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「………」
ちりちりと小鳥が鳴く。はらりと庭に咲いている花の花びらが散る。
ここは、とある小さな村にある村塾。生徒は十数人ほどの小さな、俺達の学び舎だ。
。❀ 𓂃𓈒𓏸
「……嫌な夢だこと」
庭が見える縁側に、気だるげな様子で腰をかける男が一人。白髪……いや銀髪か。日光があたり、明るく輝くその銀色の毛髪。彼がいつも腰に身につけている木刀は持たず、その代わりに男の傍らには古びた教科書がぽつんと置いてあった。時々教科書の中身を見て独り言を呟き、時々空を眺めてまた独り言を呟く。そんな事を一時間ほど繰り返した。
この場所はその男にとっては疎遠だった所。帰りたくても帰れない。帰る手段がなかったから。
男は夢を見ている。自分が、仲間と共に勉学に励む夢を。
男は夢を見ていた。自分が、真っ当な人間として生きる夢を。
この場所が夢だということに男は既に気がついていた。だが、目を覚まそうとはしない。目を覚まさせたくなかったから。
考えれば考えるほど増えていく思い出の割れ目を、金継ぎのように、今見ている景色で埋めていく。その割れ目は枝分かれになり、己の手から逃げるように遠ざかっていく。
この金全てがいつか混じり合い、ひとつの雫となって地面に落ちる。そんな日は来てくれるのだろうか。
「お前、誰だ?」
自分でもちょっとよく分からない事を考えている間に、目の前に誰かが現れたようだ。
「知らねェおっさんだな。先生の知り合いか?」
「…おっさんとはなんだチビ」
「はあ?!俺はチビじゃねえ!」
それは道着と袴を着て、片手に竹刀を持っている小さい子供だった。子供の割には中々にマセているが、”こいつ”ならそれもそうだろう。睨みつけてくるが、そんな大きな瞳じゃこっちは怖くなんてならねぇ。まだまだお子ちゃまだな。
「お前こそ誰だよ。あと俺はおっさんじゃありませーん」
「…先生に名前は勝手に教えるなって…」
役人に喧嘩売ってる時は意図も容易く名前言ってたくせに。今だけはいい子ちゃんアピールか?
結局、俺もこいつも互いに名乗ることはなかった。特に会話が続くこともなく、この気味の悪い空気感が嫌になったのかあの子供はいつの間にか目の前から消えていた。
その翡翠色に光る、無邪気な両目を見たのは何年ぶりだろうか。
「お前も俺と同じ立場になったら、俺と同じ行動を取る」
いつの日か言ったこんな言葉。こんなこと言いつつも、あの時何か別の行動を取っていれば、先生をこの手で救えば、今もまだあいつの笑顔が見れていたのかな。なんて呑気で無意味なことを未だに考えてしまう。
ふと空を見上げた。
雲が太陽を被って曇天になった。そろそろ雨が降る。そろそろ陽が落ちる。
そろそろ、帰らないと。
。❀ 𓂃𓈒𓏸
「こらこら、そんな急がなくても…」
「ここに居た……って……居ない…?」
一人の子供が、大人の袖を掴んで強引に歩かせる。子供はそこに着くやいなや、雨に濡れた縁側を指さしながら不可思議そうな顔をしていた。
「ここに、何がいたんですか?」
「…知らねェおっさんだ。名前はわかんねェけど……でも、どっかで見たような顔してた」
先生と呼ばれるその男は、色素の薄く長い髪を風になびかせながら縁側に落ちた花びらや葉っぱを手ではらう。そして、懐から笹の葉に巻かれた三つのおにぎりを取り出し、その縁側にそっと置いた。
「…きっと、それは狐です。いたずらが好きな狐が人間に化けて出てきたんですよ」
「狐…?」
「放っておけば、おにぎりにつられていずれ狐がまた遊びに来ます」
「その時は、思いきり君が天誅しなさい。そうすれば狐も観念してここには現れなくなるはずだから」
