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【 0章 】
風鈴を揺らす そよ風が
いつしか私の涙を乾かした 。
『 …助けて 』
そう 、 初めて言えた時
「 言えるじゃんか 」
「 どうしたの 、 どうしたいの 」
貴方は 柔く微笑んで
私の傷と頭を 優しく撫でてくれた 。
そんな 、 貴方が大好きだった 。
好きなことしかやれなくて
どうしても 情緒不安定になっちゃって
貴方に迷惑をかけてばっかりで
助けて貰う度に ありがとうしか言えなくて
こんな 私が大嫌いだった 。
でも
貴方といると 、 ちょっぴり好きになれた 。
【 1章 】
血が滲む傷跡を
絆創膏を貼って 無理やり抑え込む 。
そんな私を 貴方は苦笑いで受け入れる 。
「 痛くないの 」
『 痛い 』
貴方に聞かれると
どうしても 嘘はつけなかった 。
… いや
私を信じてくれている貴方に
嘘を 、 つく理由がなかった 。
「 跡残ってもいいの 」
『 だめ 』
『 だから 、 塞がったら薬塗る 』
こんな私をどう思っているんだろう 。
そう思う度
また 、 手が伸びる 。
「 …僕は 」
「 そうしなくてもいいと思うけどなぁ、 」
『 どうしたらいいの 』
純粋な疑問だった 。
ただ 、 私より少し先を生きる貴方の
隠されたその腕の中には
「 んん … そうだな 」
「 幸せになろう 、 一緒に 」
何が眠っているのか
それだけ 、 知っていた 。
『 … うん 』
『 幸せになったら 、 辞めれるかな 』
「 辞めたいの ? 」
『 ほんとはね 』
『 でも 、 安心できなくなる 』
「 傷がないと安心できないのは 」
「 多分 、 自分に厳しすぎるからだよ 」
「 頑張ってる証明が傷になるのは 」
「 僕は 、 ちょっと 、 嫌だな 」
少し遠慮がちにそう言い切ると
貴方は 、 私の手を握る 。
「 … 君は 、 どうしたい ? 」
『 ふたりで 幸せになりたい 』
「 僕が言ったまんまじゃんか 」
「 詳しく教えてよ 」
冷たい手のひらから
私の生きる意味が 伝わってくるような気がして
そう 、 そうだ 。 と
ひとつのことを思い出した 。
私がここまでして
まだ 、 死なない理由 。
貴方の笑顔が見たいからだ 。
貴方に 、 もう一度暖めて欲しいからだ 。
貴方を 、 救ってみたいからだ 。
【 2章 】
『 私のお話を書いてみようと思うの 』
「 どうして急に ? 」
『 … これ 』
檸檬色の 、 一冊のノートを取り出す 。
その表紙に書かれた
少し 歪で大きさが揃った文字 。
それは正しく
「 うお 、 懐かしい 」
数年前 、 貴方が書いたものだった 。
「 高校生の時の ? 」
『 うん 、 書き直そうと思って 』
” 死ぬまでにやりたいことリスト ”
これは 、 貴方が私にくれたものだった 。
「 見てもいい ? 」
『 一緒に叶えたい 』
『 だめ 、 かな 』
「 これは ひとりで叶えるからいいんだよ 」
伏し目がちにそう微笑んでは
ぐ 、 と 綺麗な唇が食いしばられた 。
『 ひとつめは ふたりのお話を書くこと 』
『 ふたつめは それを誰かに 』
「 読んでもらいたいね 」
『 そう 、 それで 』
貴方が好きだ 。
「 … でも 」
でも
「 僕とのお話は 」
「 ふたりで楽しむだけにしない ? 」
たまに訪れる
貴方のその冷ややかな目線が
『 … うん 』
『 そう 、 書き直そうと思ってたの 』
私に嘘をつかせる 。
嫌われたくなくて
