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人生キャンセル界隈^ - ^っていう名前が面白すぎた。まさにネーミングセンスのかたまりですね!
「ヨカッタワネ、無一郎。」
「うん、本当にありがとう銀子。」
「フフン、モット褒メテ!」
長い睫毛を伏せ、嬉しそうに口角を上げる銀子を撫でながら先ほどの光景を思い出す。
「少しだけ、僕と喋れない?」
そう言葉を落とした直後、真っ先にやってしまったという後悔の胸を締め付けた。
驚いたような、それでいて少し怯えたような色を目に映す○○の体は小刻みに震えていて、返答に困っているのか口を開けたり閉めたりを繰り返していた。
『あ、えっと……』
おろおろと視線を動かし、どうしようかと慌てる姿には、きっと誘いは断れるんだろうなと容易に察し出来てしまい、ドキドキと脈打っていた心がどんどん萎んでいく。
それと同時に、反射的に握ってしまっていた○○の手からゆっくりと自身の手を離し、一定の距離を開ける。段々と自身の手の中から薄れていく○○の体温に寂しさを覚えながら、嫌われちゃったかなと自己嫌悪に陥る。
『あ、あの…私なんかでよければぜひ』
だけど、耳に入ってきたのは僕が心の底で望んでいた言葉で、心臓がぴょんっと跳ねた。
思わず俯いていた顔を上げる。
『私も霞柱様と喋って見たかったので…!』
にこりと浮かぶ○○の顔には微かに怯えが残っているが、告げられたその言葉に嘘や気遣いは一切なく、○○の本心からきた言葉だと理解した瞬間、動悸がまたさらに激しく鳴る。目の前で僕の姿を少し照れたように見つめる○○の後ろには天使の羽と輪っかが見える。きっと目の錯覚なんかじゃない。
「間違えて地上に舞い降りてきちゃったんだね、可哀想に。」
『え?』
僕が責任を持って忍び寄る悪 からこの最高級に可愛い天使を守らなければ。
きょとんとした表情でこちらを見つめてくる○○の姿にそう固く心に誓った。
「もうこの世に悔いはない」
「どうした14歳」
岩柱である悲鳴嶼さん提案の“柱稽古”。その一環である柱同士の打ち合いが終わり、胸に秘めていた思いがぼそりと口から零れ落ちる。
伊黒さんと不死川さんからの怪訝そうな視線を無視して、あの後○○と共有した話題についてを思い返す。
『霞柱様は…』
「無一郎。無一郎って呼んで。」
揺れるような細い声でそう告げられる自分の呼び名に心の片隅でどこか不満を覚え、口が勝手にそう口走っていた。
流石にこれは困らしてしまったかなと自分よりも一回り小さい○○の顔を覗き込むと、案の定○○はオロオロと僕を見つめる視線を左右に揺らしており、糸で括ったような小さな唇はカタカタと震えていた。彼女の淡い赤に染まった頬に冷が伝っていく。
『…む』
だけど意を決したように一度固唾を飲みこみ、喉を上下させると「む」の形に細めると絹糸のように細く澄んだ声で言葉を落とした。
『無一郎…くん?』
ガラス細工のような綺麗な赤い瞳と一語一語を慎重に息でくるむような優しい口調が僕の胸を貫き、雷に打たれたような強い衝撃を受ける。
「…かわいい」
その一言が頭の中を占め、グツグツと煮えたぎるように体温が段々と上昇していく。
体の内に沈んでいた心臓が痛いぐらいに跳ね上がり、つい動きと言葉が詰まってしまう。
『ご、ごめんなさい…流石に馴れ馴れしかったですよね、すみません…』
そんな僕の姿に、○○は歯の隙間から言葉を搾り出すように出されたその小さな声でそう謝り、花のようにふんわりとしていた気配が一気に萎んでいく。
「…あ、いや。ごめん、怖がらせちゃったよね。」
「大丈夫、怒ってないよ。」
ハッと一瞬で戻った意識に動かされるまま慌てたように言葉をかけると、○○は華麗な花弁が広がってくるような、咲くという眼差しで柔らかく笑い『よかった』と言葉を紡いだ。
「もうなにあの可愛さ。食べていいよって言ってるもんですよね。」
「目を覚ませ霞柱ァ」
話した内容は好きな食べ物とか、使う呼吸についてとか、昨日何したかとか、そんな普通の会話。だけど、そんな天使との些細な会話中、何度も心臓が止まりかけた。
○○は緊張しているのか、はたまたまだ恐怖心が邪魔をしているせいなのか。
彼女の顔に浮かんでいた笑顔には僅かに冷や汗が滲んでいて強張りは少しぎこちなかったし、会話の返答は不自然なくらいの間があった。なんて言えばいいか迷っているというよりも機嫌を損ねていないだろうかとこちらの表情を伺っているような、そんなどこか怯えているような感じ。僕が○○のことで機嫌が悪くなることなんてあり得ないのに。
その姿が小動物みたいで信じられないくらい可愛かったから特に気にしていないけど。
僕の話に溜め息をつくような声で相槌を打ち、呆れたように目じりを下げた不死川さんにガシガシと乱暴だけどあの長男特有の優しさの隠れた手つきで頭を撫でられる。
その懐かしい優しい手つきに11という若さで亡くなった自身の双子の兄の姿がぼんやりと脳裏に浮かぶ上がる。不器用で、口が悪くて、でも本当は世界で1番優しい人。
そんな兄さんがもしも今も生きていたら、○○のことをどう思うんだろう。
「兄さん、もう少しで義妹(本人非公認)が出来るよ。」
「胡蝶に聞かれたら殺されるぞ」
伊黒さんの相変わらずの呆れを含んだその言葉に、右手に鋭い針を持つ注射器、左手に怪しく毒々しい紫色の煙を放つ小瓶を握り、口角を無理やり挙げたような笑みを浮かべる胡蝶さんの姿がやけに鮮明に脳内に浮かび上がる。
「…どうすれば受け入れてもらえるんだろう」
はぁ、とため息の籠った声色を吐き、自身の足元に転がる無数にある小さな石の数を数える。
どうして一番人口人数が多い蝶屋敷に住んでいるんだろう。僕の屋敷に来ればいいのに。
「…強制突破しかないかなぁ」
「死にたいのかィ時透」
「家主があの胡蝶だぞ」
手探りするようなためらった調子で告げた意見を大人二人に全否定され僅かに残っていた希望が消え伏せる。ふーっと溜まりに溜まった疲れを吐き出すように息をする。
「…鬼なんてものが居なければ、どうなってたんだろう。」
囁くような小さな声で落としたその言葉が不死川さんと伊黒さんの耳に届いていたかは分からない。だが、ちらりと見た二人の顔に浮かんでいる表情の色が、微かに暗く曇っていたように見えたから恐らく届いてしまっていたのだろう。
鬼が居なければ大好きな兄は殺されなかった。
刀なんてものは握らかなくてよかった。
手が傷だらけになることも血を吐くほどの鍛錬も必要なかった。
大事な人と一緒に過ごせる明日が確実に約束されて。
痣者も25だなんて言わず何年だって生きられて。
─…○○だって、幸せに暮らせたのに。
「…隊士たちが起きる時間なので帰りますね。お先に失礼します。」
何となくしんみりとしてきた自分の考えを吹き飛ばすように座っていた石段から立ち上がり、帰路へと足を向ける。
「頑張れよォ時透」
「…応援はしてやる」
こんなに優しい人たちが、どうして傷つかなければいけないのだろう。