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✕✕✕✕年 ○月 △日
今日は初めて屋上へ行ってみたの。
予想通り柵があったけれど、これなら登れるだろうし問題ないわ。
わざわざ戻るのも嫌だったし今日でいいかしら、と思って靴の踵に指を引っ掛けてみたのだけれど。
私ったら、そこで初めて先客に気づいたのよ。
綺麗な金髪を上で括っていたわ。
先輩かしら。
本当はそんなつもりはなかったのよ。
本当に。
でもその子が同じように靴に手を掛けているのを見て、気づいたらその子に声をかけてしまっていたの。
本当、馬鹿みたいね。
「やめなさいよ」、だなんて。
弁明のために書いておくけれど、本当に口をついて出ただけよ。
唯ちょっとだけ先を越されていたのが癪だっただけ。
金髪の子は聞いてもいないのに何番煎じかも分からないようなありきたりなことを言っていたわ。
曰く、「あの人は私の運命の人なんです。」やら。
曰く、「あの人が振り向いてくれるだなんて思ってはいないですが、それでもどうしても愛されたかったんです。」やら。
ふざけんな、とどれだけ言ってやりたかったことか!
誰か知らないけれど甘い理想に反吐が出る。
その程度の覚悟で私の先を越そうとしていただなんて!
欲しいものが手に入らない?
奪われたことすらないでしょうに。
口を開けばありとあらゆる罵倒が出てきそうだったから黙っていたら、その子は満足したらしくて何処かへ消えて行ったわ。
✕✕✕✕年 ○月 □日
昨日は思いがけず邪魔をされてしまったから、今日こそはと思って靴を脱ぎかけたの。
まあ、また邪魔をされてしまったのだけれど。
長い濡れ羽色の髪を二つに括った女の子だったわ。
どうしてかしら、また耐えきれずに声を掛けてしまった。
黒髪の女の子は虚ろな目で私にぽつりぽつりとクラスでの孤独を語っていた。
曰く、「無視されて大事なものを奪われた。」やら。
曰く、「彼処に私の居場所はない。」やら。
ふざけんな、とどれだけ叫んでやりたかったことか!
その子の酷い勘違いに吐き気がする。
その程度の覚悟で私の先を越すことができると思うだなんて!
そんなこと言ったってどうせ家では親に愛されて、毎日毎日温かいご飯が出てくるに違いないわ。
お豆腐が食べたいと泣いて黒髪の子は何処かへ消えて行った。
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そうやって彼女はつらつらと毎日日記を書き綴っていった。
あの屋上には本当にいろんな子が来ていた。
もう誰も傷つけたくないと嘆く蝶の髪飾りをした子や生きる意味が見つけられないと諦めたように呟く包帯だらけの子、自分が何者なのか分からないと悲しげに零した橙の髪の子など。
その度に彼女は話を聞いていたようだ。
「私の話を誰も聞こうとはしてくれなかったけれど。」
この一文でいつも彼女の手記は締めくくられている。
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✕✕✕✕年 ○月 ☆日
初めて私と似た悩みを抱えた子を見つけたわ。
何人目かは覚えてないけれど、綺麗な白髪に黒のメッシュがとても印象的だった。
家に帰る度に増え続ける跡を消し去ってしまいたくて、と小さな、でも確かに意思のある声で教えてくれた。
懐かしい気持ちになったの。
初日と同じような。
口をついて出ただけ。
その子のことなんてどうでもいい。
また思ってもいないことを声に出してしまった。
でも私の口から実際に出たのは。
「やめてよ」、だなんて震えた安っぽい音だった。
嗚呼、存外私も怖かったのかと思っていると、その子は困ったように笑って私の目を見てきたわ。
それだけで、私には分かった。
分かってしまった。
私には、この子は止められない。
こんな私にこの子を止める資格なんてある訳がない。
それでも、と私は泣きそうになりながら白髪の子に懇願した。
あの子を見ているととても苦しくなったの。
だからお願い、私の目の前から消えてよ…。
いつもみたいに。
私の必死さが伝わったのかしら。
「じゃあ今日はやめておくね」って。
白髪の子は目を合わせずに行ってしまった。
✕✕✕✕年 ○月 △□日
今日こそは誰も屋上にいなかった。
私一人だけ。
ずっと望んでいた光景。
誰も私を邪魔する者はいない。
誰も私を邪魔してくれる者はいない。
緩く結んだ三つ編みを解いて。
するりと靴を足先へ滑らせて。
嗚呼そう、この手記は靴の隣へ置いておくことにするわ。
別に見て欲しいと思ってる訳ではないけれど。
あの白髪の子がどうしても気になってしまうの。
あの子が死んだって私には何の関係もないし私のせいでもない。
けれど、あの子に生きて欲しいと思う私もいる。
私と同じような悩みを持つあの子に。
ならばあの子に託してみてもいいかしら、と思ってしまった。
……出会い方が違っていたら、何か変わったのかしら。
今更な話だけれどね。
白髪のあの子へ、あらん限りの幸福を。
どうか、私の分まで、よろしくね。
さようなら。
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少女の手記は小さな水滴の跡と共にここで終わっている。
ー赤毛の少女が遺した一冊の手記よりー