ずっと 、 一緒にいたくて
それをずっと望んでて 、 望みすぎてて
また 、 痛くて
『 ねぇ 』
「 うん 」
『 最後の叶えたいこと 、 』
『 貴方にだけ言っててもいいかな 』
「 いいよ 」
「 なんでも言ってよ 」
君と
『 ふたりでね 』
一緒に
『 ケーキ屋さんを開きたいんだ 』
天国へ
「 いいね 」
「 お店の名前は ? 」
行きたいんだ 。
『 フランス語でCoco 』
『 英語のスラングも素敵なの 』
「 そうなんだ 」
『 どの国でも意味は可愛いだって 』
「 君らしいよ 」
思わず 、 君の手を握る 。
いつもどおり 、 冷たい 。
『 冷え性だね 』
「 今だけだよ 」
「 春には暖かくなる 」
『 そうかな 』
「 そうだよ 」
嫌わないで欲しい 。
貴方の暖かな温度を知りたい 。
そして
忘れないうちに 、 また 、
昔のように暖めて欲しい 。
【 3章 】
『 最近 、 耳悪くなったかも 』
「 どうして ? 」
また 。
『 貴方の声が上手く聞こえない 』
まただ 。
貴方の声が 聞こえずらい 。
「 … うーん 、 」
「 少しは聞こえる ? 」
『 ちょっぴりだけ 』
『 それと 、 鼻が詰まってるの 』
大好きな貴方の匂いを感じない 。
簡潔に言うなら
お揃いの柔軟剤の匂いが
『 … ま 、 気のせいか 』
誰かに打ち消されているかんじ 。
「 潮時だよ 」
『 ? 』
「 そろそろ 、 辞めよっか 」
『 辞めるって 、 なにを … ? 』
「 … ひとつだけ 」
そういうと 、 貴方は
「 ひとつだけお願いを聞いてくれるかな 」
『 なに 、 居なくなるみたいな 』
「 ひとつじゃ 足りないな 」
「 君にはもっと教えることがある 」
そう言うと
わたしの耳を塞いで
「 __ 、 _______ 」
【 4章 】
精神科医だと言う貴方は
私の目を見つめてから
「 君は沢山のことを忘れてる 」
「 思い出せないのが辛いの ? 」
『 … 分かんない 』
「 僕の名前はわかる ? 」
答えられない問いに
私の心臓はぎゅう、と締め付けられる 。
「 … 君の名前は ? 」
『 … 、 こ … 』
「 … うん 、 そうだね 」
「 僕は楓 、 君は琴だ 」
むず痒いところに腕が届かないような
『 こと … 』
「 今も 、 少しずつ 進行してる 」
頭が痛い 。
思い出したいのに 思い出せないような
胃酸が上がってきてるのに
吐き出せないような
目眩ばかりして
そうして 、 目覚めないような
「 … ごめん 、 忘れて 」
忘れちゃいけないような気がするのに
ずっと 、 心の底にはあるのに
どうしても 、
思い出せないような 。
『 … ごめん 』
『 ほんとにごめん 』
「 謝るのは僕の方 。 」
「 琴は謝んないで 」
『 … 私たち 、 何の話してた ? 』
【 5章 】
「 琴 、 そろそろ起きよう 」
いつか
貴方が誰かわかったら
「 … 今日は何日 ? 」
いつか
貴方の補助なしで全部分かったら
『 … 何日だっけ 』
「 10日ね 」
『 そう 、 火曜日だ 』
「 朝ごはん出来てる 」
いつか
貴方にご飯を作ってあげられたら
『 明日 、 私が作るよ 』
「 ありがとう 」
「 でも 、 ふたりで作ろう 」
いつか
『 ねぇ 』
昔のように 、 また 、 笑い合えたら 。
「 ん ? 」
笑い声のない 空間に
ぽつりと浮かぶ 、 笑顔の私 。
『 君にとって お荷物だよね 』
『 ごめんなさい 。 』
「 そんなこと言わないで 」
「 … 僕は君と離れたくないよ 」
