テラーノベル
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翌日。ギルドに泊っている宿の一報をいれてから、その足で鍛冶屋バルガス工房へと足を向ける。
地下深くまで降りていくと、見えてきたのは目的地の看板。金属で出来ているそれは、洞窟の天井から吊るされるように設置されていた。
鍛冶屋は自分の店の看板を自分で作る。鉄線を編み込んだ独創的なデザインの物や、宝石を散りばめた高級そうな物、ミスリルで出来た珍しい物まで凝った作りの物が多い。
それは看板の意匠や完成度が、職人の評価に直結するからだと言われているらしい。
そんな中、手入れもされず錆び付いている一つの看板。それこそがバルガス工房であった。
「大丈夫なのか? これ……」
湿度が高くジメジメとしている地下道だ。手入れをしなければすぐにサビてしまうのは当然で、それは敢えてそうしているのか、それともただ面倒なだけなのか……。
バイスを疑うわけではないが、不安になるには十分な要素。
「こんにちはー」
工房の鉄扉をノックすると金属の甲高い音が響き渡る。
しばらく待っても返事はなく、もう一度ノックしようと手を伸ばしたところでゆっくりと開かれた鉄扉。
それは看板同様にサビが酷く、ギギギと耳障りな音を立てた。
開いた隙間から訝し気に顔を出したのはドワーフの男性。人間で言えば五十前後のおっさんで、サンタクロースと見間違うほどの髭の量。目つきは悪く、堅物そうな印象を受ける。
「何の用だ? 買い物なら出来るが、炉は落としているから注文は受けんぞ?」
「えっと。バイスさんからの紹介でお伺いしたのですが……」
「バイス……?」
それに首を傾げ、押し黙ること数十秒。ドワーフの男は手をパチンと叩くと、その表情が明るくなった。
「おお、そうか。ガルフォード男爵んトコの息子か。アイツは元気でやってるか? どっかでおっちんじゃいねぇだろうな?」
雰囲気の落差に面食らうも、話しやすそうな気の良いドワーフといった感じで一安心といったところだ。
「ええ。元気ですよ。今は子爵ですが」
「へえ、なるほどねえ……。おっとすまない。俺はバルガスだ、よろしくな」
「九条です」
服の裾にゴシゴシと手を擦りつけ、扉の隙間から出されたその手を握り返すと、扉は大きく開かれた。
「何もないが入ってくれ。お茶でも入れてやろう。お仲間さんも入りな」
大きく手招きをするバルガスは店の奥へと消えていく。
中はイメージ通りの鍛冶屋といった雰囲気。武器や防具が所狭しと並べられていて、その殆どに埃が被っている。
奥にはカウンター。その更に奥が工房なのだろう。チラリと見えるのは大きな炉と、黒い傷だらけの金床に使い込まれたハンマーだ。
少々手狭ではあるものの、見て回ることくらいは出来る広さ。
ぐるりと見渡すと、あまり繁盛しているようには見えない雰囲気。率直な感想は在庫過多。
性能は使ってみないとわからないが、見た目は至って普通の武器や防具のラインナップ。シャーリーに聞いた通り、やはり価格が問題なのだろうか?
「ガハハ。全然売れてないのがわかるだろ?」
奥から姿を現したバルガスは、それを微塵も気にしていないと言わんばかりに豪快に笑う。
その両手に持っていたのは金属製の四つのジョッキ。それらがドカッとカウンターに置かれると、使い込まれた板目にわずかな振動が伝わった。
鼻を近づけずともわかる、喉を焼くような強い酒。しかし、それは一つだけ。恐らく自分用だろう。
それ以外には、淡く色づいた果実水が注がれていた。
「今は魔物騒ぎで船が出てないからな。その影響で輸出用の武器が売れ残って、作っても仕方ねぇんだよ。それにウチのは大衆向けじゃねぇ。売れ残って当然だ」
そう話ながらもバルガスはそれらを俺たちに振る舞い、自分は酒を豪快に煽る。
「店はお休みということですか?」
「その辺に置いてあるヤツなら売ってやるが、オーダーメイドはやってねぇ」
鎧の補修がオーダーメイドに入るのかは疑問だが、店を休んでいないのならば聞いてみる価値はある。
シャーリーはそんな話そっちのけで、弓が飾られている棚を悩ましそうに眺めていた。
「私はもうちょっと見てるから、九条が先でいいわよ?」
それを聞いて返事の代わりに片手をあげると、カウンターに向き直る。
「実は鎧の補修をお願いしたいのですが、どうにかなりませんか?」
「リペア依頼か。物によるが……。どれだ?」