先生が何を言っているのかがよく分からなかった。先生は大人なのに、妖怪なんかを信じている。
「さ、もう時期雨が降ります。はやく中に戻りましょう」
先生は俺の手を優しく掴み、歩き出す。
あのおっさんの目が忘れられない。死んだ魚みたいな目をしていたのに、そんな目が何故か勇敢に見えたから。
つーかそんな事より……もしも本当に狐だったら、次きた時に絶ッ対成敗してやる。二度とチビだなんて言わせなくしてやる…!____
。❀ 𓂃𓈒𓏸
「____」
誰かの声がする。
「___ちゃん!」
「___さん!」
聞き慣れた声だ。聞き慣れすぎてもはやしつこいくらいの声。
「銀ちゃん!」
「銀さん!」
「ようやく起きたアルか銀ちゃん!私ものごっつ心配したアルヨ!!」
「ああ、よかった……体調は大丈夫そうですか?銀さん」
「……お前ら…」
半泣き状態の神楽と新八が、俺を上から見ている。何が起きているのかがわからず、とりあえず体を起こしてみた。が、特に体に痛みなどはなく、少し右足の小指が疼くだけ。
「あれ…俺……何してた?」
「覚えてないんですか?銀さん昨日の朝酔い潰れて帰ってきましたよね」
「その後千鳥足のまま部屋に行くもんだからタンスの角に小指ぶつけて今日まで気絶してたんですよ」
「俺そんなしょうもない理由で死んでたの?!」
通りで小指が痛いんだ。てか、気絶ってどのくらい強く打ったのよ…俺の小指壊死してないよね?
新八は「あはは…」などと苦笑いした後、何か思い出したのか銀時に声をかける。
「あ、そうだ銀さん。さっき知らない人から何か貰ったんです」
「知らない人?お登勢とか宅配とかじゃねぇのかよ」
「僕も出る前はそう思ったんですけど、本当の本当に知らない人で…」
新八は自分の後ろに置いていた両手に収まるほどの小包を銀時に差し出す。所々やぶれた、住所も何も書いていない紙で不器用に包まれた何かを、銀時は不信感を抱きながら開けていった。
「これは……」
包みを開けた途端に広がる香り。甘い、米の香りだ。中に入っていたもの、それは紛れもない三つのおにぎりだった。おにぎりを宅配でなんて聞いたことがないが、銀時はそれを特におかしいとは思わなかった。
「お、おにぎり?!…これ食べて大丈夫なヤツですかね…毒とか、賞味期限とか…」
「あー…いけるいける。美味えぞこれ」
「おいィィィ!!何入ってるかわかんねえのに勝手に食うな!!!」
「本当に大丈夫だって。俺、これ食ったことあるし」
三口ほどでおにぎり一つを平らげた銀時は、指先についた米粒も舌先で舐め取り、頬を膨らませながら話を続ける。
「昔食ったことあんだよ、このおにぎり。懐かしい味。一緒な味だ」
おにぎりの味なんて米の品種変えたところで言わなければほとんどの人が変わったことに気が付かないだろう。でも、この米はどんな米よりも美味い。美味いというか、食べやすいのだろうか?いつどこで食ったかは覚えてないが、とにかく手が進む。そして、あっという間におにぎり三つ全てを食い終えてしまった。少し名残惜しいが、美味かったからどうでもいい。
「もう大丈夫ですか?」
「おう、心配かけて悪かったな」
「銀ちゃんそういえばこの後仕事入ってるアルヨ」
「げっ…マジかよめんどくせぇ…」
「いやそれが仕事だからね?!」
嫌々ながらも着物を羽織り、木刀を腰に差す。
外に出て、それぞれ原付バイクとデカイ犬に跨る。
安全運転第一、エンジン音が鳴り響く。
万事屋を必要とする人達がいる限り、万事屋は今日も江戸の街を走る。それが何でも屋の仕事なんだから。
ちょっとしんどくなったら暇つぶし程度に夢を見ろ。そうすれば、きっと少しは息抜きできるから。
それが辛い記憶であろうと、幸せな記憶であろうと、誰かにとってそれは全て大切な思い出なんだ。
過去を振り返るのは、ほどほどに。