叶わない夢ばかり追い続けて
私の頭は毎日なにか抜け落ちていって
『 … ひとつ 、 質問してもいい ? 』
「 うん 」
『 貴方の お名前は ? 』
「 楓 、 宇都宮楓だよ 」
『 カエデくん 』
『 貴方 、 手が冷たいのね 』
どこか気付いていたんだと思う 。
「 … まぁね 」
そして 、 貴方も 。
『 … 私の為に 、 いつもありがとう 』
気付きたくないフリをして
「 琴 」
いつか気付いてしまって
『 カエデくん 』
『 私 、 死んじゃいたいよ 』
「 そんなこと言わないで 」
『 あのね 』
あのね 、 貴方が好きだよ
『 カエデくん 、 聞いて 』
あのね 、 多分ね
私ね 、 大切なことを思い出したの 。
『 カエデくんは 、 死んじゃったの ? 』
「 … どうして ? 」
『 なんとなく 、 かな 』
君の目から光が消える 。
「 もしそうだったら 、 琴はどうする ? 」
『 まずお墓参りに行こうかなぁ 』
『 好きなお花はなに ? 』
「 … 勿忘草 」
『 分かった 』
『 お供えするね 』
「 琴 」
『 なぁに ? 』
もう言葉なんて必要ない 。
「 キス 、 してもいいかな 」
『 触れるの ? 』
「 … 触れるよ 」
ひや 、 と 唇から感触が伝わってくる 。
「 … ごめんね 」
君が謝るのと同時に立ち上がって
引き出しから1冊のノートを取り出す 。
檸檬色の 、 可愛らしいノート 。
『 見て 』
『 1個 、 叶っちゃった 』
そこには
大きく3言 。
” かえでくんとキスする ”
” かえでくんに好きっていう ”
” かえでくんに好きっていってもらう ”
平仮名の多さに
君が認知症だと言うことを自覚する 。
「 僕も書いていい ? 」
『 カエデくん 』
『 私 、 貴方と ” 初めまして ” だけど 』
君が文字を書き込んでいる間に
ぽつり と呟いてみる 。
『 貴方のこと 、 すごく 』
『 すごく 大好きだったんだろうなぁ 』
【 6章 】
ー 宇都宮琴
ー 宇都宮楓の奥さん
ー ハウスダスト 、 花粉 アレルギー
ー 宇都宮楓
ー 宇都宮琴のことが世界でいちばん大好き
ー 脳腫瘍 (27)
たくさんの写真と 文字 、
それから プロフィールが記されている 。
この黄色いノートを見ると
貴方のことが分かったような気がする 。
その中でも一際大きな写真 。
きいろいリボンの麦わら帽子に
レースをあしらった白いワンピースの女性 。
その横で嬉しそうに笑っている
優しそうなスーツ姿の男性 。
手にはバラの花束を 、
目元は少し赤く腫らして 。
その下には
・ プロポーズ大成功 11⁄22
貴方のこと知りたいな 。
誰なんだろう 。
どんな人なんだろう 。
喋ってみたいな 。
思い出してみたいな 。
そんな願い 、 叶うわけないけど 。
宇都宮琴 、 30歳 。
貴方が姿を消して 2年目の夏 。
盆 、 貴方に会いにゆきます 。
【 7章 】
かえでくんへ。
うつのみやことです。
あしたは しせつのひとといっしょに
おはかにいきます 。
ノートにかいててくれたおかげだね 。
どうやってかいたの ?
このおてがみもおそなえする 。
わたし 、 あなたのことをしりたい 。
しゃべりたいし おしえてほしい 。
わたしたちのこと 、 それから あなたのこと
それと いままでのこと 。
ぜんぶ 、 しりたいな 。
ひとつだけわすれられないことがある 。
たまごやきのあじ 。
あまくて しょっぱくて 、
だしのきいた あのたまごやき 。
あなたがやいてたのかな ?