会話の意図を汲み取り、近寄ってきたコクセイの荷物袋から手甲を一つ取り出すと、それをカウンターへと置いた。
「触っても?」
「ええ。これは一部ですが、フルプレート全ての部位をお願いしたいのですが……」
バルガスはそれを手に取ると、注意深く観察し始めた。
軽く叩き、光を当てて覗き込む。無言で頷いたかと思えば次は、ルーペのような物で細部までじっくり精査する。
「九条といったか? これを何処で手に入れた? リブレスか?」
「いえ、違います。ダンジョンですが、詳しくは企業秘密ということで……」
バイスの紹介とはいえ、何処で手に入れたのかまでは言えない。万が一にもそれが漏れ、俺のダンジョンに人が集まってくるようなことになっては面倒だ。
一般的なフルプレートアーマーでも相当な金額。それ以上に頑丈で軽い素材。コクセイの|雷霆《らいてい》にも耐えるほどの物ならば、一般流通している物より価値があるだろうことは、安易に想像がつく。
「そうか。ならいいんだ。恐らくお前さんも冒険者だろう? 魔獣を侍らせるような冒険者が潜るダンジョンなんか、聞いたところでどうにもならんさ」
俺は今プレートをしていない。昨日のギルドのような面倒事に巻き込まれるのは御免である。
従魔たちがアイアンプレートをしていれば、それで十分だろう。俺の身分は二の次だ。
「この鎧は、アゲートとミスリルの混合金属だ。完璧に補修するとなるとアゲートが相当量必要になる。ウチじゃ到底無理だな」
アゲートとは、メノウのことだ。仏教でも広く用いられる鉱物である。その中でも赤い発色をするものは希少性が高く、この鎧が角度によって赤みを帯びて見えるのは、それが要因だろう。
「どうしてです?」
「アゲートは殆どがリブレス産だ。エルフ以外の入国は例外を除き認められていない。入れたとしてもここからじゃ二週間はかかる。諦めな」
リブレス連合国はエルフと呼ばれる種族が治める国だ。エルフは他種族に対して排他的で慣れ合おうとせず、それはドワーフなどの比ではない。
その原因のひとつは、彼らが抱く揺るぎない誇りだ。
自分たちは森に祝福され、神に選ばれた民である――そう信じて疑わない。長命であるがゆえに積み重ねてきた歴史と魔法の蓄積は、やがて「優越」という意識へと姿を変えた。
もうひとつは、行き過ぎたまでの自然崇拝。
彼らにとって森は資源ではなく、母そのものだ。木を伐ることは血を流すことに等しい――そう考える者も多く、開拓と発展を当然とする他種族の営みは、受け入れ難い。
それ故にプラチナプレートの冒険者でさえ、入国には特別な許可が必要となるのだ。
「わかりました」
口に含んだ酒を吐き出しそうになるも、ぐっと堪えるバルガス。
「ず……随分と潔く諦めるんだな……」
「いや、ちょっと用事があって、時間的に厳しいので……」
海賊たちとの約束を反故には出来ない。いずれ、ギルドからの呼び出しがあるはず。
カネさえ払えば補修してもらえるだろうと思っていた自分が甘かった。素材がなければ直せないのは道理。こればっかりは仕方ない。
残念そうな顔を浮かべていると、バルガスは思い出したかのように手を叩く。
「望みは薄いが、鉱石狩りでもしてみたらどうだ?」
「鉱石狩り……ですか?」
「ああ。観光客向けの採掘体験みたいなもんだよ。ミスリル鉱石欲しさにチャレンジする奴は結構いるぞ? 鉱脈をレンタルして鉱石を掘り当てるんだ。運がよければアゲートも手に入るかもしれん」
「掘った鉱石はいただけるということですか?」
「もちろんだ。だが、そう簡単には掘れないぞ? 素人が掘れるくらいならミスリル鉱石が大暴落しちまう。ガハハ……」
少し面白そうだ。鎧の補修が出来ないとわかった時点で、もうこの街には用はない。後は海賊たちの依頼を待つだけなのだが、待っているだけというのも暇である。
運よくアゲートをゲットできれば、補修も出来て一石二鳥だ。
「ありがとうございます、バルガスさん。後で少し覗いてみます」
「ああ、期待しないで待ってるよ。運よく何か掘れたら加工してやるから持ってきな。ガルフォードのとこの知り合いってことで、割引価格で請け負うぞ?」
ジョッキ片手にウィンクして見せるバルガス。堅物そうな見た目とは裏腹にノリのいい性格だが、後から覚えてないと言われそうなのがやや不安でならない。
バルガスが酔っぱらっていないことを切に願う。
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