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不具合で前の作品につけていたタグが付いてしまっています!全く無関係な作品なのに申し訳ございません🙇出来る対処はしています
シャッターを落とす。私の見ている世界よりずっと綺麗な景色がレンズに映される。折角だから携帯でも撮ろうとスカートのポケットを弄ると、何も入っていない。
焦って後ろを見ると、フラッシュの光とカシャッという音が鳴る。見慣れた姿私の携帯を持って笑う。
「あははっ、今の表情、すっごい良かったですよ、ユイ先輩。」
「もう、またイタズラして……」
呆れながらも微笑を溢して呟く。彼女は私の後輩のサヤだ。イタズラ好きな天真爛漫な性格で、私にすごく懐いてくれている。
「先輩、ホント写真取るの上手ですね!将来は写真家志望なんですか?」
「ううん。ただの趣味。というか、私レベルがプロの写真家さんを語れないよ。」
そう返す私に彼女は「ふーん」と返し、私のカメラの写真たちを眺めて呟く。
「私は、先輩の写真が一番好きだなぁ」
「え、なんで?」
問う私に彼女は考えるような唸り、口を開く。
「……先輩の写真は、暖かいから」
彼女は無邪気に笑って、私にカメラを返して前に進んだ。
「……どういうことよ、ほんと」
そう思いながらもつい笑ってしまい、私は彼女の後ろを付いていった。
某県の端っこにある小さな高校。この街では近年過疎化が進み、その中にあるこの学校は人口の少なさと普通科のみな理由もあり生徒数も50人程度。
私が入学した際なは部活はサッカー部や野球部しか存在していなくて、生徒のほとんどが部活に入っていなかった。
そんな時、先生が私に「部活を立ち上げないか」と提案をしてきて、私は写真部を作った。
ただ、スマホが普及し綺麗な写真は調べたら出てくる。タップしたらすぐに写真が取れてしまうそんな時代に写真部に興味を持つ人は少なく、部員は入ってこず頭を抱えていた。
私が3年生になったある日、静々とした部室に一人の1年生が入ってきた。
『写真部、入りたいです!』
1年生はそう言って、頭を深く下げた。それが、私と彼女の出会いだった。
そう言って入ってきた彼女だったが、最初はカメラの使い方すら知らなかった。試しに私のカメラを渡すと重たいと言って落としかけたり、太陽にレンズを向けかけたり、それはそれは大変だった。
中学では部活に入っていなかった私には、初めての「手の掛かる後輩」だった。
ある時、部活が終わり片付けをしているときに、ふと彼女に何故この部に入りたかったのか聞いたことがある。
「んー……なんとなくですね」
予想通りの返答にズコっと体制を崩す。そんな私に彼女は「あっ!でも」と言う。
「私、人物画好きなんです。人の造形とか、細胞から作られた一つ一つの部位とかが鮮明に映されてて、当たり前に街を歩いてる人達が写真の中では輝いて見える。素敵だと思いません?」
彼女は楽しそうに微笑んだ。人物画が好きではない私には分からない感覚だと思った。
文月。文系の私にとってピッタリな名前の月。そんな陽炎が立つほどの夏まっしぐらの昼、ふらふらする脳を必死に保って自転車のペダルを漕ぐ。
窓を開けっ放しの家からテレビの音声が漏れ出す。
『先週あった、某県の通り魔殺人事件、犯人は未だ不明で――」
キキッと音を立てて駐輪場に自転車を止め、校舎に足を踏み入れる。
夏休みだからか人の気配すらしない教室に、形だけと言うように自習室と書かれた黒板にエアコンが稼働している。
少し歩くと、見慣れていたが最近は入らなかった扉が見える。扉がガラガラっとうるさく叫ぶと、少しひんやりとした暗い空間に左から、後輩の席、部長の席、顧問の席という形で机が三つ並べられている。
私は一番左の机に手を伸ばす。数日放置していたからか表面には埃が被っている。
机の中を見ると、鮮やかな文房具やノートなどの学習道具が乱雑に入れられている。
それらを取り出してダンボールに入れる。少しすると机は何の足跡もない綺麗な物へと姿を変えた。
身体を伸ばして自分の席に座る。一息付いてなんとなく机の中に手を伸ばすと、数枚の写真が入れられていた。
写真は全てアルバムにしまうから本来こんなところに入れないはずなのに。不審に思った私は中身を取り出す。
「……これ…。」
映されていたのは全て私の写真だった。スマホで撮ったものをプリントアウトしたもの、カメラで撮って現像したもの、全てが入れられ、「ユイ先輩写真集!」と書かれた付箋が貼られている。
「……私、いつもこんな笑顔だったんだ。」
「私も、ちょっとくらい人物画撮ってもよかったな。」
脳を揺さぶられるような感覚がして急いで写真をダンボールに投げ入れる。溜息をついて私は机に顔を伏せて目を閉じる。
サイレンの音が響く。猛暑の空間を騒ぎ立てるようなその音と人々の叫び声は世界の終わりを感じさせるほどのもの。
そんな地獄のような光景が映されている液晶を私はなんの気にも止めず過ごしている。
ハッと意識が戻る。どうやら私は眠っていたようだ。
隣に目を移す。相変わらずこの空間には私一人だけのようだ。
「これ、職員室に持っていかないとなー、全く……ここ、職員室から一番遠いんだから、勘弁してよね。」
椅子から立ち上がって、私はダンボールを持ち上げる。
ふと写真が目につき、私は反射的にダンボールを閉じて目を逸らす。
「……はぁ…。」
うずくまるように体制を変え、溜息をつく。
「……なんで私がこんな考えないといけないの…。」
よし、と自分の胸に手を叩いて立ち上がる。ダンボールを持って歩みを進め、私は扉を開ける。
念の為確認のために振り返り、問題がないことを確認する。
「……今年で私が引退なのなんて知ってただろうに、いなくなるなら埋め合わせの部員くらい集めてからにしてよね。」
「……ほんと、手の掛かる後輩なんだから。」
誰に届けるつもりもなく呟き、私は扉を閉めた。
今日で、写真部は廃部となった。