わたし 、 あなたのこと なんにも
しらないし わからないけど
ぜったい 、 そうだなっておもうのは
あなたのことがだいすきだってこと 。
おやくそくもちゃんとまもってます 。
・ しなないこと
・ ごはんをたべること
・ にっきをかくこと
・ ぼくのことをわすれないこと
さいごはちょっぴりむずかしいね 。
あと 、 あなたのすきなおはなもおぼえてる 。
おそなえするね 。
わすれなぐさ
わたしはあなたのことをわすれてしまったけど
だけど 、 あなたのことを
だいすきなんだなぁ、ってかんじます 。
にっきをよんでいればなおさら 。
愛してます 。 かえでくん 。
このかんじだけがんばっておぼえたよ 。
あと 、 かえでくんのおなまえだけ 。
楓くん 。
わたしはあなたのことがだいすきです 。
愛してる 。
わすれちゃってごめんね 。
こんどあったら
たくさん 、 おしえてね 。
【 8章 】
プロポーズありがとう 。
私はあなたを幸せにできますか ? 琴
もう十分幸せです 。 楓
ー
診断結果は若年性認知症 。
忘れてやるもんか 。 ばーか 。 琴
泣きたい時に泣きなさい 。 楓
ー
忘れたくないよ 。 琴
僕も死にたくないな 。
脳腫瘍だって 。 ふたりして 不幸だね 。 楓
死なないでください 。 琴
死なないから忘れないでください 。 楓
ー
旅行でも行こうか ? 楓
温泉行ってみたい 。 琴
行こう 、 それからご飯も食べよう 。 楓
楓くんの卵焼き好きだから焼いてこ 。 琴
ー
だれ ?
宇都宮楓 ( うつのみや かえで ) 。
君の旦那さんです 。 楓
ー
わすれなぐさが 好きなのか
好き 。 琴のことも好きだよ 。 楓
ー
もう 余命 2ヶ月を切りました 。
君を置いて死ねないよ 。
忘れないで欲しいし死にたくない 。
でも 、 無理そうなお願いだから
君とひとつだけ お願いをします 。
・ 僕のことは忘れて幸せになって 。
これだけ 。
もうなんにも覚えてないね 。
泣かないで 。 君は悪くないじゃないか 。 楓
だいすきだよ かえでくん
ー
なんか 最近頭痛が酷い 。
そろそろ死ぬってこと ? 笑
ノートだけは書いておかないと 。
琴がこれをみて
なにか思い出すことができますように 。 楓
ー
おとこのひとが家にいた !
ー
かえでくんって言うらしい 。
聞いたことある気がする 。
ー
かえでくんは 手が冷たい 。
なんでってきいても 冷え性だからねって 。
そうじゃない 。
なんか 、 もっとこう 、 人間じゃないみたいな
ー
かえでくん
あなたのことがだいすきなころのわたしを
わたしのことがだいすきなあなたをしりたい
ー
【 9章 】
もし わたしが にんちしょうじゃなかったら
かえでくんはしあわせだったかな ?
でも 、 しんじゃうのを
めのまえでみるのはこわいしつらい 。
だからね
これからはいっしょにくらしたあね
ふたりでね
げんきでくらしたいね
もしあなたがびょうきじゃなければ
わたしをたすけることができたのに 。
もしわたしがびょうきじゃなければ
あなたのことをわすれなかったのに 。
コメント
3件
アルジャーノンみたいな、綺麗だね ひさしぶりにがぉーの小説ちゃんと読んだ がぉーって転結がガクって来ると言うよりあぁ、そっかぁ、って感じでじわじわくるから新鮮で好き
改めて、みこさん凄いなぁって思いました! そして、やっぱりみこさんの小説大好きです! 文字とかからして、女性の方の認知症がどんどん進行してきているんだろうなってちゃんと伝わりました! 想像力が働く、言葉や文字に加えて二人の人物柄などなど!本当に素敵です!✨
深夜に鳥肌立つわこんなんやめてよ泣かせんなよ!!!!😭😭😭😭 うわぁ……片方は脳腫瘍、片方は認知症かぁ……最後で意味を知った状態でまた最初から読むと、セリフが持つ重さとか意味がまた変わってくるね✨️✨️ 最初、2人が高校生くらいだと思ってたんだけど、まさかの大人!! 平仮名なのも認知症か……でも、段々歳を取ってて、それでも大好きな人の事を思い続けてるって解釈するのも最高でした。 素敵な話をありがとう!