていてください』
「―――ああ。頼む」
俺はあふれ出る涙を拭うこともできずに噛み締めた。
「ありがとう。ヴィーナス」
言うと、彼女は笑った。
『……お礼を言うにはまだ早いですって』
足音が遠ざかっていく。
俺は目を閉じた。
あ。
愛している、とも。
伝えてもらえばよかった。
一気にあふれ出た記憶のせいで疲れたのだろうか。
俺は久しぶりに深い眠りの中に落ちていった。